20.お茶会
地下牢でラウリアと話して一週間ほどは、私は静かに過ごしていた。お父様はラウリアの件の後始末をしているのか忙しそうで、お母様にマナーの授業を頼もうかと思っても「今は休んでおきなさい」と言われ取り合ってもらえなかった。
それならば書庫の本を読んで勉強しようかと思ったのだけれど、シャルアンナに「あのようなことがあったのですから、ほどほどにお休みください」と窘められ、仕方がないのでティアンを捕まえて適当に運動をしていたこともある。運動についても苦言を呈されたのだけれど、万が一の時にある程度動けたほうがいいからと言ったら、すんなり認めてくれた。ただし無理は禁止。
別に競争する気はなかったのだけれど、普段から私にとやかく言われている仕返しでもしたいのか、何かと挑んできては負けていた。そして「おねえさまはずるいです」と拗ねてしまう。何がずるいのかさっぱりわからないのだけれど、不機嫌になって去っていったにもかかわらず、私の部屋に勉強しに来るのは微笑ましい。
ティアンといえば、最近はノックをして入ってくるようになった。初めてノックを忘れずに部屋に入ってきてからしばらくは、「ふふん」と胸を張って入ってくるのでやっぱり微笑ましい。
それでも私が口にするのは「それくらいで威張らないでよね」ではあるのだけど。
ノックに関しては「きちんとできるようなったらお母様が褒めてくれるのにね」と煽ったらすんなりするようになった。それからどうやら、私がすることを真似したらお母様に褒められると学んだらしく、最近は立ち方とか食べ方とかもしっかりするようになってきた。
それはいいのだけれど、真似されるこちらとしては気を抜けないので、結構なプレッシャーだ。
でもラウリアのことがあった後も、意識せずに接してくれるのはティアンだけなので、嬉しくもある。
ティアンにはラウリアのことが伝わっていないだけ、ということもあるのだけれど。
「少なくとも一か月は心の傷を癒すものよ」
「普通の令嬢であればそうかもしれませんが、私は知っての通り普通とは言えませんから」
「そうね。だけれど、貴女はリンドロースの娘だもの。それに見合った待遇をすべきではないかしら?
ほら、背筋が曲がっていてよ?」
そしてなぜか今は、お母様とお茶会をしている。つまりはマナーの授業も同じことで、少しでも失敗をしようものなら容赦なく指摘が入る。なんとなく座禅を思い出すのだけれど、警策で叩かれるわけでもないし、指摘が入るだけですぐに正せばそれ以上は言われない。
でも最初は指摘されても何がいけないのかわからずに、お母様が私のところまでやってきてわざわざ矯正してくれていた。それが非常に申し訳なくもあり、言い方が今よりも冷たい感じだったのでおっかなびっくりお茶を飲んでいたのだ。
姿勢もそうだけれど、表情のほうはもっと難しく、顔に出しては駄目なのに無表情もよくないといった感じで困った。基本は微笑むこと。場の雰囲気を壊してはいけないから、楽しんでいますよと暗にアピールするために微笑まないといけない。
今はまだ求められていないけれど、最終的には感情を見せないだけではなくて、思ってもいない表情も作れるようにならないといけないのだとか。
悲しくても笑わないといけないし、楽しくても心の底から悲しむような表情も作れないといけない。
「そういえばお母様。本日はどうしてお茶会をしようと思ったのですか?」
ここ最近は私がお願いしてもダメだとおっしゃっていたと思うのですが、とまでは言わない。
情報を出しすぎない。下手なことを言わない。今はそのあたりを考えて発言をするようにしている。貴族の会話は難しい。
身内のお茶会ではそこまで気にしないのが普通だけれど、勉強中である私はできるだけ頑張ることにしている。
「新しい使用人の審査のためかしら」
「話はついたんですね」
わざわざ私を呼ぶということは、ラウリアの妹のことだろう。新人がいきなりお茶会のお世話なんて普通はやらないけど、私付きになるのであれば話は別。ある程度の実力が求められる。
今後私がお茶会を開くなんてことがあれば、彼女がお茶会中のもてなしの主力になるわけだから。早くてもあと五年以上先のことだけれど、完ぺきを目指すなら今のうちからある程度はできていないといけないわけだ。
「ええ、ひとまず誰にとっても悪くない形で落ち着いたのではないかしら」
「それはお母様もですか?」
リューディアを排した相手が未だ生きているということを、お母様はよかったと言ってくれるのだろうか?
いやラウリアを処刑したからといって、お母様がよかったということはないだろうけど。どうしたってリューディアは帰ってこないのだから。
「きれいごとを言うつもりはないけれど、今の形もまた悪くはないとは思うわね」
「それならよかったです。私の我儘でしたから」
「おかげでリンドロースにいらぬ騒ぎを起こさずに済んだのだから、我儘も悪くはないわね」
ということは、やはり騒ぎを起こそうとしていた人がいたのか。
ラウリアとその妹を処刑することで、リンドロースの悪評を広めようとしていた人物が。
でもこれは、リンドロースに喧嘩を売れる相手が後ろにいるということでもある。力のある伯爵以上の爵位を持っていて、リューディアがいなくなることで得をするような家があるに違いない。
それに助命をしたからと言って、ラウリアが救われたわけではない。生かさず殺さず、恨みを持った人間の近くで生涯幽閉され、命以外は保証されていないのだから。
「お茶も楽しんだところで、紹介するわ。ロニカこちらにいらっしゃい」
「はい奥様」
お茶会のお世話をしていた何人かのメイドの中から、一人が呼ばれこちらにやってくる。
はっきりとした返事とは違い、緊張した面持ちでやってきた15歳ほどの少女は、やはりどことなくラウリアに雰囲気が似ていた。





