19.要求
「お父様ただいま戻りました」
「もうよいのか?」
「はい。大丈夫です。それでラウリアの件でお願いがあります」
「言ってみろ」
地下牢からお父様の書斎に戻ってきた。
お父様は私が出て行った時のまま机に向かっていて、私が書斎に入ると顔を上げて迎えてくれた。
相変わらず表情は変わらないけれど、邪険にはされていないようで安心する。
「ラウリアを助命してくれませんか?」
「……奴が何をしたのかはわかったうえで言っているのか?」
お父様の声がとても不機嫌になる。リューディアを殺した相手の助命を願っているのだ、当然のことだろう。我が子の仇を助けろと、どの口が言うのだと思われていても仕方がない。
もしかしたらほだされたのではないかと思われているかもしれない。
「ラウリアがリューディア様を殺した実行犯ですよね」
「わかったうえでか。理由は?」
「私は正確に把握できたわけではありませんが、ラウリアに命じた人がいるかと思います。
その人はリューディア様を殺め損ねたと思うと、再度殺害するのではなく、搦手でリンドロースを陥れる方向へと切り替えました」
「そうだな」
やはりお父様はそこまでわかっていたらしい。何ならラウリアの背後にいるものについても目星くらいはついているのではないだろうか。
いずれは私もそうならないといけないのだろうか。それはなかなか難しそうだけれど、リンドロースのためならば、頑張ろう。
「そのうえで、まずラウリアを殺してしまえば彼女の妹がリンドロースに恨みを持つようになるかもしれません。原因が私であるとわかれば、私の命を狙ってくることも考えられます」
様々な理由があるけれど、ラウリアを生かしたい大きな理由はこれかもしれない。
明確に私の命を狙ってくる存在がすでに一つはあるというのに、それとは別にもう一つできるのはとても恐ろしい。
どれだけ騎士たちが守ってくれようとも、暗殺が成功するときには成功する。一国の国王ですら暗殺されることもあるのだから、一介の貴族令嬢であればなお暗殺しやすいことだろう。
何なら正面から殺しに来るかもしれない。
とはいえ、この可能性はかなり低い。
「元より一族郎党皆処刑するようなことをやっている」
「そうでしょうね。彼女の妹の存在があったから、リューディア様は殺されたようなものですから。
彼女の後ろにいるであろう存在を考えると、処刑してしまうことで、それを利用してリンドロースを引っ掻き回してくる可能性があります。搦手を使ってくるような相手ですから」
「……その可能性は否定できないな。だがそれなら、助命だけでは意味はあるまい」
「ですので、彼女の妹も内に入れてしまってはどうでしょうか。できるなら私付きのメイドにしてもらって構いません」
「ふむ。確かに上手くすれば――事実を伝えれば、リディを任せるに十分な忠誠心を持つかもしれんな。牢屋の方はどうする?」
「そのままでよろしいかと思います。私は助命以外を求めません」
「生きてさえいればいいんだな?」
「私はそれ以上は求められません」
ラウリアの妹を屋敷に入れるときに、姉妹そろってリンドロースで雇うことにしたと喧伝すればいい。屋敷に部屋を与えたから、元居た家は不要になったといえばいい。
妹がどういう人かはわからないけれど、姉がしたことを理解できる人であれば、そのうえでラウリアを生かしているとわかれば、こちらについてくれるかもしれない。そのうえでたまに外に顔見せに行かせれば、変な噂が立つことはないだろう。
逆に妹も含めて処刑してしまえば、両親を亡くした健気な姉妹を処刑した悪辣な貴族、と噂されるかもしれない。そう誘導してくるであろう存在の影をお父様も私も認識している。
詭弁かもしれないけれど、言ってしまえば無視はできないと思う。
私付きのメイド問題にも貢献できるだろうから、リンドロースのためでもある。はず。
「リディの言いたいことは分かった。細かい調整、最終的な判断は任せてもらうがいいな?」
「はい。もちろんです」
「では、今日からしばらくシャルアンナをリディ付きとする」
「いいのですか? 私なら一人でも」
「リンドロースの娘に、使用人の一人もつけないというわけにはいくまい」
貴族令嬢といえば、使用人に何でもさせるために自分で着替えもできない。基本的に使用人が必須な存在。それが貴族令嬢だ。少なくとも私はボタンを今日初めて外した。
「わかりました。それでは今日は失礼します」
お父様の書斎を出ると、扉の傍でシャルアンナが待っていて、私を見つけると「お嬢様、お疲れ様です」と声をかけてきた。
「シャルアンナ。しばらくよろしくね」
「ええ、もちろんです。さてさて、今日はお嬢様もお疲れでしょう。お部屋に戻ってお休みなさいませんか?」
「ええ、そうさせてもらうわ」
シャルアンナの言う通り、もうくたくただ。ベッドに横になったら、すぐにでも寝てしまう自信がある。部屋にもどって、せめて着替えてからということで、シャルアンナが部屋を出ていく。
私のことを慮ってくれているのはわかるけど、いつかはしてもらえるようにならないといけない。
きっと着替えだけでは終わらないから。手を伸ばされることを怖がっていては、リンドロースの足を引っ張るかもしれない。
でも今日は自分で着替えさせてほしい。本当に疲れたから。
ボタンをはずして、寝間着に着替える。そのままふらふらとベッドのほうへと向かうと、倒れこむように眠りについた。





