31.祖父
初めて向かうリンドロース領。もしかしたら、リューディアは行ったことがあるのかもしれないけれど、私はゲーム内でもその様子を見た記憶はない。
ゲーム内で出てくるのは基本的に王都だけで、回想の中で主人公が生まれた場所の話がちらりと出るくらい。
ヒーローたちの過去ならともかく、悪役であったリューディアの過去についてはほとんど触れられていなかった。
仮にリューディアの過去を事細かに描写してあったら、確実にほかにも掘り下げるキャラいただろうと文句を言っていたとは思う。今となってはできるだけ掘り下げていてほしかったと思う。
「私はリンドロース領に行ったことがありましたっけ?」
「何度か行っているはずだが、忘れたのか? まあ、今よりももっと幼い時だったからな、覚えていないのも仕方ないかもな」
「残念ながら全く覚えていません。本に載っていることくらいなら覚えていますが、実際に見てみないことにはわからないです」
揺れがだいぶ緩和された馬車に乗りながら、お父様とリンドロース領について話す。
日をまたぐ長距離移動のためか、今日はお父様と二人きりの馬車というわけではなく、ロニカとお父様の執事が一緒に乗っている。彼らは彼らでやることがあるようだし、教育も兼ねているのか二人で話していることも多いけれど、お父様と話す内容は気を付けていないといけない。
話し方を幼くする気はないけれど、リューディアが知っているはずのことを知らないというのはまずいので、話が探り探りになってしまう。とはいえ、お父様も事情を知っていて話を合わせてくれるので、そこまで難易度が高いわけではないのが救いだ。
「ここでいろいろ教えるよりも、実際に見せたほうがリディには良さそうだな」
「そうしていただけると助かります。お爺様やお婆様は領地にいらっしゃるのですか?」
「いや、いないな」
「そう……ですか。申し訳ありません」
いないのだとすれば、すでに亡くなっているのだろう。
お父様はまだ若い気がするのだけれど、きっと大変なこともたくさんあっただろうに……なんて思っていたら、お父様が困ったような可笑しいものを見るような、不思議な笑顔を見せた。
「いやお前の祖父は死んでないぞ?」
「そうなのですか?」
「私に当主を押し付けた後、夫婦揃って旅してくると言ってどこかに行ってしまったよ」
「奔放な方なんですね……」
「父は私が当主になるよりも、もっと若い時から当主としてやっていたからな。早く押し付けて自由に生きたかったんだろう」
お爺様の苦労を私はわからないけれど、気持ちは察することができる。
お父様が思うところもあるかもしれないけれど、すでに当主が交代している以上今更混ぜ返しても意味はない。
きっとお父様なりにすでに飲み込んでしまった後だろうし。
「いつか会ってみたいですね」
「まあ、いつかな」
曖昧な返答はお父様がお爺様に会いたくないのか、会いたくないわけではないけれど、実際に会うとなると面倒くさいのか。
私としてもあって何ができるのかわからないし、私という存在についてどこまで伝えるのかという問題もあるので、会えたとしても成人した後とかのほうがありがたい。
そのころには中身と外身のギャップも小さくなっているだろうし。でもその頃には、下手したら私は断罪された後か。いっそお爺様の旅についていけば……と考えなくもないけれど、それではリンドロースのために働けない。
ふと窓から外を眺めてみると、建物という建物がない長閑な風景が流れている。
「ふむ、確かにこの馬車であれば、景色を見る余裕もあるな」
「そうですか?」
「見られないこともなかったが、ここまでゆったりは見られなかったな」
「確かにあれで長時間は厳しいかもしれませんね」
以前乗った馬車だと王都内くらいなら我慢できるけれど、長距離になると痛みや疲れで周りを気にしている余裕はなかったと思う。もしもそれで帰ることになっていれば、馬車の中で眠って誤魔化していたかもしれない。きっとリーデアの体力では持たないだろうし。
馬車の揺れがマシになったとはいえ、まだまだ前世の車ほどの快適さはなく、速度もそんなでもない。
「そういえば、この馬車はすでに販売しているのですか?」
「近々販売を開始することになる」
「今回が最後の試験ということですか」
「丁度良く長距離を走る機会があったからな。この馬車自体は一度領都からこちらに来ているから、無事にリンドロースにつけば十分な強度があるといえるだろう」
「リンドロースで生産していたんですね。いや、当然ですね」
リンドロースで作らなければ、リンドロースの発展にはつながらない。ずっと王都にいたせいか、王都でやっているとばかり思っていた。
それはそれとして、こんな話をしてもよかったのだろうか? 一緒にいるのはロニカとお父様の執事だから、私がリューディアではないこと以外は伝わっても大丈夫なのかもしれない。
ロニカは私がお父様にいろいろアイデアを出していることは知っているし、何ならロニカに話を聞いてからお父様に提出するかも決めている。お父様の執事もある程度は話を聞いているだろう。
「これくらいの揺れなら、馬車の中でも仕事ができそうだな」
「止めておいたほうがいいですよ」
「そうか」
「働きすぎは体を壊しますから」
この世界に過労死がどれだけ認知されているかは知らないけれど、お父様は普段から働きすぎているように思うので、移動中くらいは仕事は忘れてほしいなと思う。





