26.才能
ここのところ感想等読めていなくて申し訳ありません。ご容赦ください。
結局私が屋敷の外に出られた理由はわからなかった。ラウフ君には会ったけれど、そのほかは特に何かあったわけでもなく、帰ってからは例の石鹸の報告だけした感じだろうか。
後になって考えると私のことを外に出しておいて、屋敷のほうで何かがあったという可能性もあるけれど、そうだとしたらなおのこと聞いても教えてはくれないだろう。
そういうわけで、改めて部屋で馬車の改良についての案を書いている。
設計をきちんと学んだわけではないけれど、実は設計図というものを目にする機会が多かったのでどんな風に書けばいいのかを大雑把には知っていたりする。
何か特別なことがあったわけではなくて、前世の父がそういう関係だったのだ。
今でこそ――死ぬ直前というべきか――パソコンで書いているのを見かけることが多かったけれど、まだ私が小さかったころ。それこそ今の私くらいの年齢の時には、パソコンではなくて大きな紙に書いていた。
小さかった私は別に設計に興味があったわけではないけれど、たまに父が仕事で持ち帰った普段は見ない大きな紙と普段使うことはないであろう変な形の定規などはなんだか気になっていて、遊び半分に父に教えてもらっていたのだ。
ということで、こちらの意図が通じる程度の設計図は書けると思うのだけれど、フリーハンドだし紙も大きくないしでとても難しい。
いっそ設計で使うような道具もお父様に頼んで作ってもらえないだろうか? 今後私が使う機会はないかもしれないけれど、使う人は使うだろう。
と、その前にこの世界にそういった道具があるかを調べるのが先か。
「ロニカは設計の時に使う道具……いえ、設計図って知っているかしら?」
「せっけいず……ですか? 申し訳ないのですが、知らないです」
まさかと思って聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
うん。まあそうだろう。侯爵家のメイドとはいえ、設計図なんて覚える必要はない。普通に生活している人にしてみれば不要のものであるし、本も高価なこの世界で自分に無関係の知識を得るというのはそうそう起らない。
一応言葉として「設計」も「図」もあるので、ありはすると思うのだけれど――。
「何かを作るときに、どのような構造になっているのかを書いたもの……と言えば思い当たるかしら? 小難しい図形がいっぱい書いてあるようなものなのだけれど」
「それなら父が取引先と話しているのを聞いたような気がします。ですが詳しいことは……わたしが教えてもらえるようなものではなかったですから」
「ううん。ありがとう。存在するというのがわかっただけで十分よ」
道具があったほうが描きやすいけれど、本格的なものが描けるわけでもないので、いちいち時間をとる必要もないか。この世界、幸いというか定規があるので、何とかフリーハンドで描いてみよう。へんちくりんでも、本職の人ならなんかうまい具合に読み取ってくれるだろう。あくまで設計図がなくてもわかるようには書く予定なので、問題はないはず。
それからついでに使えそうな用具とかの提案もしておこう。すでにあるかもしれないけど、それならそれで放っておいてくれればいい。
「お嬢様はその設計図というのを描こうとしていらっしゃるのですか?」
「そうね。おかしいかしら?」
「いえ。お嬢様はわたしでは推し量れないほどに優秀なのですね」
「そうでもないわ。これもあくまで真似してそれっぽく書こうとしているだけだもの」
年不相応の行動をしている自覚はあるので、ロニカからも怖がられるかなと思ったけれど、なぜか素直な尊敬のまなざしが返ってきて困ってしまう。
しかも分不相応な評価で恐ろしい。なんだか下手すると祭り上げられそうだ。それよりはきちんと話しておいたほうがいいかもしれない。
「ロニカ、少し話を聞いてもらって良いかしら」
「はい。もちろんです」
「自分で言うのも何なのだけれど、私は年齢の割には優秀な自覚があるわ。年相応であれば、屋敷の人たちからここまで避けられることもないはずだもの」
「お嬢様が優秀であることは、よくよく存じております」
「だけどね。これは今の年齢だから言えることなのよ。あと15年もすれば、私はただの人と変わらない――とは言ってはいけないわね。リンドロースの娘として恥ずかしくないくらいの人にはなっていないといけないもの。
だけれど私が大人になったとき、きっと私よりも優れた人がいるはずよ。そして私はよくてそれなりに優秀な人――くらいで落ち着くと思うわ。間違いなく私が最も優れた人、ということにはならないの」
15年もすればというのは、ちょっと前世の記憶に引きずられてしまったけれど「十歳で神童、十五歳で才子、二十歳過ぎればただの人」のような言葉がこの世界のはあるのだろうか?
ともあれ凡人の私では、いくら5歳からやり直しができているとはいえ、行けるところはたかが知れている。
本当の天才は年齢なんて関係なく、突き進んでしまうのだから。近いうちに追いつかれ、遠からず追い抜かれることだろう。
そうなったとき、私はやっぱり特別な存在とは言い難くて、その時にロニカの信頼を裏切ってしまうのは怖いのだ。
だから私は凡才だということを今のうちから言っておきたい。
そう思って伝えたのだけれど、ロニカに困った顔をされてしまった。今の状態で言っても、何言っているんだと思われても仕方ないのは承知しているけれど。
でも次のロニカの言葉は私が思っていたものとは、全然違っていた。
「お嬢様。わたしはお嬢様が優秀だから忠誠を誓ったのではありません。
お嬢様がわたしを救ってくださったから、チャンスを与えてくださったから忠誠を誓ったのです。お嬢様が今後どうなろうとも、わたしはお嬢様に付き従うことに変わりはありません」
「……付き従うだけではなくて、私が間違いを犯しそうになったら止めてくれないかしら?」
「いまのわたしではお嬢様の真意を推し量れないほどに未熟ですので、お約束はできかねます」
「それは困ってしまうわね」
冗談なのか本気なのか、わかりにくいロニカの言葉に私はため息混じりにそう返した。