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幕間 喧嘩の後

三人称です。

 リンドロース侯爵家はヒュヴィリア王国にある貴族の中で大きな影響力を持った貴族の1つである。その屋敷は常に清潔に保たれ、喧騒とは無縁の生活が行われている。

 当主のアードルフは若いながらも厳格で確かな実力を持ち、現国王と個人的な交流があるといわれている。その妻のマルティダはとある伯爵家の出で昔から美しいと評判であり、アードルフとの仲も良好だと羨まれる夫婦である。


 そんなリンドロース侯爵家のマルティダの部屋に、その日小さな喧騒が走ってやってきた。

 メイドが引き留めるのも聞かずに、長男のティアンがノックも忘れて「お母様!」と入ってきた。


「ぼくに家庭きょうしをつけてください!」

「何かあったのね。話は聞くけれど、ノックを忘れたら駄目よ?」


 感情のままに飛び込んだティアンは母の言葉を聞いてハッと我に返り、「ごめんなさい」と素直に頭を下げる。

 その素直さにマルティダが温かい視線をティアンに向けたけれど、すぐに頭を切り替える。

 なぜティアンが行儀も忘れて飛び込んできたのか。なぜ家庭教師をつけてくれるように頼んだのか。


 思い当たる節が彼女にないわけではない。

 今のティアンの学習環境は決して悪いものではないとマルティダは考えている。そもそもティアンの年齢でそこまで勉強に時間を割く必要はない。

 まったくしないというのも問題だけれど、普段の生活の中で礼儀作法というものを少しずつでも学んでいけばいい時期だ。


 それにもかかわらずティアンは自主的に勉強をしている。たとえ姉への対抗心から始まったこととはいえ、確実にティアンの身になっていて、息子の成長をマルティダも日々嬉しく思っている。

 本来はただ褒めるだけではなく、厳しく叱責する必要もあるのだけれど、その役目をリーデアが受け持つと言ってくれたおかげかティアンのことを叱らないといけないことは今までない。

 ちゃんと諭せばわかってくれるし、理由を話せば理解してくれることも多い。


 とはいえ感情のままに怒っている状態では、ちゃんとした話も聞けなさそうだからと、マルティダはティアンをお茶に誘うことにした。


「美味しいお菓子が手に入ったのよ。お茶をしながらお話をしてくれないかしら?」

「お菓子ですか!」


 不機嫌そうだった顔がパァと明るくなるのを見て、マルティダは内心安心する。

 それからお茶を準備するようにメイドに伝えた。

 メイドたちが無駄のない動きで準備を進める中、マルティダはティアンを抱き寄せて膝の上に乗せる。


 母親の膝の上で楽しげにティアンが待つこと数分で、お茶の準備が終わり、向かい合うように二人は座った。

 出されたお菓子はドライフルーツを使ったパウンドケーキ。ヒュヴィリア王国自慢の果物が存分に使われた、ヒュヴィリア王国内でも人気のお菓子になる。

 それを上手に食べるティアンを見て、マルティダが話しかける。


「ティアンも食べるのが上手になったわね」

「そうですか!? 頑張ってよかったです」

「頑張ったといえば、今日はどんな勉強をしたのかしら?」

「えっとですね。これを……」


 途中まで言いかけたティアンは、先ほどのことを思い出して口ごもる。いつもなら「これをしました」と元気よく見せるところだけれど、今日は難しい表情をして、それでもマルティダに手渡した。

 渡された紙を見たマルティダは、息子の頑張りに目を細め「頑張ったのね」と褒める。

 褒められたティアンは褒められた嬉しさと思い出した姉への怒りとがないまぜになった、なんとも言えない感情の中「ありがとうございます」とつぶやく。

 マルティダはできるだけ優しい口調でティアンに問いかける。


「家庭教師をつけてほしいってどういうことかしら? 今まではリディのところで勉強していたのでしょう?」

「お母様。お姉さまが意地悪なのです。ぼくのことをちっとも褒めてくれません」


 ティアンの言葉に、リーデアがティアンに厳しく当たる理由を知るマルティダが困った顔をする。

 そんな様子に気づいた様子もなく、ティアンは話をつづける。


「お母様。どうしてお姉さまは変わってしまったんですか? お母様も気づいていますよね?

 ぼくは前のお姉さまのほうが良かったんです。もうお姉さまのところにはいきたくないんです。だから家庭教師をつけてください」

「リディのところに行きたくないから家庭教師をつけたいのね?」

「はい」

「わかったわ。お父様に頼んでみます」


 マルティダの言葉にティアンが満足そうな顔をする。

 それを見たマルティダは言葉を選びながら、ゆっくりとティアンに言い聞かせる。


「それからリディのことね。ティアンはリディをどう思っているのかしら?」

「……嫌いです」

「どこが嫌いなの?」

「意地悪ですし、ずるいんです」


 ずるいとは何だろうかとマルティダは考え、ティアンが言語化できないそれが、姉に敵わない劣等感だろうと答えを見つける。

 リーデアはその中にいる存在は5歳ではない。それをまだティアンに伝えることはできない。だから言葉を探す。


「そうね。ずるいわね。リディがどうして変わってしまったのか、どうしてずるいのか、ティアンがもっと大きくなったら教えてあげられるわ。それまでリディとは距離を置いてもいいわ。

 でもその日が来るまでリディを嫌わないでくれるかしら? 話を聞いてもリディが嫌いだというのであれば、それでいいから」


 母親の言葉にティアンはぶすっと不機嫌な顔になるけれど、決定的な否定の言葉は発さない。

 それを良しと見たマルティダが「お母様のお願い聞いてくれないかしら?」と追撃すると、ティアンは「……お姉さまと話さなくていいんですよね?」と問い返す。


「挨拶くらいはしてくれれば、それでいいわ。リディが言う言葉は無視してもいいの」

「わかりました。お母様をこまらせたくはありませんから」


 不承不承ながらも頷いた息子に、マルティダは抱きしめて応えた。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[一言] ティアン君の成長がいろんな意味で楽しみ
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