42.騎士団の認識
「そういえば、どうしてソラマーノは私について来てくれるのかしら? 最初に対応したからというだけなら、お父様に言って別の人に替わってもらってもいいのよ?」
屋敷へ戻る途中の休憩時間にそんなことを聞いてみる。護衛が必要な時に毎回選ばれるというのは、嫌なのではないだろうか。若いから面倒な役回りを押し付けられているのではないだろうか。
どういうわけかソラマーノが私に対して嫌そうな様子を見せたことはないけれど、ラウリアの件もあるので内心どう思っているのかはわからない。二人だけの状態でこんなことを聞いて、内心疎ましく思われていたら、それはそれは大変なことになりかねないけれど、ソラマーノもこんなところで人生を無駄にしたくはないだろうし、最悪の結果にはならないと思う。
私の言葉を聞いたソラマーノは、少し驚いた様子を見せてから、答えてくれた。
「俺がお嬢様の護衛につけているのは、確かに最初に対応したからです。俺が王都にいた騎士の中で一番若かったというのが理由でもありますね。
ですが、お嬢様の護衛を嫌だと思ったことはないですよ。むしろお嬢様の護衛は、ほかのやつらから羨ましがられる仕事ですからね」
「……どうして?」
ちょっと意味が分からない。私の護衛なんて面倒以外の何物でもないと思うのだけれど。それともあれか、姫と呼んでくるだけあって、騎士感が出てうれしいのだろうか?
だとしたらその忠誠心は、私にではなくて両親やティアンに向けてほしい。
「他言しないのでほしいのですが、貴族の子息令嬢の護衛は見栄えこそしますが、あまり人気の仕事ではありません。特にお嬢様くらいの年齢になると、下手したら行動ひとつで首が飛ぶ可能性があります」
「我儘な子だと困るということかしら?」
「明言を避けさせていただきますが、お嬢様は極めて護衛しやすいタイプの令嬢になります」
その辺はそうかもしれない。馬車での移動の件もあるので、少し危ないかなと思ったら休憩を取らせてもらっているけれど、むやみにとることもないし、ご飯が美味しくないからと文句を言うつもりもないし、仮に野宿になっても仕方がないかなくらいには思っている。
それに中身は大人のつもりなので、不用意に動き回ることはしないし、指示してくれればある程度は動けると思う。
子供だから仕方がない我儘であっても、守るほうからすれば大変なのだろう。大変で済めばいいかもしれないけれど、その結果旅程が進まず、無能だと辞めさせられるとか、ないわけではないのかもしれない。
子供の我儘を許してしまうような貴族家だと、そうなってしまいそうなイメージは確かにある。
「それはそうかもしれないけれど、私に異質さは感じているわよね?」
「そのあたりは騎士団内で共有の認識なのですが、異質に感じても自分たちを労ってくれる人のほうが、普通でも我儘ばかり言う人よりも命を懸けて守りたいと思う、となっています」
「……リンドロース内で一番守るべきはお父様、次はティアン。それは理解しているわね?」
「もちろんです」
それならいいか。そんな状況にならないのが最善とはいえ、誰かを選んで守らないといけない場合、当主と次期当主を優先して守ってもらわないと困るから。
でも命を張る騎士だとそういう考え方もあるのか。騎士団の人たちが何かと私に好意的に見えたのは勘違いではなかったらしい。
「それじゃあ、もう少し。屋敷まで頼むわね」
「仰せのままに、姫様」
わざとらしい演技でそういうと、ソラマーノは私を馬に乗せた。
◇
「この植物紙というのは、それほどのものなのか?」
「大量生産という点においては、羊皮紙よりも優れていますから。きっかけがあれば一気に塗り替えられるかと」
動物の皮で作る羊皮紙は作れる量が限られる。動物を育てるので手間もかかるし、金額も高くなる。木を育てるのも手間はかかるし、時間もかかるけれど、この国は精霊の祝福があるのだから木も育ちやすいのではないかという予想がある。
記憶が確かなら、木一本でA4のコピー用紙が一万枚以上作れたはずなので、作り方さえ確立してしまえば紙の値段が一気に安くなることだろう。
「というのは建前だな?」
「その通りです。紙を作るのに木が必要になった場合、今まで以上に木材の需要が高くなるかと思います。そうなった場合、この国の自然は――精霊が好む場所はより少なくなるでしょう。
そうなる前に木を育ててほしいのです。紙にならずとも、価値の高い木を植えれば利益にはなるでしょう」
私が求めるのは植林技術の確立。そこまでいかずとも、切った木を植えるという考えさえ広まってくれたらいい。
「森が少なくなる問題点は他に何が考えられる?」
「野生の動物の住処が奪われることでしょうか。住処を追われた動物が人の生息圏にまでやってくる可能性があります。
一般人では太刀打ちできない肉食動物がきて、食べられてしまった場合、人の味を覚えた動物が積極的に人を襲うようになるかもしれません」
「そういった話自体はすでに入ってくるが……なるほどな。考えておこう」
「ありがとうございます」
これであとはお父様の采配だけれど、考慮はしてくれるだろうと期待して、お父様の執務室を後にした。





