21.忠誠
「はじめましてお嬢様。新しくお嬢様付きのメイドを仰せつかった、ロニカと申します」
ロニカは緊張した面持ちで、それでもきれいな所作でお辞儀をする。
姉妹だからラウリアに似ているのはそうなのだけれど、ロニカのほうが身長が低く、何より真面目そうな印象を受ける。私に対する視線は、観察といったところだろうか? 最悪殺意すら向けられるのではないかと心構えだけはしていたけれど、敵意のようなものはなさそうだ。
ロニカがお母様レベルで感情を隠すことができるのであれば、話は別だけれど。
「はじめまして。これからよろしくお願いするわね」
「はい。何なりとお申し付けください」
表面的な挨拶が済んだところで、お母様に「ロニカとしばらく話してもよろしいでしょうか?」と尋ねる。お母様は「好きなだけ話しなさい」と了承してくれた。
「お嬢様いかがなさいましたか?」
「ロニカは事情を知ったうえでここにいるのかしら?」
「姉のしてしまったことは全て把握しています。二度お嬢様を手にかけようとしたことも、恩人であるリンドロース侯爵家を陥れようとしたことも、姉の凶行の原因がわたしの病気にあることも」
「ラウリアが地下牢に入れられた原因が私にあるということもわかっているのね? うらんでいるのではないかしら?」
「お嬢様がいなければわたしも共に処刑されていたと聞いています。それが当然のことだろうとわたしも理解しております。それなのに生かしてくれているのですから、感謝することはあっても、恨むことはありません」
ロニカの真意はわからない。でも話すときの必死さは、死から逃れたいといわんばかりの勢いは、なんだか私のようで悪しからず感じてしまう。
しかしながらその勢いは急に消え、不安そうな面持ちで改めて私を見た。
「むしろお嬢様はよろしいのですか? わたしはお嬢様を手にかけようとした者の妹なんですよ?」
「貴女はラウリアではなく、妹として償いをするためにここにいるのよね?」
「もちろんです。私にできることならどのようなことでも……」
「それなら十分よ。貴女は裏切らない。そうよね?」
儀礼的な言葉のようでいて、私の心からの懇願。
もうあんな思いはしたくないから。せめて今この瞬間だけでも安心したいから。そうしたら、お母様にいらぬ気苦労を負わせなくて済むだろうから。
頷いてくれればよかった。ただ一言「はい」と言ってくれればよかった。
それなのに、ロニカは私の前で跪いた。
それから優しい手つきで私の手を取ると、手の甲に口づけをする。まるで騎士が姫に誓いを立てるかのように。
一瞬なぜこんなことをしたのかわからなかったのだけれど、すぐに思い出した。
手の甲への口づけは生涯の忠誠。裏切らないということを示すある意味での最上位の行動。
だけれど、これはやりすぎだ。少なくともメイドが主人にすることではない。
「そこまでしろとは言っていないわ」
「お嬢様はわたしの忠誠を受け取ってくれませんか?」
「受け取らないとは言わないけれど、今のがどういうことかわかっているのかしら?」
「わかっています」
もしもの時には、ロニカ――貴女も道連れになると言っているようなものなのよ?
そう言ってしまいたいけれど、言うことはできない。言えば私に何かあると気が付かれるかもしれないから。
それを私から言うのは避けるべきことで、助けを求めるようにお母様のほうを見てみると何かを感じ取ってくれたのか、ロニカに声をかける。
「貴女は何があってもリディの傍にい続ける覚悟があるのね?」
「もちろんです」
「例えリディが死地に向かうことになっても、共に行く覚悟があるのね?」
「それだけのことをしていただいたと理解しています」
「それならリディの傍に置いておいて安心ね」
違う。そういうことではないのだ。ロニカの覚悟を聞きたかったのではなくて、そこまでの覚悟はせずに危なくなったら逃げるくらいの、裏切らない程度に自分の身は守ってほしいという感じの説得が欲しかったのだ。死地に赴く可能性が私には普通の令嬢以上にあることを、ほのめかしてほしかったのだ。
このままだと、命に代えても私を守るとか言いかねない。とてもやきもきするけれど、お母様の発言の手前否定するようなことは言えない。
実際問題、貴族令嬢付きのメイドとしてここまでの忠誠心を示した相手は、親として安心して任せられるだろう。ロニカの場合、ラウリアの件もあるのでここまでの覚悟を見せないと、普通は任せられないのかもしれない。
「……わかったわ。ロニカこれからお願いね」
「はい、お嬢様」
そもそも選択肢は私にはなさそうなので受け入れると、ロニカが満足そうな顔を見せる。
もしもの時にはロニカを巻き込まないように私が立ち回ればいいのだから。ロニカは本来ゲームには出なかったキャラ。だから私よりも安全だとは思う。むしろラウリアがいなくなってしまったから、ゲームの強制力から抜け出せたと言っていいのだろうか?
それはさすがに早計かな。登場人物を変えて、同じことが起こる可能性もある。こればかりはその時になってみないとわからない。
でもラウリアが退場したということは、リンドロース侯爵家は助かる可能性が高まったということだ。
それは素直にうれしい。リンドロースが私を見捨てれば、ほぼ助かることができるだろう。もしもの時にはお父様がその判断を誤るとは思えないし、あとは私が助かるように動けばいいのだろうか。
「ほらリディ。何を考えているのかしら? 今はわたくしとのお茶会よ」
「申し訳ありません。そういえばお母様。タイミングを逸してしまい聞けなかったのですが、茶葉を変えましたか?」
「あら気が付いた? 遠方から取り寄せたものを淹れさせてみたのだけれど、どうかしら? 正直に答えてちょうだい」
これはちょっと困る。本当に正直に答えていいのか、正直にとはいわれたものの褒めておくべきか。
「私の好みではないです」
「そうよね。なんだか物足りない感じがするわ。やっぱり国内のものにしておきましょう」
そういってお母様はもう一度カップに口を付けた。





