幕間 ラウリア(上)
2回投稿の1回目。2回目は夕方くらいになります。
あたし――ラウリアはヒュヴィリア王国の一般的な家庭に生まれた。良家のメイドとして働いていたお母さんと自分の店を持つ商人のお父さん親の元に生まれたので「一般的」と言っていいのかはわからないけれど、それでも貴族のような高貴な身分の生まれではなく、日々ほどほどの生活を送れる程度の生活をしていた。
あたしが5歳の時には妹も生まれ、将来はお母さんのようにメイドとして働き、誰か良い男性の目に留まって結婚したいなんて考えていたのだけれど、あたしが15歳、妹のロニカが10歳の時、両親が事故にあってこの世を去った。
悲しさはあったけれど、それを感じている余裕もなく、妹を育てるためにもあたしは働きに出なくてはいけなくなった。
だけれど15歳のあたしでは、2人分の生活を賄えるほどの給金をもらえる仕事は簡単に見つかりそうになく、ふと思い出したので以前お母さんが働いていたという貴族様を頼れないかと足を運ぶことにした。
初めて見た貴族様の屋敷はお父さんのお店よりも大きく、手入れが隅々まで行き届いているようで見ているだけでも圧倒された。
もともとメイドになりたいからとお母さんにいろいろ教わっていたから、それなりに自信はあるし、かつてお母さんが働いていた証拠としての契約書も探して持ってきた。
せめて話だけでも聞いてもらえないかなと思ったのだけれど、まず入り方がわからない。
屋敷は高い塀に囲われていて近づけないし、門には門番がいてちょっと怖い。
でも怖いといっていられる状況ではないため、門番の人たちにかつてここで働いていたディアカの娘で、自分もここで働きたいから来たという旨を伝えた。
門番は少し考えた後、一人が屋敷の中に入っていって、あたしはその場で待たされる。しばらくしてメイド長――シャルアンナさんを連れて門番が戻ってきた。
そこからはお母さんのことを覚えている人もそれなりにいて、スムーズに話が進んだ。
この屋敷――リンドロース侯爵家では、ちょうど子供が生まれたことも理由らしい。
さすがにその場で採用ということにはならなかったけれど、数日後採用の連絡が届いた。
◇
10歳のロニカを置いて仕事に行くのは少し心配だったけれど、仲の良かったご近所さんに頼んで面倒を見てもらいつつ、メイドの仕事をしていた。
15歳で見習いのあたしにも十分なお金をくれるのはとても助かったし、自分の持っていた技術がちゃんと使えるのだとわかったのはとてもうれしかった。
両親のことを知っている人からは優しくしてもらえたし、もともとお母さんが働いていたというだけではなかなか雇ってもらえないところだと知ると、感謝もした。
ロニカも大変だったとは思うけれど、自分なりに頑張ろうとしてくれていて、たまに帰れない日があっても泣かずにあたしをねぎらってくれた。「おねえちゃんいつもありがとう」と言われたときには、絶対にロニカを守るのだと決意したほどだ。
両親が亡くなったことは辛いし、泣いてしまったことはあるけれど、あたしたちは恵まれていた。
思うところがあるとすれば、リューディアお嬢様が4歳を過ぎたくらいから我儘になってきたこと。
あれが欲しい、これが欲しいと旦那様にねだっていたし、何か気に食わないことがあればすぐに拗ねてしまう。
子供なのだからそんなものだとメイド仲間たちは言っていたけれど、びっくりするくらいのお菓子を食べたいと駄々をこねているのを見ると、なんとも言えない気持ちになってくる。
ロニカが4~5歳の時にはこんなに我儘を言わなかったし、お嬢様の我儘を叶えるお金1回分があたしたちの一か月分の生活費以上になることも度々あった。
でも、それくらい。少し面倒くさくなったなと思うくらい。
だからこのまま何事もなく生活していけるのだと、そう思っていた。
だけれど、お嬢様が5歳になって少ししたある日、ロニカが酷い病にかかった。
本職ではないあたしにはきちんと理解できなかったけれど、治すにはあたしの給金の一年分以上の金額がする薬が必要なこと、その薬が希少でロニカを延命させるにもお金が必要なことだけはわかった。
ロニカの体調不良ということで、数日は休むと連絡は入れていたけれど、ここまでの大病とは思いもせずに藁にもすがりたい思いだった。
そこに彼が現れた。彼は人の好さそうな笑顔をした青年で、困っていたあたしの話を聞くと、希少な薬を探し、その間ロニカを生かすためのお金をくれると言ってくれた。
何か裏があるのではないかと思ったけれど、とうとうなにもされることはなく、彼は大金だけ置いていった。
背に腹は代えられないと、そのお金をお医者様に渡しロニカを任せた。
その間、ロニカの傍にいたかったけれど、あたしも働かなければ生活できない。
ロニカを気にかけつつ、仕事を再開してから数日。彼がまた姿を現した。
彼は約束通りロニカを治すための薬を持ってきて来てくれていて、世間はまだまだ捨てたものではないと全てに感謝した。
だけれど彼は薬を渡してはくれなかった「薬を探すとは言ったけれど、渡すとは言っていない」と。
どうしたら譲ってもらえるのかと詰め寄ると、彼は一つの条件を出してきた。
それがお嬢様の料理にだけ毒を混ぜること。毒はまるで病気にでもかかったかのような症状が出て、毒だとバレないままに殺すことができる毒だといった。
無事にやり遂げたら……無事でなくてもお嬢様に飲ませることができれば、薬をロニカに飲ませてくれると提案された。
お嬢様の命か、ロニカの命。
その二択であたしはどうしても、ロニカを諦めることができなかった。
自分も大変だというのにそれを我慢して、あたしをねぎらってくれた心優しいロニカが死んでしまうのは耐えられなかった。
――我儘なお嬢様と大切なロニカ。
あたしは彼の手を取った。





