37.識字
「お嬢様、人気者でしたね」
「私が人気というわけではなくて、リンドロース家が人気なのよ。私でなくても、それこそティアンでも……いえ、ティアンのほうが喜ばれたんじゃないかしら」
視察ということで、行く場所も行くルートも見るものも大体決まっていたけれど、行く先々で私は歓迎されることになった。
見て回ったのは様々なお店が主で、お店の店主と軽く話をして、激励をして次のお店に行くみたいな感じ。見て回ったのも高級店みたいなところが多く、私が思っていたものとは少し違っていたのは少し残念だった。
こういうのはきっと、ありのままの姿ではなくて少しでもよく見せようとお店側が頑張っている姿を見せられているようなものだろうから。
あと庶民向けのお店をもっと見たかった。
次に向かう馬車の中でリーリスが「人気者」と言っているのは、このお店での歓待ではなくて、今現在を含めた道中の人々の反応の方。何かと手を振られるので、気が付く限り手を振り返していた。なんだか選挙カーのウグイス嬢を思い出す。私は手を振ったことはなかったけれど、手を振っている人に対して律義にお礼を言っていた。
この世界には拡声器はないので、手を振って返すしかない。貴族令嬢が拡声器で話すというのもなんだか違う気がするので、仮にあっても手を振って返していただけか。
だからリーリスと話ながらも外の様子はうかがっている。そして大体人が手を振っているので、私も手を振り返し続けている。
「ティアン様というのは、弟様のことですか?」
「ええ、今は王都の屋敷にいるわ。素直で聡明な子だから、きっと私よりも人気が出るわね」
本当にそう思う。貴族的な笑顔で返す私と違って、ティアンなら自然な笑顔で手を振り返すだろう。
今ティアンは何をしているのだろうか? 確か家庭教師を呼んでいたから、勉強をしているのかもしれない。だとしたら、私も早々に負けないように頑張らなければ。
理想はティアンの踏み台になって、ティアンの成長に寄与できることだけれど、たとえ踏み台であっても簡単に越えられては意味がないだろうから。
「リューディア様?」
「いえ、なんでもないわ。気にしないで」
ボーっとしていたらしく、リーリスに声をかけられているのに気づいていなかった。
リーリスは気にした様子はなかったけれど、気を付けなければ。
「ところでリーリスに確認したいことがあるのだけれど、良いかしら?」
「なんでしょうか? あたしで答えられることならなんでも答えますよ」
「もしかして、文字を読める人って少ないのかしら?」
馬車の中から手を振り返しながら、改めて領都の街を観察していて、気が付いたことがある。
高級店が並んでいるところはともかく、看板に文字が書かれているというお店が少ない。絵を描いているものが多く、そもそも看板の類がなくて道を歩いていれば、一目で何が売られているのかわかるようになっている。
要するに文字が読めずとも、大丈夫なような街の造りになっている。
「多くはないですね。あたしも少し読める程度ですし、全く読めない人も知り合いに少なくありません。
商売をしている家なら、最低限教えているという話を聞いたことがありますね。それでも昔に比べると文字を覚えた人が増えたみたいですよ。昔は知り合いに文字が読める人が数人いればいい方だって聞いたことがあります」
「その話は誰に聞いたのかしら?」
「宿を営んでいるお婆さんです。詳しい年齢はわからないです」
こうやって話していると、リーリスの交友範囲の広さに驚く。それでも貴族とのつながりがなかったと考えると、庶民から見ると貴族はやっぱり別世界の人なのかもしれない。
「王都のほうはどうだったのかしら?」
「商人が多かったですから、文字に触れる機会も多かったように思います」
「文字を読める人が多かったのね」
「あくまでわたしの周りの話ですから、そうとも言い切れないですね。わたしの家は裕福ではあったようですから」
富裕層と貧困層とで大きく違うのかもしれない。まあ十分に考えられることだ。
「なるほどね。ありがとう。
さて次が最後の教会――孤児院ね?」
「はい。そうなります」
孤児院へはリンドロースからも少なくない金額が寄付されているので、きちんと運営できているのかを見てこないといけない。
とはいっても、私に寄付金の決定権があるわけでもないので、私の目線からどう感じるのかを自然に伝えることが求められている。それは孤児院だけではなくて、ここまで見てきたところ全てに言えることだけれど。
「そういえば、孤児院の子供たちって私と同じくらいの年齢になるんじゃないかしら?」
「年齢で見るとお嬢様は年少組の子供と同じくらいの年齢になるかもしれませんね」
確かに働ける年齢まで面倒をみるとなると、一般的に15歳までとなる。いまの私はその半分以下の年齢しかないので、周りが年上ばかりという可能性もあるわけだ。
「私が行っても大丈夫なのかしら?」
「年齢の話をされているなら、今更ですよ」
「これまで行ったところとは、また話が違うと思うのだけれど」
「そうかもしれませんが、リューディア様の年齢でそこまで考えることができるなんて、貴族様は凄いですね!」
相変わらずリーリスの貴族に対する偏見は凄いなと思う。彼女の頭の中には果たしてどんな貴族がいるのだろうか?





