32.疲れ
途中の町で一泊して、その町を出発したあと昼過ぎにはリンドロース領の領都についた。王都と比べると小さいけれど、化粧品が有名だからか清潔感がある。
というよりも、王都はいろいろな人がいて少しごみごみしているだけかもしれない。
領都から少し離れたところになると、いかにも田舎といった感じで、畑で覆いつくされている。
それよりも外側に出ると何もなくて、次の町が近づくとまた畑が見えてくる。
「中央にある大きな屋敷がリンドロースの屋敷ですか?」
「そうだ。昔は私も住んでいたが、今はあまり戻らないな。本当はリディもティアンもこっちで暮らすはずだったんだが」
「来られませんでしたね」
「予定とは違ったが戻ってこられたのだからいいだろう」
お父様の話を聞きながら外を見ると、いろんな人がこちらを見ている。
中には手を振っている人もいて、慣れないながらも手を振り返す。それからふと思って、お父様に尋ねる。
「手を振ってよかったのでしょうか?」
「嫌じゃなければ振り返してやれ。こういうのもまた、領主家の役割と言えば役割だ」
「わかりました。お父様は良いのですか?」
「柄じゃない」
私のぎこちない返しでも喜んでくれるのだから、お父様ならより大きな反応が返ってくると思うのだけれど。
でもお父様がしないのであれば、代わりに私がやっておこう。お父様も言っていた通り、こういうこともまた貴族としての役目だろうから、やらない理由にはならない。
お父様は普段からやっていなかったようなので、たぶん今まではお母様が代わりにやっていたのだろう。
いろいろな人に窓から手を振り返していて思うのは、この領地の人たちが幸せそうなことだろうか。
手を振ってくれる人たち、一人ひとりが嬉しそうな顔をしているから。手を振り返すこちらも嬉しくなってくる。
どれくらい手を振っていただろうか、手を振る人々はいなくなり、馬車は屋敷の門をくぐった。
王都にあるリンドロースの屋敷よりも大きく、それでも王都の屋敷と同様に手入れは行き届いている。
屋敷の扉の前で降ろされ、馬車は別の場所に向かう。おそらくそっちに馬小屋があるのだろう。使用人たちが開いた扉の向こうでは、この屋敷の使用人たちが並んで待っている。
「お帰りなさいませ」
一斉に言われて迎えられたあとは、お父様が私を紹介して、私が軽く自己紹介をして、移動の疲れもあるだろうからと部屋に案内された。
広い屋敷は正直移動だけでも時間がかかる。リューディアに用意された部屋が、屋敷の奥のほうにあるのも移動に時間がかかるのに拍車をかけている。
こちらの屋敷で雇われているメイドに連れられて、たどり着いた部屋も王都の時よりも広かった。
「こちらをご自由にお使いください」
「ええ、ありがとう。貴女の名前は?」
「リーリスと申します」
「こちらでは、リーリスも面倒を見てくれるのかしら?」
「はい。何かございましたら、いつでもお申し付けください」
「何かあったらよろしく頼むわね。今日は疲れたから一度休憩するわ。そのあとでお風呂に案内してくれるかしら?」
「かしこまりました」
「それから後日、話をしたいから時間を空けておいてくれないかしら」
「お話ですか? あたしでよろしければ、いつでも大丈夫ですよ。どのような話をしましょうか?」
こちらの屋敷についてはまだ右も左もわからないから、案内してくれたメイド――リーリスに話を聞いてみたところ、後で話をしたいといったところで妙に表情が明るくなった。
年齢にしてロニカよりも少し上といったところだろうか。前世で言えば女子高生くらい。お喋りが好きなお年頃……だったりするのかもしれない。いろいろ話してくれそうで、私は助かるけれど。
「それもあとからでいいかしら?」
「そうですね。申し訳ありませんでした。ごゆっくりお休みください」
リーリスが部屋から出て行くのを確認してから、ベッドに倒れこむ。
「お嬢様はしたないですよ?」
「ええ、そうね」
慣れない長時間の移動だったせいか、ロニカと二人だけになったら気が抜けてしまった。
あまりロニカにもこういった姿は見せていなかったと思うのだけれど、今日だけは許してほしい。
いや慣れないことがあった日は許してほしい。
でも駄目だなと、体を起こす。これでは示しがつかない。
疲れているなら、疲れているなりに、休み方があるのだ。
「ロニカ着替えを手伝ってくれるかしら?」
「はい。ベッドの準備もしましょう」
着替えはまだ荷物の中にあったはずだけれど、すでに取り出されている。
こういう時は手伝ってもらってとても助かる。
着替えてから、ロニカが私が入りやすいように羽毛布団の端を折り曲げる。それからロニカの手を借りてベッドにもぐりこむと、ほどなく私の意識は闇に溶けた。





