18.対面
「この先が地下牢になりますが、リューディア様大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫よ」
屋敷にそぐわない物々しい鉄の扉。その前に立ってソラマーノが私を気遣ってくれる。
大丈夫と言ってはみたものの、心臓の鼓動は嫌に早く、気を抜けば全身が震えてしまいそうだ。
でもリンドロースの令嬢として、毅然とした態度で臨まなければ。
「ところでソラマーノ」
「どうしました?」
「私のことは名前で呼ばないほうがいいわ。きっとお父様もお母様もよく思わないから」
「なるほど、承知いたしました、お嬢様」
ソラマーノが物知り顔で笑うけれど、たぶん両親に溺愛されているから異性に名前を呼ばせないようにとか思っているのだろう。
そんな風に勘違いされている分には構わないので、特に指摘をすることはせずに「お嬢様」呼びを享受する。
「ではお嬢様行きましょう」
ソラマーノの少し後をついて扉をくぐる。地下へと向かう階段には小さな明かりはあるものの暗く、じめっとしているような嫌かな感じがする。
カツンカツンと石の床を踏む音、ひんやりとそしてざらざらした壁の感触。いかにもな雰囲気のところを抜け、そしてまたいかにもな地下牢へと出た。
「こちらです」
とある格子の前でソラマーノが立ち止まる。一度浅く長く深呼吸をして、心の中でエイッと気合を入れてから、その鉄格子の前に立った。
中には薄汚れたメイド服を着たままのラウリアが地面にぺたんと座っている。数日しかたっていないと思うけれど、肌はボロボロで前見たときよりも痩せているように見える。
何を考えているのか表情を見ただけではわからず、私が来たことに気が付くとこちらをにらみつけてきた。
「なぜ生きているんですか!」
敵意をむき出しにして、おなかの底から絞りだしたような声でラウリアが叫ぶ。
その迫力と、その手にかかりそうだった事実が、私の足をすくませる。私と彼女の間には格子があり、万が一の時にもソラマーノがいるとわかっていても、逃げ出してしまいたくなる。
でも逃げるなんてことはできないから、震えそうな声を抑えて言葉を返す。
「優秀な騎士がいてくれたおかげね。ねえ、ラウリア。どうしてあなたはこんなことをしたのかしら?」
「病気の妹を助けるためですよ。たった一人の可愛い妹を助けるために……妹は――ロニカは我儘なお嬢様とは違うんです。だから……」
リューディアが死んで妹が助かればよかった、と。
きっと。ええ、きっと。ラウリアのやったことは一種の美談として語ることができるだろう。妹のためになりふり構わず手を尽くした姉。想像通り同情の余地もあった。でも勝手な理由だ。そう考えると少しばかり腹が立つ。
「とても身勝手な理由ね」
「お嬢様に何がわかるっていうんですか!」
「私がわかるのは、リンドロースに助けられたはずの貴女が、リンドロースに牙を剥いたということだけよ」
「そんなこと……!」
「生活が困窮しそうな時に雇ってくれた家の子供に手をかけようとするのは、恩を仇で返すようなものではないかしら?」
「リンドロース侯爵家には尽くしてきました」
「私もそのリンドロース侯爵家の一員なのだけれど。尽くすとは殺しつくすということなのね」
私はラウリアの境遇がわからない。教えてくれる使用人は寄ってこず、本人にも聞いてはいない。
だから想像しかできないけれど、きっとラウリアは勘違いをしたのだ。自分は特別だと、失敗するはずはないと。
両親が突然亡くなったことは悲しいことだ。同情もされるだろう。手を差し伸べる人もいるだろう。
そしてリンドロースが手を差し伸べた。
ともすれば貧困の一途をたどるはずだった彼女は、リンドロース家のメイドという地位を得た。
きっと普通に働くよりも多くの給金を得られていることだろう。仮にも侯爵家の使用人なのだから。しかもリューディア付きとなれば、普通のハウスメイドよりも良い待遇だったのではないだろうか。
人生が逆転するようなサクセスストーリー。何もかもがうまくいくような、そんな幻想にとらわれていたのではないだろうか。
「妹のために仕方がなかったんです」
「ラウリアにとって大切な妹でも、私にとっては基本的に他人なのよ」
場合によってはラウリアの妹ということで配慮したかもしれない。だけれど今回はその子のせいで、リューディアが害されたとして見られる。
他人どころか仇敵にすらなっているかもしれない。リンドロース家にかかわらないところで、ラウリアが犯罪に手を染めて妹を助けたというのであれば、同情できたかもしれない。でもそうではなかった。
「ラウリア。妹を助けるために、リンドロースを頼ったのかしら?」
「そんな迷惑をかけられるわけないじゃないですか」
「今の状況が迷惑ではないと思っているの? でも知りたいことは分かったわ」
どうしてラウリアがリューディアを亡き者にしようとしたのか、私の予想はあまり外れていなかった。それからラウリアがどんな人なのかも、今更だけれどわかったように思う。
だからこれ以上はもう十分。きっと話が交わることはない。
「ソラマーノ、戻るわ」
「これでいいんですね?」
「ええ、知りたいことは分かったもの。ソラマーノはこれ以上話して何か収穫があると思う?」
「お嬢様が知るべき内容は何も」
「それなら戻りましょう」
何よりこれ以上、緊張に耐えられない。思ったよりも体が疲れてる。
ラウリアが誰に依頼されたのか、妹がどんな病気だったのか、そういった裏側はお父様に任せよう。