23.商談
ストックが切れたので、ここから不定期投稿になります。
「お父様にお願いがあってまいりました」
「以前言っていた商談とやらか?」
お父様の言葉にこくりと頷く。この話をしたのは図書館に行ったときだったので、だいぶ前のことになるのだけれど、覚えていてくれたらしい。
「ですがその前に精霊についてお話しさせてください」
「実際に存在するのかどうか……だったか。改めて言う必要はないと思うが、あまり大っぴらに話すことではないぞ?」
「理解しています」
お父様もわかっているだろうけれど、だからこそこうやって書斎に顔を出しているのだ。
お父様と二人きりで話せるタイミングは、おそらくここくらいだから。それに私は精霊肯定派なので、どこで話しても問題にはならないと思う。
精霊の存在を疑って調べたことがアウトという可能性もあるので、絶対とは言えないけれど。
「私なりの結論から話させていただきますと、精霊は存在すると考えています」
「その根拠は?」
「他国との農作物の出来の違いでしょうか? 調べてみたところ、数百年以上この国の農業は変わっていません。それなのに他国が試行錯誤して育ててきたものと比べても、収穫量も味もヒュヴィリア国のほうが上です」
「なるほどな。それで、どうしたい?」
これは私の言葉を受け入れてくれたのだろうか? お父様のことなので、グレーゾーンに設定しておいて私の要望を聞きたいだけという可能性もある。
それでも頭ごなしに否定されないだけましだ。
「領の端に手つかずの地帯がありますよね。それを私にいただけませんか?」
「今のところどうする予定もなく、無駄にしてしているところが確かにあるな。
とはいえ、やろうといってやれるものでもない」
「代わりに私がもつ知識をお伝えします。今すぐ思い浮かぶのは、馬車の揺れを抑える方法と農業のより良いやり方でしょうか?」
サスペンションとかスタビライザーとかは、学生時代に少し齧ったことがある。馬車に直接に使えるかはわからないけれど、理論ならわかるので理論だけまとめて丸投げすればいい。
農業に関してはこの国が遅れすぎているので、中学生程度の知識があれば改良できそうなところは思いつく。どちらにしても、私が直接何かするというよりも、アイデアを伝えてあとは丸投げするつもりなのだ。
変に私が推し進めても良いことはないだろうし。基本的にはお父様を通して、お父様の判断でリンドロースに普及していくのかを決めてもらったほうがいい。
こういうのって、美容品とか石鹸やシャンプーのほうがそれっぽい気がするのだけれど、残念ながら私はそういったものは作り方がわからない。
この世界の石鹸は物語で見かける汚れの落ちにくい石鹸というほどでもないけれど、現代日本のそれと比べると質が悪い。
実はこういった美容品等はリンドロースの大きな収入源になっているので、よりよく改良出来たらなお良かったのだけれど、役には立てそうになかった。
「異世界の知識か。上手く使えば確かにリンドロースを発展させることもできるだろう。
今言った以外の知識も必要となれば、教えてくれるのだろう?」
「もちろんです。それがリンドロースのためになるのであれば、惜しみなくお教えします」
「だがどのような知識であっても、それが利用できるかわかるまでは時間がかかるな?」
それを言われてしまうと困ってしまう。農業で結果を出そうと思えば、まずこの世界で有効な方法か調べる必要があるし、有効だとわかったとしても広めるのにも時間がかかる。
物を作るにも私に技術があるわけではないので、作ってくれるところを探して試行錯誤を繰り返すしかない。そして、そのあたりはお父様に丸投げします、と言っているようなものなので、使われていないとはいえ土地を渡す代価には足りないかもしれない。
さてどうしたものかと頭を悩ませ始めたところで、お父様が「だから」と話を続ける。
「ひとまず貸しといてやろう」
「良いのですか?」
「どのみち手を加える予定もない地だ。貸しておいたところで、何も変わらぬ。それともあの地を使って、何かするつもりか?」
「いえ、今のところは特に何かするつもりはありません」
「将来的には何かするらしいな?」
お父様に言葉尻を捕まえられて、焦ってしまう。精霊たちのための地にするというのは嘘ではないけれど、私の土地になれば何かあった時の隠れ家として使えないかなと考えているから。
小屋でも作って家庭菜園をしつつ、ひっそりと余生を過ごすような場所を作れればいいなと思っている。
「正式にリディのものとなったあとは、好きにするがいい」
「つまり私の知識を使ったもので、その土地に見合うだけの利益を出すことができれば、いただけるということでいいですか?」
「そういうことだ。不服か?」
「いいえ。ありがとうございます」
どこまでが私の利益となるのか、土地の評価額がいくらなのか、全てお父様次第になるから、もしかしたら永遠に私のものにならないかもしれない。
借りているという状況では、精霊たちが好きにしていいという場所にするには、心もとない。
だけれど今更お父様を疑っても仕方がないので、了承する。
基本的には全てリンドロースのためにと考えて動いた結果なのだ。
お父様が精霊を切り捨てるというのであれば、それもまた仕方がない。
「リディよ。ティアンとはどうだ?」
これで話は終わりかなと思ったのだけれど、急にそんなことを聞かれた。
お母様に聞かれたことはあるけれど、お父様に聞かれるのは初めてかもしれない。
なんだかんだでティアンの勉強を教えているのは私なので、気になるのだろうか?
「変わらず私の部屋に来ては文字の勉強をしています。算術の勉強の準備も始めていますが、もう少し時間がかかりそうです」
「そうか。あの学習方法は以前の世界のやり方か?」
お父様の声が少し沈んだような気がするのだけれど、気のせいだろうか。
「少し違いますが、おおむねそうだと思います。前の世界だと紙が安価で手に入りましたので、使い捨てていましたね」
「なるほどな。リディの知識は全てこちらで利用していい、そういうことでいいな?」
「はい……? 構いませんが……」
元よりそのつもりだから構わないのだけれど、どういうことなのだろうか?





