41.伐採跡
「お嬢様、体力は大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、ソラマーノ」
今日はソラマーノが操る馬に乗って、私の土地になる予定の山を見に来ている。馬車で来るという手もあったけれど、時間や人員の節約と私の運動のために遠乗りスタイルでやってきている。
一緒に来ているのはソラマーノだけ。ロニカは何とかついて来ようとしていたけれど、何とか説得しておいてきた。
ロニカが一緒に来ると馬車に乗ることになるので、人も時間もかかってしまうから。「お嬢様が帰ってくるまでに、わたしも馬に乗れるようになっておきます」と言っていたけれど、無理はしていないだろうか?
リーリスは元気に送り出してくれた。
ソラマーノのほかにいないのは、身軽に行動するため。リンドロース領内は危険なところではないので、お父様からも許可が出た。朝早くに屋敷を出て、昼過ぎに山の近くまでやってきた。途中休憩に村には寄ったけれど、基本的に遠巻きに見られただけで、村長にだけ挨拶をした。
「ところでソラマーノ。こういう風景はよく見るのかしら?」
「これですか? たまに見ますね。枯れたら畑にすることもあるらしいです」
「なるほどね。ありがとう」
一面に広がる伐採の後を見ながら、思考を巡らせる。視界一杯の切り株の群れは、たぶん森全体から見れば微々たるものなのだろうし、生活をする上で木材が必要なことは否定できない。馬車を作るのだって木材が必要だし、家を建てるにも必要になる。植物紙を大量生産するようになれば、また沢山の木材が必要になるのだと思う。
今は羊皮紙が主流で木を材料とした紙はたぶん作られていない。だから紙は安くないし、おいそれと捨てるのは勿体無いのだけれど、リンドロースくらいの財力があれば1枚1枚の値段は微々たるものだろう。
資料では長い歴史の中で、森が縮小しているのはわかっていた。それでもこうやって実際に見せられると、漠然と焦りが出てくる。地図上では大きな変化のない伐採かもしれないけれど、それでも。
「それであそこに見える山がそうなのね?」
「そうですね。正確にはあの山の麓の森までが、アードルフ様が言っていた範囲になります」
「このまま伐採が続けば、いつかはあの森まで届いてしまいそうね」
「いつのことになるかわからないですけどね」
ソラマーノが言うように、数年後とか、十数年後とか、数十年後とかになるのかもしれない。
だから「それもそうね」と返してはみたけれど、何も対策をしなければいつかは森が無くなってしまうかもしれない。前世ではそんな話を聞いたことはあるけれど、実感がなかったから他人事のように受け取っていた。だけれど目の前の問題は下手すると近い将来のリンドロースの問題になるわけで、今から対策しておくことで後々利益になるかもしれない問題になる。
いろいろとお父様に前世の知識を伝えているのなかで、実は植物紙については話していない。
なんとなく植物紙が広まってしまうと、過度な森林伐採につながるのではないかと思うから。前世で森林伐採が問題になった根底にあるのが何なのかは、私は知らない。もしかしたら火力発電の燃料としていたのかもしれないし、言うほど紙の生産のせいというわけではないのかもしれない。
でも紙にも木材を使うようになれば、その分伐採される木も増えるわけで、踏み切れなかった。歴史が示したように羊皮紙にとって代わると、それこそたくさんの木が切られることだろう。
あとは普通に木から紙を作る方法を詳しく知っているわけではない。小学生の時に牛乳パックからはがきを作ったくらいで、あとはテレビでやっているのをなんとなく見ていただけ。ぼんやりとしか記憶に残っていないので、報告しないほうがマシかなと思って報告しなかった部分もある。でも少しでも形にして、お父様の関心を引いたほうが良さそうなので、今回はこの札を切りたいと思う。私がいなくてもいつかは植物紙が開発されるかもしれないし。何にしてもこれは帰ってからだ。
「それじゃあ、もう少し山のほうに行ってみてくれるかしら?」
「姫、かしこまりました」
颯爽と馬に乗ったソラマーノが、こちらに手を差し出してくる。
彼は――というか、騎士団の人たち――はたまに私を姫と呼んでくる。特に大きな意味があるわけではなくて、仕えている家の女の子を姫という文化があるらしい。王族の女子と紛らわしくなるので、王都では呼ばれることはないけれど、自分の領内では珍しい話でもないのだとか。柄ではないのだけれど、そういうことなら別にいいかと気恥ずかしさを受け入れることにしている。
◇
「木しかないですよね」
「確かに木ばかりね。それ以外だと背の低い植物も生えているけれど、道すらないのね」
「ほとんど人が来ないということでしたんで」
「ええ、良いところだと思うわ。こんな森はじめて見たもの」
森を見たことがないとは言わないけれど、道はあったし、木はきれいに並んでいたしで、こんな手付かずの場所というのは、来るのも初めてだと思う。
「ここなら隠居しても目立たなさそうね」
「もう隠居のことですか?」
「さすがに気が早かったかしら?」
思わず口に出た言葉をソラマーノに拾われてしまったので、適当の誤魔化す。
さすがに約10年後に貴族でなくなる可能性があるから逃げられる場所として、なんて言えるわけがない。
いつかここでクラスとして、小屋くらい作りたいのだけれどお父様にお願いするのがいいだろうか。
今日はあまり時間的な余裕はないので、深く考えるのは帰ってからにすることにした。





