16.目覚め
目が覚めると部屋のベッドに寝かされていた。目が覚めるといつもラウリアがいて、紅茶を一杯入れてくれたのだけれど、今日は周りに誰もいない。
どうしたのだろうかと、ぼんやり考えたところで、首の痛みに気が付いた。ラウリアにされたことを思い出した。
生き残ることができた安心感と同時に、首から感じる死のイメージに呼吸が荒くなってくる。心臓が嫌に早く鼓動する。死に向かう感覚を思い出す。
私が起きたことに気が付いたのか、部屋の扉がコンコンとノックされた。
いつもならなんてことないはずの音なのに、ビクリと体が震える。
「お嬢様。起きられましたか?」
私が反応しないためか扉の向こうからシャルアンナの声がして、深呼吸をしてから「ええ、起きているわ」と返事をする。
直後「失礼いたします」と扉が開かれて、老齢のシャルアンナが姿を見せた。
メイド長を任せられるほどの経験をしたシャルアンナの表情を見ても、私にはその内心は読めない。
「朝食の準備ができております。ですがそれより先に着替えを済ませてしまいましょうか」
見れば扉の向こうに料理が乗ったワゴンがある。
ベッドから立ち上がり、シャルアンナと衣装ダンスのもとまで移動する。
貴族令嬢であるところの私は普段は自分で着替えることはしない。ボタンすら外したことはない。
だから着替えるとなると使用人の力を借りるわけだけれど、当然今は使用人であるシャルアンナのほうが背が高く、視線の上から手が伸ばされる。
向かう先がボタンだとわかっていても、万に一つにもその手が首に向かってくるような気がして一瞬体が硬直する。
その瞬間シャルアンナの手が引っ込んでいった。
「申し訳ありません、お嬢様。お坊ちゃまに頼まれた仕事を思い出しましたので、先に食事にしてもよろしいでしょうか?」
「……食事は一人で構わないわ。お仕事頑張ってね」
「ええ、ええ。お嬢様にそういってもらえて、婆はうれしく思いますよ」
シャルアンナはそういって、ワゴンを部屋の中に入れる。
「そういえば、お坊ちゃまが目が覚めたら話があると言っておりましたが……」
「食事を終えたら行くと伝えておいて」
「かしこまりました。気分が変わりましたら、そちらのベルでお呼びください」
シャルアンナが頭を下げて部屋を出ていく。
最後にシャルアンナが示したほうを見ると、いつかお父様の書斎で見たものと同じベルが置かれていた。
ラウリアがいたころにはなかったそれは、つまりラウリアの代わりということだろうか。
なんだか寂しさがあるけれど、朝食を食べよう。
どれくらい寝ていたのかわからないけれど、体がうまく動かないから数日くらい寝ていたのかもしれない。用意されたものが、パン粥なところを見ても一晩だけということはなさそうだ。
一口食べると優しい味が染みわたるように胃に落ちていく。
やはり一気に食べるのは難しそうなので、一口ひとくち味わいながら食べる。
たった一皿を時間をかけて終わらせた後で、着替えに移る。
ここしばらく着替えさせられていたとはいえ、服の着方がわからないということはない。着せられていた寝間着を脱いで、一番簡単に着ることができるワンピースに着替える。
着方がわかるとは言っても、中には一人では着るのがとても大変なものもあるのだ。また、これを着られる日は来るのだろうか? いや今回はシャルアンナが気を利かせてくれただけで、あのままシャルアンナに手伝ってもらうことはできなくはなかった。
シャルアンナといえば、部屋に入ってから出ていくまでかなり気を使ってくれていたように思う。
私が人を怖がっている可能性に気が付いたうえで、すぐにどこかに行ってくれたし、お父様を「お坊ちゃま」と言っていたのも私の緊張を和らげるためだったのだと思う……たぶん。
着替えを終えて、脱いだ寝間着を畳んで意を決して部屋の外に出る。
幸い私が避けられているせいか、周りには誰もおらず、まっすぐお父様の書斎に向かう。
まさか私のために書斎までの道に誰もいないのかな? なんて思うけれど、私のためにそこまでするのは無駄だし、運がよかったのだろう。
一度深呼吸をして書斎をノックをする。それから周りに誰もいないことを再度確認してから「リーデアです」と声をかけた。
すぐに「入れ」とお父様の声が聞こえてきたので、書斎に足を踏み入れた。
お父様は私を見ると座るように促して話しかけてくる。
「もう良いのか?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「大事がなくて良かったが、無理はするな」
「気を付けます」
今や私の体は私のものではなくて、リンドロース家のものだ。
今回の件だって、お母様が忠告してくれていたことではあるし、私自身うすうす勘づいていたことではある。だけれど、唯一と言っていいほど普通に接してくれていたラウリアが裏切っているとは思いたくなかったから目をそらしていたのだ。
そうでなくても、病気になることで迷惑をかけるのもよくない。自己管理を徹底して、病気にならないように気を付けなければ。
「それで病み上がりのところ悪いが、1つ決めてもらいたいことがある」
「何でしょうか?」
「リディ付きだったメイドに会いたいか?」
「ラウリアは生きているんですか?」
侯爵家でその家の子供を殺そうとしたのだ。すでに内々で処理されていてもおかしくはない。
でも会うかどうかを聞いているということは、生きているのだろう。それとも墓があってそこに連れていくということなのだろうか?
お父様は相変わらず貴族らしい読ませない表情をしているので、私にはどういう意図があるのかはわからない。
「今は地下牢に閉じ込めている」
「そうなんですね……少し考える時間をいただけませんか?」
「ああ、ゆっくり考えるといい」
そういってお父様は仕事に戻ってしまったけれど、退出するように言わなかったのは、この場で答えを出せということだろうか?
部屋に戻っても何かあるわけでもないし、お父様には悪いけれど、ここで頭の整理をさせてもらおう。





