幕間 夫婦の会話
本日2話目です。1話目を読んでいない方はそちらからご覧ください。
王都にあるリンドロース侯爵家の屋敷。その主人たるアードルフ・リンドロースが働く書斎の扉がゆっくりと開かれる。
何かとアードルフが頭を上げると、妻であり侯爵夫人のマルティダがのんびりと入ってくる。
それから言葉を交わすことなく、マルティダがソファに座るとアードルフの方から話しかける。
「どうだった?」
「命に別状はないようね。ぼんやりとした様子だったけれど、一度目を覚ましていたから大丈夫でしょう。あなたが使用人たちの持ち物のチェックを徹底してくれたおかげね」
「そうか」
アードルフの短い返答にマルティダは物知り顔でくすりと笑う。
まるでアードルフが考えていることがわかりますといわんばかりの顔に、アードルフの表情が不満げにゆがむがそれすらもマルティダは笑顔で受け流した。
「だけれど目が覚めた後、彼女――リーデアの心がどうかまではわからないわ」
「心か?」
「ええ、リディはこれで3度死を目視したことになるわ。
最初は異世界で、次はあなた、それから今回。死を恐れるリディがこれだけの経験をしたのよ。
負った傷は体のそれとは比べ物にならないでしょう」
「言われてみれば、確かにそうだな」
アードルフの言葉は平坦ながらも、マルティダは納得したような表情でうなずく。
「それでどうする?」
「表向きにはどうにもしませんわ。わたくしもあなたも今更だもの。変えるとしても少しずつ変えていくしかないわ」
「裏では?」
「リーデアの親になりましょう。リディとはリンドロース家のために生きる代わりに、リンドロースの子にするという約束だったもの。
リディがリンドロースのためにその身を捧げているのは明白。不器用ではありますが、リンドロースのためとなれば、死ぬのも厭わないほどでしょう。だとしたら、わたくしたちも親としての責任を果たさなければ不義理というもの。違う?」
「そうだな。彼女のおかげでリューディアの敵の尻尾をつかめるかもしれんしな」
うなずいてそういったアードルフを見て、マルティダが呆れたように息を吐く。
まるで素直じゃないといわんばかりに。それでも慣れたように受け流すと、マルティダが問いかける。
「あのメイドはどうしたのかしら?」
「地下牢に閉じ込めている。リディが子供であれば、すでに消しておくべきかもしれんが、そうではないからな。会うかどうかは本人の判断に任せる」
「確かにそれがいいかもしれないわね。リディを怖がらずにいた数少ない使用人だったもの。内心がどうだったかは知らないけれど。
後任を探すのは大変かもしれないわね」
「それもまた我々の責任だな」
マルティダがうなずくのを見て、アードルフが一度目を伏せる。それから何かを決意したように顔を上げた。
「明日城に行ってくる。構わないか?」
「ええ。だけれど、大丈夫かしら?」
「一応対策は考えている」
「それなら構いません。そういえば……」
真面目だった雰囲気を変えるかのように、マルティダが話題を変える。
その顔はとても嬉しそうで、アードルフは不思議そうに耳を傾けた。
「ティアンが一人で本を読めるようなったわ」
「早くないか?」
「リディにそそのかされて、文字の書き取りをしていたからでしょうね」
「ティアンはリディのことをどういっている?」
「わたくしは直接聞いたことはないけれど、あまりよくは思っていないみたいね。
そのことはリディもわかっていることでしょう」
「そうだな」
短い言葉にどれだけの感情がこもっていたのか、マルティダはわかっているかのように笑った。





