33.起床
リンドロースについた初日は結局、目が覚めた後にお風呂に入って、軽く夕食をとってまたすぐに寝てしまった。
途中一度お父様にあったので、今後の予定を聞いたのだけれど、しばらくは休んでいるといいといわれた。その時に「働きすぎは体を壊すのだろう?」と言われ、何も言い返せなかったのは内緒。
私はまだ子供だから無理をすれば簡単に体調を崩すし、体調を崩せばお父様にも迷惑をかけてしまう。だからお言葉に甘えて、今日くらいはおとなしくしておこうと思う。
「お嬢様。お加減はいかがですか?」
「もう大丈夫よ。疲れていただけだもの」
「それならよかったです。旦那様も仰っていましたが、今日は一日ごゆっくりお過ごしください」
目が覚めて頭がシャキッとしてきたタイミングでロニカに話しかけられた。
声色や表情から察するに、どうやらかなり心配をかけてしまっていたらしい。昨日の「はしたないですよ?」というのも、一応言ったという感じで、たぶんそのまま寝てしまっていてもロニカがきちんと寝かせてくれていただろう。
そのときから心配をかけて、今朝に目が覚めるまでそのままだったと思うと悪いことをしたかなという気になってくる。
私に体力があれば心配かけることもなかっただろうし、いっそ何か本格的に運動してみてもいいかもしれない。
それはさておき、今日は一体何をしよう。ゆっくり過ごせと言われたからにはこの屋敷を見て回ることはできないだろうし、本を読むのも度が過ぎれば注意されることだろう。
「朝食をお持ちいたしますね」
「着替えなくていいのかしら?」
「着替える意味がありませんから」
つまり一日ベッドに上にいろということか。なんだか一日勿体ない気もするけれど、ロニカを心配させるよりはましか。
お父様から言われたことであれば、言いつけを破ることになる。その時に叱られるのはロニカもだろうし。じゃあ、仕方がないので、ベッドの上でもできることをしよう。
「ついでにリーリスを探してくれないかしら? 昨日言っていたようにいろいろ話をしたいのよ」
「かしこまりました。無理はなさらないようにしてくださいね」
「何もしないほうがつらいもの。話をするくらいなら、大丈夫よ」
ロニカを見送り、リンドロース領について本当にゲーム内で何もなかったのかを思い出してみる。
少なくとも街並みが描かれたスチルはなかった。でも今思うと何かが引っ掛かるような、まったく聞かないわけではないような、そんななんとも言えない感覚がある。大まかな流れは覚えているし、大きなイベントも忘れていないと思うのだけれど、各キャラクターの台詞を一言一句覚えているわけではない。だからこの引っ掛かりが、誰かが少しだけ話していたくらいのものだとすると、思い出せる気が全くしない。
それにほかのキャラクターであれば、なかなか家名が作中に出てこないから――最初の自己紹介だけということもある――いざ家名を出すような場面に出くわすと印象に残っているのかもしれない。
しかしながらリンドロースという家名については、断罪の時に何度も目にしたので、「ああ、このキャラの苗字って○○なんだ」のような発見が得られなくて、断罪以外の場面でリンドロースの名が出てきても印象に残っていない。
あまり気にしすぎるのもよくないかと、いったん思考を放棄して少し経った頃に、ロニカがリーリスを連れて戻ってきた。
リーリスは私が起き上がっているのを見つけると「本当に大丈夫なようで安心いたしました」と一つ手を叩いた。それからリーリスは話をしながら、ロニカとともに朝食の準備に入る。
「ですが気を付けてくださいね。あたしは初仕事で張り切りすぎて、翌日に熱を出してしまいましたから。正直首にされるのではないかと、気が気ではありませんでした」
「ええ、気を付けるわ。そのためにもまずは食事を頂こうかしら」
なんだかそのままお喋りを続けそうな気がしたので、無理に区切って食事にする。「精霊の恵みに感謝を」とこちらでの「いただきます」を言ってから、手を付ける。
今日の朝食はパン粥。いつかも食べたような記憶があるけれど、あの時とは味付けが違うらしく、今日のほうが味が濃い。
この世界において、体調不良の時に食べる定番のものがパン粥なのだろう。
だとすれば風邪をひいたら焼いたネギを首に巻くみたいな、民間療法が広まっていたりするのかもしれない。
益体のないことを考えながら食事を終えて、片付けが終わるのを待つ。王都ではロニカだけだったのに、リーリスも加わった――今日は私が呼んだのだけれど。たぶん今朝は気を使ってロニカだけだったのだと思う――のを見ているとなんだかとても新鮮な感じがする。
「体力をつけようと思うのだけれど、何かいい方法を知らないかしら?」
「乗馬なんてどうでしょうか? 屋敷で馬は飼っていますし、大人しい子もいると聞いていますから、初めてでも大丈夫だと思います」
「乗馬ならお父様の説得も難しくなさそうね」
片付けが終わって戻ってきたところで、当初の目的であるお喋りに興じる。
手始めに目下の悩みの一つを相談してみたのだけれど、すぐに答えが返ってきた。
王都では狭くて無理だったけれど、ここだと選択肢に入ってくるのか。いざというときに馬に乗れたほうが良いだろうし、そのあたりからお父様にお願いしてみてもいいかもしれない。少なくとも剣を持ち出して素振りをしたいと頼むよりは、可能性が高いことだろう。





