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「孤児院の経営状況について教えてもらってもいいですか?」
「ありがたいことに、滞りなく行えていますよ。子供たちも元気に育っていますね」
「そうみたいですね。一緒に遊んでみましたが、私は圧倒されてばかりでしたから」
それに不健康そうに痩せている子もおらず、新品ではなさそうだったけれど、ボロボロではない服も着ていた。
子供たちが不当に扱われているわけではなく、この世界標準で言うところの衣食住は適切に与えられているのだろう。いや、食に関しては今のところ未知数か。痩せてはいないということがわかっているだけだから。
初手に経営状況を聞いて置いてなんだけれど、どこまで踏み込んでいいのかはわからない。答えられないと言われたことは、深掘りしない方向で、とりあえずはいろいろ聞いてみようかな。
「子供たちは普段どのように過ごしているんですか?」
「そうですね。朝に大きい子に井戸から水を汲んできてもらって、それで畑のお世話をしていますね。孤児院で出している食事も自分たちで栽培した野菜も使っているんですよ。
それから私の監督の下で料理をして、午後からは自由に遊ばせています。忙しい時には教会の手伝いもしてもらっていますよ」
「遊びというのは、今日みたいな感じなのでしょうか?」
質問をすると同時に、ロニカに視線で訴えかけてみる。自分たちで作った野菜を食事に回すというのがどうなのか。理解してくれたと信用するしかないけれど、ロニカは頷いたので、それ自体はそれほど珍しい話ではないらしい。
農作物を作る難易度が低い分、一般家庭でも食費を浮かせるためにやっているところは珍しくないのかもしれない。
寄付金もその前提で行っている可能性があるけれど、疑問として聞いてみる程度で指摘するほどのことでもなさそうだ。
でも畑を作るのが一般的なら、野菜類がそんなに売れるとは思えないのだけれど、そのあたりはお父様がうまいことしているのだろう。
「基本的にはそうなりますね。外で遊べる時には、皆走り回っていますよ」
「部屋の中で遊ぶことは――いえ、部屋の中で遊ぶ方法はないのですか?」
「幸い孤児院は広いので、多少は遊んでまわれますが、そのくらいですね。雨の日には退屈そうにしている子もいます」
「文字を教えることはないのですか?」
「簡単にであれば教えますよ。ですがそれ以上は今は教えていないですね」
教えていないということは、教えられるだけの能力はあるのだろう。でもやらないというのは、時間がないからなのか、それともほかに理由があるのか。
おそらくは後者。識字率が高くない世界で、孤児院の子が文字を扱えると何かと問題があるのだと思う。
今までは孤児院に好意的だった人が、急に敵対的になる可能性もある。孤児院の子供たちはおいしいご飯を食べられて、たくさん学習して、いい仕事につけるようになった時に、良かったねと言ってくれる人ばかりではない。
そういうことなら、雨の日に本を読むなんてこともできないだろう。
安易に勉強を教えるというのもナンセンス。今のところ彼らの中の誰かが自ら勉強をしたいと思い、自らその方法を模索していくしかないと思う。一応お父様に話は上げてみるけれど、相手にはされないだろう。
それこそ一般領民が誰でも通える学校みたいなところがないと、孤児院での本格的な学習は難しい。
「お話を聞かせるとかはしないんですか?」
「していますよ」
それなら文字に興味を持ちそうな子も居そうだけれど。だけれど考えてみれば、この世界の本はあまり娯楽的な代物ではない。
情報や知識を書き留めるもので、想像していた絵本はもちろん、小説はないわけではないけれど、こういった孤児院にあるものではないし、内容も堅苦しい。
だとしたら、話を聞かせるというのは、「昔々」の物語を何も見ずに伝えているのだろうか。皆が知っているような伝承とか、精霊に関することとかを文章量を絵本くらいにすれば、覚えて話すこともできるだろう。
それこそ誰でも知っているような話となると、概要くらいは素人でもいえるのだと思う。
とりあえず、家の中でできる文字を覚えていなくてもできるような遊びであれば、何かしら利益になるかもしれない。
「孤児院とは関係ない話になってしまうのですが、精霊様について聞かせてもらえませんか?」
「ええ、それは。大変結構なことですね。何について知りたいのでしょうか?」
個人的に気になるので、精霊について尋ねてみたら思いのほかに食いつきがよくて驚いた。
宗教関係者として、興味を持ってもらったことがうれしいのかもしれない。最近の貴族は精霊の存在に否定的のようだし、私のようなタイプは珍しいのだろう。
「そうですね。今日のところは精霊とこの国の関係の始まりが教会にはどのように伝わっているのか、教えてもらえませんか?
どうやら語り継がれていく中で変質しているらしくて、聞いてみると私が知っているものと少し異なることを言う人もいるんです」
「そのようなことになっているのですね。そういうことでしたら、少しお話を聞いていてくださいな。
――今よりも1000年ほど昔のこと。精霊を統べる精霊の王がヒュヴィリア国の王の娘――王女様に惚れてしまいました。しかしその王女様には婚約者になる候補がいたそうです。そのため王女との結婚は認められなかったのですが、とうとう説得された国王様が、二人の結婚を許しました。
その時に精霊の王は自分の正体を明かして、結婚を許してくれたヒュヴィリア王国に精霊王の祝福を与え、ヒュヴィリア王国は長い平和の時を歩んでいます――といった感じですね」
「お話ありがとうございます。やはり私が知っているものとは、少し違っていましたね」
その違いで何があるのか、考えるよりもまず先に、良い時間になったので孤児院を後にすることになった。
どうやらそれが子供たちにもバレてしまったらしく、集まってきたかと思うと、手を振りながらお別れを言ってくれた。





