25.偶然
だいぶ城下町を見て回り、もうそろそろ帰る時間かなと思ったところで、見覚えのある顔を見つけた。濃い緑の髪をした、おそらく青い瞳の少年。以前あったのは王宮図書館でのこと、あの時にはお城にいるのにふさわしい高価な服を着ていたけれど、今日は私のようにあの時よりも質素な服を着ている。
話しかけた方が良いのだろうか、話しかけていいのだろうか、と考えていたらラウフ君が私の存在に気が付いてこちらに近づいてくる。
ソラマーノがラウフ君と私の間に立って、守ろうとしてくれるのだけれど、「知り合いよ」と声をかけると一歩だけ下がった。
壁にはならないけれど、警戒を怠ることもしないということだろう。
あまり距離が近づけばまた、間に入ってくるに違いない。それに知り合いではあるものの、私も完全に気を許したわけではないので不用意なことはしない。
「君にまた会ったね」
「図書館以来ね。ラウフ君」
「そうだね。名前も知らない君」
ラウフ君がからかうように言ってくる。そういえば、私は名乗っていなかったのだっけ。
私のことを知っている様子だったから、名乗っていたと思うのだけれど、名乗っていない相手の名を呼ぶのはマナー違反ではある。
相手のことを知っていても、名前を教えあって初めて名前が呼べる。
そういう意味だと、前回名乗り忘れていたのはマナー違反だったと言っていい。反省しなければ。
それはそれとして、ラウフ君の名前は明らかに偽名なので、私も本名を名乗る必要もないだろう。それに今日はお忍びなので、偽名を名乗ったところで相手も理解してくれるだろう。
とはいえ、とっさに良い名前も思い浮かばない。
「名乗り忘れていて申し訳ないわね」
「構わないよ。気にすることですらないからね」
「そういっていただけるならよかったわ。私は……リーデアと呼んでくれるといいかしら」
思いつかないから、本名を名乗ってみようということで、ラウフ君に両親しか知らない本名を名乗る。
思いつかなかったというのもあるけれど、両親からもらった「リーデア」という名前を誰かに知ってもらいたかったのかもしれない。例え法律的には「リューディア」であっても。相手に真意が伝わらなくても、ロニカやソラマーノにどういう思いでこの名を告げたのかわかってもらえなくても。
「それじゃあ、リーデア。これからもよろしく」
「また会える機会があるかはわからないわよ?」
「そうかもね。それなら聞けるうちに聞いておこうかな」
私たちはお互いの本名を知らない――いやラウフ君は知っていそうだけど――、連絡先も知らない。今までだってたまたま会えていただけに過ぎないので、次を確約するのは難しい。
「何が聞きたいの?」
「君は欲しいものを手に入れられたのかな?」
何かなと思えば、そのことか。確かにラウフ君には「精霊が住むための山が欲しい」と伝えた記憶がある。
そのあと馬鹿にされたような記憶もある。でもラウフ君のおかげで、お父様と交渉しようという発想に至れたので、感謝もしている。
「その話では助かったわ」
「それはよかった。上手くいったみたいだね」
「それはどうかしら……? 結果が出るまでは借りるみたいな形になったのよ」
近くにロニカとソラマーノがいるから、言葉選びが難しい。教えたからとどうにかなる内容でもないけれど、ラウフ君に笑われたことがある手前、伝えるのに恥ずかしさがある。
「いつかはもらえるってことかな?」
「結果が出れば、ね。勝算があるかどうかは、お父様しだいなのよ」
どうしても私はアイデアを出すだけだから。それを形にするのも、広める方法を考えるのも、お父様の仕事なので、私のアイデアに対してお父様が価値を見出してくれるかどうかが最初の壁となる。
そのうえで成果が上がらないといけないわけで、難易度は低くない。
それなのに、ラウフ君は妙に自信がありげな顔で「なら大丈夫だろうね」と頷いた。
お父様は公平に判断してくれるとは思うけれど、贔屓はしてくれないだろうから、手放しに安心はできない。
それともお父様がリューディアを溺愛しているというのは、知られているのだろうか?
私が悩んでいる間にラウフ君は「それじゃあ、ボクは行くよ」と歩いて行ってしまう。立ち話も長くなってきたので仕方ないけれど、なんだか唐突に現れて唐突にいなくなってしまった。
「お嬢様。彼は一体誰なのでしょうか?」
「誰なのかしらね。個人的には王族の誰かだとは思っているのだけれど」
「知り合いではなかったのですか?」
ロニカの問いかけに正直に答えると、ロニカが少し語気を強めて再度問うてくる。
誰かもわからない人を知り合いと言って、話をしていたから怒られても仕方はないと思うけど、言い訳だけはさせてもらおう。
「彼とは王宮図書館の中で出会ったのよ。だから少なくとも身分が証明されているのは間違いないわ」
「確かに簡単には入れないと聞いたことがあります」
「そこで話をしたのだけれど、その時に少し手伝ってもらったのよ」
「だからと言って……」
ロニカが言葉に困っている。一度親切にされたからと、気を許してはいけないと言いたいのだろうか?
気持ちはわかるけれど、それで邪険にするというのも関係性にひびが入りそうで怖い。ラウフ君が王族だとして、関係にひびが入れば王家と距離をおけるかもしれないけれど、噂とかではなく直接私が何かをしてしまえば、その悪評はリンドロースの汚点になる。
「これでもちゃんと気を付けてはいたのよ。ソラマーノを下がらせなかったのもその一環だもの」
「わかりました。ですが気を付けてください」
「ええ、もちろん」
「それでなのですが。ラウフ様とお名前がわかっているのでしたら、調べられるのではないでしょうか?」
「それは無理ね。だってラウフというのは偽名だもの。だから私も偽名を名乗ったのよ?」
「……承知いたしました」
ロニカは何か言いたげだったけれど、承知してくれたので良しとしよう。





