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幕間 ロニカ(上)

「ロニカだな。リンドロース侯爵の屋敷での採用が決まった。すぐに準備をしてついてくるように」

「えっと、何が……」


 ある日わたし――ロニカとお姉ちゃんの家にやってきた人が、急にそんなことを言い出した。

 わたしもそろそろ見習いとして働きに出る年だけれど、採用なんて身に覚えはない。だけれど改めて考えてみれば「リンドロース侯爵」という名前には覚えがあった。

 覚えなんてものじゃない。リンドロース侯爵様と言えば、感謝してもしきれないほどの大恩人。


 両親を亡くしてわたしたち姉妹が明日の生活も怪しくなりかけたとき、お姉ちゃんを破格の待遇で雇ってくれたところ。

 もしもリンドロース侯爵様がお姉ちゃんを受け入れてくれなかったら、今頃わたしはお姉ちゃんと引き離されていたかもしれない。いやお姉ちゃん一人でも、十分な生活は送れなかっただろう。

 住み込みで雇ってもらえるところを探して、何とか一人で生活できるくらい。


 こうしてお姉ちゃんと両親との思い出の詰まった家で生きていくことができたのは、リンドロース侯爵様のおかげなのだ。

 わたしが病気になったときに生き残ることができたのも、余裕のある生活を送っていたからだと言える。そうでなければ、わたしは道端で病気になり、命を落としていたに違いない。


 そんなリンドロース侯爵様からの呼び出し。もしかしたらお姉ちゃんが口利きをして、わたしも雇ってもらえることになったのだろうか?

 最近はわたしも体力が戻って働ける場所を探していたので、その可能性もある。

 だけれど、やってきた人の雰囲気が歓迎している感じがしない。


「姉のラウリアについての話もある。来てくれるな?」

「……わかりました」

「では、この馬車に乗ってくれ」


 見せられた馬車には確かにリンドロース家の紋章があって、騙されているというわけでもなさそうだ。わたしがリンドロース家の紋章を知っているのはたまたまなので、ほかの貴族様でなくてよかったかもしれない。


 わたしは緊張したまま馬車に乗せられ、リンドロース侯爵家に向かった。





 見たこともない大きなお屋敷。明らかにわたしは場違いで、こんなところで働いているお姉ちゃんは凄いんだなと思うと同時に、何があったのだろうかと不安に押しつぶされそうになる。

 しかも通されたのは侯爵様ご本人がいるお部屋で、緊張でどうにかなってしまいそうだ。


 だって侯爵様というのは、普通に暮らしていたらまず会わない人だから。王都に住んでいるとはいえ、住む場所は分けられているので貴族様と会うことはない。

 こういっては何なのだけれど、貴族様とは会いたくないという人は少なくない。不興を買ってしまえば平穏に生きていくことはまずできない。


 だからこの場でのわたしの言動がわたしたちの命に大きくかかわってくるもので、案内された部屋についたわたしはすぐに跪いた。

 決して広い部屋ではないけれど、調度の1つ1つが高価そうで、ここが貴族様の屋敷の中。しかもご当主がいる場所だということがわかってしまう。


「顔を上げよ」


 そういわれて顔を上げると、年若い――とはいっても、わたしの両親よりも少し若いくらいだろうか――侯爵様が苦々しい顔をしてわたしを観察するように見ていた。

 その表情がこの場での話が明るいものではないことを示しているかのようで、眩暈がしてくる。

 たぶん――やはり採用になったというのは建前で、お姉ちゃんの話をしたいのだと思う。


 お姉ちゃんは何か粗相をしてしまったのだろう。何かをやらかして、侯爵様を怒らせてしまった。

 わたしが呼び出されたのは、お姉ちゃんと一緒に罪を償うため? 無償奉仕を命じられるとかだろうか?

 生活ができるのであれば、わたしはお金をもらえなくてもかまわない。今までがうまくいきすぎていたのだから。それでお姉ちゃんのためになれば、わたしはうれしい。


「なぜ呼ばれたのかわかるか?」

「わかりません。もしかして姉が何かをしてしまったのでしょうか?」

「そうだ。お前の姉が罪を犯した」


 やっぱりと思うと同時に、侯爵様の言葉に引っ掛かった。

 粗相をしたのではなく、()を犯したと仰られた。


「姉はどのようなことをしてしまったのでしょうか……?」

()()()を二度手にかけようとした」


 一瞬何を言われたのかわからなかった。手にかけようとした? つまり殺そうとしたということ?

 しかも二度もやらかした?

 頭が真っ白になって、何を言っていいのかわからなかった。どうしてお姉ちゃんがそんなことをしたのか……そう考えたところで、ふとあることを思い出した。


 わたしが病気になった時にお医者様に言われたことがある。わたしの病気を治すのは難しい。特効薬があるものの、手に入るかわからない。

 当時のわたしは病に侵されぼんやりとしか認識していなかったのだけれど、手に入るかわからないような薬をどうしてお姉ちゃんは準備できたのだろうか?

 どうしてお医者様ではなくて、お姉ちゃんが薬を持ってきたのだろうか?


「姉はわたしを助けるために……」

「そうだろうな」

「姉は、姉はどうなったのでしょうか?」


 不敬かもしれないけれど、お姉ちゃんのことが気になった。侯爵様の子供を殺そうとしたとなれば、その罪はわたしには計り知れない。それこそ命をもって償わないといけないほど……だと思う。

 もしかしなくても、もうお姉ちゃんには会えないのではないか。そう思うとなんだか体の内側から、凍えていくような心地がした。


「通常であれば一族郎党すでに処刑されている」


 平坦だけれど、怒りがにじみ出ているかのような声で、侯爵様が答えてくれた。

 だけれど、その答えにわたしは自分の考えが甘かったことに気が付いた。平民に過ぎないお姉ちゃんが貴族様を殺そうとしたのだ。その罪は家族にまで及ぶのは、少し考えればわかりそうなものだ。

 それなのに話を聞いてようやく、足元が崩れ去るようなショックを受けた。


 わたしはお姉ちゃんと最期の話をすることもできずに、処刑されてしまうのだ。

 お姉ちゃんのしたことを償うにはそうするしかないのかもしれない。貴族様に手を出したのが悪いのだから。でも死にたくはない。どうすることもできない。


「だが今のところお前の姉も生きている。今後どうなるかは、お前次第だ」


 そんな侯爵様の言葉にわたしは目を丸くすることしかできなかった。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[一言] 妹さんメッチャ理解早くて有能なんじゃ(゜ω゜)
[一言] 更新お疲れ様です。応援してます。
[良い点] ロニカは今のところ屑姉よりはましかな?状況は人を容易に変えるし、姉の例があるから将来的にはわからんけど。 [一言] 侯爵は妹も憎いだろうなぁ~その場で八つ裂きにしたくなるほどに… 本当は娘…
2020/07/19 19:21 退会済み
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