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28.紙

「お姉さま、いらっしゃいますか?」


 お母様との礼儀作法の勉強が終わり部屋で本を読んでいると、ノックの後に幼い声が聞こえてきた。

 幼い声というのは人のこと言えない案件だけれど、変に大人びて見えるであろう私と比べるとやはりティアンのほうが幼く感じられるのではないだろうか?

 ともあれティアンがやってきた様子なのでいつものように「何かしら?」と返す。


「お勉強をしにきました」

「そう、好きにしたらいいわ」

「すきにします!」


 変に素直で笑ってしまいそうになるのを頑張って抑える。

 笑えばティアンが不機嫌になってしまうし、なぜわざわざこの部屋に来て勉強をするのかを問えば答えに窮して、帰ってしまう。私はティアンに厳しくしているけれど、ティアンを虐めたいわけではなく、勉強したいというのであればどんどん協力していきたいと思っているのだ。

 だからわざわざティアンの勉強意欲をそぐようなことは言わない。


 これが毎日勉強しに来て勉強漬けの毎日となれば話は別だけれど、今のところ数日に一回程度だし、やんちゃに遊んでいるところも見かけるので大丈夫だろう。


 部屋に入ってきたティアンは慣れた様子で自分が勉強するスペースを確保すると、前回使っていた紙を取り出して私に見せてくる。問題のほとんどを間違えていたもので、前に帰ってから今までの間に解き直してきたものだ。

 この世界には消しゴムなんて便利なものはないので、間違えた答えがそのままになっていて、新しい回答が別に書き加えられている。


 このやり方になってティアンも慣れたらしく、とても見やすくなったのだけれど、最初はどこに答えが書き加えられているのかわからずに困ったものだ。

 困ったので「どこに答えがあるかわからないから、全て不正解でいいかしら?」と突き返したら、ティアンなりに考えてわかるようにして再度持ってきた。

 別に意図したわけではないのだけれど、それだけで読む側のことも考えた書き方を自分なりに模索してくれているのはとてもうれしい。やっぱりティアンはとても優秀なのだと思う。私のような養殖の優秀さなのではなくて、天然物の才能ともいえる優秀さだ。


 考えてみれば後にリンドロースの没落を引き起こすほどの働きをするのだから、優秀なのは別に驚くべきことではないのかもしれない。

 いつか私よりも優秀になって、リンドロースをより発展させてくれればと思う。

 そのころには私は命の危険のないところで、隠居してしまいたいのだけれど、さすがにそれは無理な話かもしれない。


 さてティアンの回答だけれど、前回よりは出来がいい。教えるといっても、ティアンと私の仲だと手取り足取り教えるなんてことはできないので、問題用紙の最初のほうに例題をできるだけわかりやすく書いているだけだ。


「半分くらいはあっているわね。頑張ったんじゃないかしら?」

「とうぜんです」

「でも半分は間違えているから、まだまだね」

「……どれをまちがえていますか?」

「そうね……」


 自分の机に向かい、ティアンの回答に赤でチェックを入れていく。単純に成否で〇か×かを書いていくだけだ。

 間違えたところはティアンがもう一度解き直して、それでも間違えていれば私が教える。でも私が教えたのは数えるほどなので、ティアンは以下略。

 全てを採点し終えてから、ティアンに返す。


「ありがとうございました」


 雑にだけれどお礼を言って、紙を受け取り戻っていく。

 それから問題に向かうのかなと思ったら、少し不機嫌そうな声で「お姉さま」と話しかけてきた。


「どうして、いつまでも同じ紙をつかうのですか? 新しい紙のほうが見やすいと思うんですが」

「勿体ないもの」

「でも紙はたくさんあります。お父様がたくさん持っているのを見ました」

「そうね、沢山あるわね。でも勿体ないのよ」

「どういうことですか?」

「それは自分で調べてみなさいな。こうやって同じ紙を使い続けることが決して正しいとは言わないけれど、少なくとも今は新しい紙に書いてきた回答は採点しないわ」

「お姉さまはおうぼうです」


 納得はしていないけれど、ほかにどうすることもできないといった表情で言い捨てると、ティアンが勉強に身を入れる。

 今ティアンが使っている紙の裏側は、もう何も書けないほどに黒くなっている。書いてあることもギリギリわかるくらいなもので、そんな経験をすればたくさん紙があればそれを使えばいいじゃないかと思うことだろう。

 実際、侯爵という高い位についた貴族家の者が高価だとは言え紙の一枚や二枚を使い込むということは、おかしなことだろう。お金をたくさん使うことで、領や国を富ませるというのは、ある種貴族の一つの役割だと言っていい。


 とても高いドレスを数回しか着ないのも、やけに高価な食事を用意させるのも、お金を回す意味合いだってあるのだ。


 だけれどすぐに捨てて新しいものを買うという生活を送っていると、そのうちに物を大切にしなくなるかもしれないので、ある程度は節制についても理解していてもらいたい。

 それにどうせゴミになるであろう、5歳児の計算跡に新しい紙を用意するほどの価値も感じない。ということで、ティアンにはこれからも、紙を真っ黒に染め上げてもらおう。

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― 新着の感想 ―
[一言] ティアン君が大きくなった時に姉の凄さに気づいてくれると……いいね
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