34.リーリス
「一応確認しておきたいのだけれど、今日は本は読んでもいいのかしら?」
知っていそうなロニカに確認してみると「許可されていません」と返ってきた。そう返ってくるということは、今の状況はやっぱりお父様の言いつけのようだ。
それなら従うしかない。言いつけを破るだけの何かがあるならまだしも、そうではないのでお父様の邪魔をするだけになってしまう。それはいただけない。
眠っているか、何もせずにボーっとしているのが、今やる最善の事と言っても過言ではなさそうなのだけれど、何もしていないと何かをしなくてはと焦ってしまう。将来の破滅を防ぐために、何かできることがあるのではないかと考えてしまう。
考えたところで、できることは思い浮かばないので、とても質が悪い。すでに私の行動の結果、少なくない影響を与えた部分もあるけれど、そうした行動の結果、私が知っている未来よりも悪いところに行きつく可能性だってある。いっそ可能な限り、ゲームシナリオに沿った行動をしてここぞというところだけ――リンドロース侯爵家が巻き込まれそうになるところだけ――改変したほうが、未来を予想できる分確実なのではないかとすら思える。
今のリンドロース家であれば、仮に私が断罪されたとしても、それよりも前に私を廃嫡してリンドロース家から追い出せば類が及ぶこともない。それはいずれお父様に伝えようとは思っている。
こんな感じで自分の殻に閉じこもるように、思考がどんどん巡ってしまうので、何もしないというのは難しい。
だから今日は一日おしゃべりに興じつつ、情報を得ようと思うのだけれど、これもまた一つ大きな問題がある。
「つまり私はベッドの上から動いてはいけないのね」
「そうなりますね。そうでもしないと、お嬢様は何かと働こうとしますから」
「一応休憩は取っているのだけど」
「確かに休憩はこまめにとっていますが、それ以外は机に向かっていることがほとんどです」
そう言われてしまうと否定はできない。お母様に礼儀作法を教わっているとき以外は大体机に向かっていたとは思う。一言で机に向かっているといっても、本を読んでいることもあれば、勉強をしていることもあるし、やっていることは違うのだけれどそれを言ったところで説得はできないだろう。
「話をするくらいなら良いのよね?」
「先ほども言った通り、無理をしないようにしていただければ大丈夫です」
「それなら、リーリス。昨日言っていたように、話を聞かせてもらえないかしら?」
改めて許可をもらったので、リーリスに声をかける。
呼ばれたリーリスは、パッと表情を喜色に変えてやってきた。代わりにロニカが一歩後ろに下がる。
この二人はうまくやれているのだろうか? とは思うけれど、昨日の今日でわかることでもないか。
「はい。お待ちしておりました。何についてお話ししましょうか?」
「最初がこれで申し訳ないのだけれど、リーリスとは昨日が初対面だったのかしら?」
「それで間違いありません。あたしはお嬢様が王都にいる間に雇われましたから。まだ一年もたっていないですね。
突然領主様のお屋敷の使用人の募集が発表されて、これはと思って応募したのですが、まさか採用されるとは思っていませんでした」
「こういった仕事はしたことがなかったのかしら?」
「皿洗いメイドの経験はあって、最低限の教育は受けていたのですが、以前働いていたところではこうやって当主様やご家族とお会いする機会はなかったですね。順調に働き続けられれば、あたしはその家に嫁いでくる方のお世話をすることになっていたのですが、理由は知りませんがその話がなくなってしまったらしく、不要になったと紹介状といくらかのお金をもらいました。というわけなのですが、お嬢様は以前にこの屋敷に来たことがあるんですよね?」
経歴についてはリンドロースがきちんと調べているだろうから、疑うことはないのだけれど、変わった経緯をへてやってきたらしい。もしかして、リーリスの元仕事仲間もリンドロースの応募を受けたりしたのだろうか? ここを広げたところでどうにかなるわけではないので、質問に答えることにしよう。
「少しあってね。5歳よりも昔のことが曖昧になってしまったのよ。ここも来たことがあるはずなのに、初めて来たような気がするもの」
これがこちらで過ごす時の私の設定になる。リューディアのことを知っている人がいても、これで誤魔化すことはできるだろう。私のことをリューディアだと思って接してくる人がいれば、とてもとても申し訳なくなるだろうけど。
「それはそれとして、リーリスはリンドロースでの仕事には慣れたのかしら?」
「とても良くしてもらっていますから、慣れましたよ。仕事内容も初めは以前の延長のような感じでしたから、難しくもありませんでした。以前と違うのは未来の夫人のための教育だったのが、お嬢様付きになるための教育になっていたことくらいでしょうか。
貴族のご令嬢らしく、お嬢様は大人顔負けの方みたいですから、とても仕事がやりやすそうです」
ここまで言われて理解した。リーリスという少女は、貴族というものに妙な偏見を持っているらしい。
貴族と平民がまるでまったく違う生物にでも見えているタイプで、いかに私が子供離れな言動をとっても、話をしても、貴族の娘だからそんなこともあるだろうと納得するのだと思う。
そういう子――というか、私を恐れない人――を探して、きてくれたのがリーリスなのだろう。
「リーリスは私以外の貴族の子とあったことがあるのかしら?」
「そういえば、お嬢様が初めてですね」
つまり一般的な貴族の子というものが、どの程度できるのかをリーリスは知らないというわけだ。
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