24.お忍び
「安心してくださいお嬢様。何があっても、このロニカが命に代えてもお守りいたしますから」
「命に代える必要はないわ。それをするくらいなら、私を抱えて逃げてちょうだい。そのためにソラマーノもいるみたいだから」
「ええ。もちろん、時間くらいは稼ぎますよ」
お父様と商談――だったかは怪しいけれど――をした翌日。早速企画書でも書こうかなと思ったら、お父様に言われてお忍びで城下町に行くことになった。
理由はいくつかあるのかもしれないけれど、私が言われたのはロニカの存在を知らせるため。
半ば拉致するようにロニカを連れてきた後、一回も帰宅させていないらしいので、ご近所に現状報告をするというのが目的だという。
報告と言っても、姉妹そろって住み込みでメイドをすることになったというのを伝えることになっている。連れてきて以来、ロニカの姿が見えないとちょっと噂になっているらしいから、急だけれど行くことになった。
それだと私の存在は不要なのだけれど、お父様には何か考えがあるのだと思う。
あまり褒められたタイミングではないのはわかるけれど、ここ最近の出来事もあって気分転換をしたかったので、個人的にはお忍び出来て良かったなと思う。
はじめて屋敷とお城以外の場所を歩くのだけれど、どこを見ても新鮮で面白い。
何というか映画の中に入り込んだような、あこがれていた物語の登場人物になったような、ワクワク感がある。まあ、登場人物になったというのは、あながち間違いではないけれど。
今歩いている道もゲーム内で見たことがあるような気もするし。
たくさんのお店が並んだお洒落な大通り。きれいに並べられた石畳があって、お店の出入り口に見られる屋根のようなもの――オーニング――の向こうには大きく開かれた店内が見えるものもある。
色とりどりの品物に目移りしそうになるのを我慢していると、ふいにソラマーノから「どこかに入りますか?」と尋ねられた。
今回はお忍びということで、ソラマーノもロニカも仕事着ではなく、普段着を着ているためどこかのお店に寄っても目立つことはないだろう。
今回の目的を考えると、ロニカのことを知っているお店であれば入っても良いかもしれない。
その中でちょっとだけ楽しむのはきっと許してもらえる。
「普段ロニカが使っているお店はあるかしら?」
「お嬢様が行って面白いところはないと思いますよ?」
「構わないわ。今日はロニカの顔見せ目的だもの。ロニカが話している間は、好きに過ごさせてもらうわ」
「わかりました。それなら――」
それからロニカの案内でいくつかのお店を見て回ることにした。
◇
いくつものお店を見てわかったのは、ロニカが裕福な家の生まれであるということ。
このお高そうな通りで暮らしていたのだから、何もおかしくはないのだけれど、服屋に行くと古着屋ではなくて、新品が置いてあるところに行くし、ちょっとおしゃれなカフェにも行ったことがあるみたいだし、レストランにも顔を出していたということは、外食もできていたのだろう。
私がリーデアになった後に学んだ、一般的な平民の暮らしよりもかなりぜいたくな暮らしをしていたのが見て取れる。
いくつかのお店では、ロニカが私の使用人になったことを説明していたので、交流もあったのだろう。
ロニカが話している間に何度かこちらを見るような人もいたので、もしかしたら私がいる目的は「リンドロースの娘はお忍びで城下町に行ってしまうほどにおてんばだ・わがままだ」と広めたいのかもしれない。
そうしたら王族の婚約者には不適格だと思ってくれないだろうか。
「この化粧水はどこのものなのかしら?」
「リンドロースで作られた最上級のものでございます」
「評判がいいのかしら?」
「ええ、もちろんです。もうこれなしではいられないと、大変好評いただいています」
ロニカがお店の人と話している間、私もほかの店員さんに話を聞く。調査というか、興味本位というか。
リンドロースの品物については評判を聞いておいて損はないだろうと思ったのだけれど、考えてみたら私がお忍びとはいえリンドロースの令嬢であることはバレているだろう。
そんな相手にまさか悪いことをは言わないだろうから、話半分で聞いておくことにする。
コスメショップのようなお店で話を聞きながら、並べられている商品を見ていると、目立たないところに置かれていた一つの商品が目についた。
「これは石鹸かしら?」
「……はい。それはたまたま手に入ったもので、石鹸には違いないのですが綺麗な色をしていますので、置物としても使えるのではないかと」
「確かに何かに使えるかもしれないわね」
「むしろそちらでの使い方をお勧めします。珍しいので並べてみましたが、従来の石鹸よりも質はよくないようでしたので」
だから少し話しにくそうにしていたのか。黒っぽい石鹸が主流のこの国では珍しい白っぽい石鹸だったけれど、その清潔そうな見た目に反してそこまででもなかったと。でもこれはちょっと気になる。
「これ頂こうかしら」
「ありがとうございます」
「ソラマーノよろしくね」
支払いは私ではなくて、ロニカかソラマーノ。お忍びでどうなんだとは思うけど、侯爵令嬢は自らお金を持つことはない。
「それでこの石鹸どこで手に入れたのかしら?」
「行商人から購入したものでして、その行商人もどこにいるのかは今となってはわかりません……」
「わかったわ。ありがとう」
出所は不明。一応お父様に報告しておいたほうがいいかもしれない。
効果のわりに価格も高めだったから、そんなに気にする必要はないかもしれないけれど、リンドロースでも石鹸はたくさん作っていたはずだから。
私が話をしている間にロニカのほうの話も終わっていたようで、私の用事が済むのを待っていた。
「待たせたわね」
「いえ。もっとゆっくりなさってもいいんですよ?」
「いいえ。もう十分よ」
「それなら次に行きましょうか」
「よろしく頼むわね」
石鹸については一旦置いておいて、次に連れて行ってもらうことにした。





