14.豹変
帰りの馬車の中、時折酷い揺れがあるとお尻が痛くなるなぁ……と感じながら屋敷へと戻る。
外はすでに暗くなりかけていて、馬車の中はランプで明かりが灯されている。照明器具はお城の中では充実していたし、屋敷も夜にちょっとした活動ができるくらいには設置されている。
王都であるここには街頭が設置されたところもある。それでも日本に比べると暗いなと感じてしまう。
「ランプはどれほど普及しているのでしょうか?」
「平民の家庭であっても一つはあるといわれているな。だが常用できるほどではないという。
それは下位の貴族でも変わらんか」
「つまり夜も明かりを自由に使える家は限られているということですね」
「そうなる。それがどうかしたか?」
お父様が不思議そうな声で尋ねてくる。それはそうか。
私が真にリューディアだったら、明るい屋敷の中と暗い外の差について驚いただけになるだろうけれど、私はそうではない。
「こうやって日暮れ近くに、外に出ていることがありませんでしたから」
「以前の世界か。だいぶ趣が違うようだな」
「どうでしょうか。ここが国の中心部と考えるとだいぶ暗く感じますが、そうでなければ似たようなところは至るところにあったように思います」
私が最期を迎えた場所も暗かったし、都会でもない限りは夜はこのくらいだったように思う。
人通りは少なく、車もほとんど通らず、街頭だけが灯っていて……でも今くらいの時間だと、家の窓から明かりが漏れていただろうか。
「だいぶ夜も明るい世界だったようだな」
「光源が違いましたから。より安価により簡単に明かりを得ることができていたのだと思います」
「それは残念だ」
何が残念なのだろうか。と一瞬思ったけれど、私が電気を普及できるほどの知識を持っていなかったことだろう。私の言葉はあまりにも核心から遠かったから。
でもそうだ。私の知識の中には、お父様が欲しているものもあるかもしれないわけだ。
「お父様」
「なんだ?」
「後日お時間をいただけませんか?」
「内容次第だな」
「商談をさせていただけたらと思います」
「良いだろう。だがすぐにというわけにはいかん。数日後になるが良いか?」
「はい。お父様がお忙しいことは、その一端だけかもしれませんが、理解しているつもりです」
貴族なんて税金を取っているだけだろうなんて考えもあるけれど、地主には地主の苦労があるように、侯爵であるお父様にも相応の仕事があるだろう。それくらいはお父様を見ていればわかるし、時間を作ってくれるだけで御の字だ。
◇
お城から帰ってきて、精霊については私なりの答えが出たので良しとする。
あとは何とかお父様を説得するだけなのだけれど、そればかりにかまけていられないので時間があるときに勉強をしつつ、その時を待っていた。
勉強といっても日本での勉強をそのまま流用できるところは多いし、この世界では女性にそんなに学力は求められない。何ならお勉強は最低限で、美容や流行についてのセンスを磨いたほうがいい。
全てがすべてそうではなくて、より上の爵位になるほど女性にも多くのことが求められるようになるけれど。
一番大変なのは王妃や王太子妃……ではなくて第二王子妃らしい。王子妃としての勉強と、万が一の時に王太子妃――のちの王妃の代わりになれるだけの勉強が必要になる。
現状の私は学力だけなら、侯爵家の娘としては十分すぎるくらいだと言っていい。最終的なラインが高校生レベルの学力で、私も一応高校、大学と出た身だから。忘れているところも、やっていくうちに思い出したし、何より5歳の学習能力というのだろうか、明らかに覚えが早い自覚がある。
だからなんだかんだと時間はある。
「お嬢様、新しいドレスなど購入なされてはいかがでしょう!」
「急にどうしたの?」
さて今日は何をしようかと考えていたら、ラウリアが急にそんなことを言い出した。
ドレスなんて普段着ないし、貴族のドレスは安くない。私はまだ子供だから、少しばかり値段が抑えられるけれど、普通に平民の月給換算になる。下手したら年収だ。
だからドレスが欲しいですなんて、必要がなければ言えるはずもない……けど、普通の貴族令嬢だったら欲しがるんだろうな。
ドレスだもんね。私だって憧れがないわけではない。きれいなドレスを着て、きらびやかな舞踏会にでて。私の今の立場だと憧れではなくて、現実としてそうできることだろう。
だけどそれは今ではない。この国では10歳から社交界デビューが始まる。正確には10~14歳。本格的な夜会などではなく、その前段階の簡単なものだけれど、貴族としてドレスが必要になるのはそれくらいからだ。
「リンドロース家の令嬢として、ドレスの1着や2着。いえ、数えきれないほどのドレスを持っていていいと思うのです。きれいな宝石を身に着けて、きれいなドレスを着たお嬢様をラウリアは見とうございます」
「ラウリアには悪いけれど、今の私にはドレスはいらないわ」
私がそう返した途端、「どうしてですか?」とラウリアの冷たい声が部屋に響いた。
今までに聞いたことがないラウリアの声に、私はどうしたらいいのかわからずに「ラウリア?」と名前を呼ぶ。
ラウリアは血走ったような目でこちらを見ると、感情のままに「どうしてわがままを言わなくなったのですか!?」と怒鳴りつけてきた。
「ラウリア、意味が分からないの。説明して頂戴」
少しでも状況を整理しようとそうは言ってみたものの、いつかお母様が気を付けるように私に言った理由が分かった。
いや私も薄々勘づいてはいたのだ。
「お嬢様が我儘を言うことで、リンドロース家の動きが鈍り、同時にお嬢様の悪評を広めねばならないのです。ですから旦那様に存分に甘えてきてください。リンドロースのお金を食いつぶすつもりでおねだりをしてきてください」
ラウリアはずっと怪しかった。お父様に面会を頼んだ時には嘘をついてまで約束を取り付けてきたし、毎日耳に胼胝ができるくらいにお父様に甘えるべきだと言い続けていた。
「何のためにお前みたいな化け物の相手をしてきたと思っているんですか!」
そして何より、私に普通に接してきていたのだから。





