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1.転生

1話は大体2000~3000字。書き溜めがなくなってからは、反応見ながらの更新になるかと思います。

また「私はこの家の子ではありません」の短編版とはところどころ設定が違いますので、ご了承ください。

 冬のある日、私は会社の帰りで暗い夜道を歩いていた。

 新卒採用から2年。24歳になったけれど、付き合っている人はおらず、会社以外だと普段はゲームをするか、web小説を読むかして、買ってきた弁当を食べて寝るだけ。

 それでも充実していると個人的には思う。一人暮らしは苦労しないし、特に物欲があるわけではないので貯金もそれなりにある。


 趣味の時間も十分に取れる。

 暗い夜道と言っても、単純に冬だから日が落ちるのが早いだけだ。

 むしろ18時に会社を出られるというのは、待遇が良い方だろう。


 今日もまた、安いアパートに帰って好きに過ごすだけ。

 web小説に影響されて始めた乙女ゲームの続きをやろう。すでに何周かしているけれど、せっかくだから各攻略キャラを一通り目を通すくらいにはやるつもりだ。

 噂では隠しキャラがいるらしい。自力で見つけるつもりはないので、あらかたやり終わったら攻略サイトを見て、そのキャラを攻略したら別のゲームを始めようかな。


 そんなことを考えていた。そうなると信じて疑わなかった。それなのに……。


――急に目の前が明るくなった。

――すごい勢いで突っ込んでくる車が見えた。

――避けようと足を動かそうと思ったけれど……。


――私は車の速度に勝てなかった。


――痛くはなかった。

――思考もできなかった。

――ただただ、暗くなっていく。

――体の底から冷えていく。


―――……。……。








◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆








――意識が浮上した。

――体が熱い。

――瞼の向こうが明るい。


――苦しい。痛い。


――思考が戻る。


 気が付くと頭が痛かった。熱もあるのかボーっとしていて、体を動かすのが億劫だ。

 それでも目を開けることはできる。体を動かすこともできる。

 私は事故に遭って……病院に運ばれた?


 目を開けると、見たことがない人がいた。

 まるで漫画やアニメに出てくるかのような美人。真っ赤な髪の毛が創作感をさらに引き出している。

 だけれど、とても自然で、とてもリアル。

 まつげが長くて、肌がつるつるで、瞳が緑がかっている。年齢はどれくらいだろうか。大学生くらいにも見えるけれど、もう少し若い気もする。


 その人が私と目を合わせたとき「リューディア、目が覚めたのね」と喜んだ。

 聞き覚えのある名前、真っ赤な髪と緑の瞳。


 まさか今私がやっているゲームのキャラクターの名前を聞くなんて、と益体のないことが頭に浮かんだとき、わたしの体力に限界が訪れた。





 リューディア。リューディア・リンドロース侯爵令嬢。

 赤髪で緑の瞳の彼女はとある乙女ゲームの悪役キャラ。いわゆる悪役令嬢というやつだ。

 攻略キャラであるヒュヴィリア王国第二王子アルベルトと婚約をしているライバルキャラ。

 アルベルトに付きまとうヒロインを疎ましく思い、虐めるようになり、最終的には暗殺しようと画策した。

 しかしヒーローであるアルベルトに間一髪のところでヒロインは助けられ、リューディアが企んだものだという証拠を手に入れる。


 そして卒業式のパーティでアルベルトに断罪され、リューディアは処刑。リンドロース家は没落することになる。

 これがアルベルトルートのハッピーエンド。

 ほかのルートでもリューディアが関係してくるものもあるが、どのルートでも碌なことにはならない。


 ヒロインのバッドエンドでリューディアがどうなったかは知らない。好んでバッドエンドを見に行く趣味はなかったので、一回バッドエンドを見ないとトゥル―エンドには行けないみたいなギミックでもない限りは、バッドエンドにならないようにしている。


 それは()()()()()


 では私は誰? 日本に住んでいた24歳の一般会社員のはず。

 だけれど目が覚めた時に見えたのは、明らかに日本人離れをした女性。

 ドッキリか何かだろうか、と思いたいけれど、それはない。

 だって私にこんな手の込んだドッキリを仕掛ける必要もないし、仕掛ける人も思い浮かばない。


 それに……それに……?

 そうだ、私は事故に遭ったのだ。

 歩道を歩いていたら、車が突っ込んできた。

 それを避けた記憶はない。目の前に迫る車の記憶はある。


 痛みはなかったけれど、暗くなっていった。冷えていった。


「きゃああぁ――――」


 怖い、怖い、怖い。暗くなっていくのが、体が冷えていくのが怖い。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 だってあれは死の感覚。思い出したくなかった。忘れていたかった。

 死ぬときはなにも感じなかったのに、どうして、どうして。今になって恐怖が湧き出してくる。明かりのついていない部屋が、どうしようもなく恐ろしいものに感じてしまう。



 私が無意識に叫んでしまったせいで、家の中が慌ただしかったらしいのだけれど、それは全然気が付かなかった。

 だけれど、少しだけ落ち着くことができた。

 私は一度死んだ。それは間違いない。


 それでたぶん、乙女ゲームの世界に生き返った。

 いやこの言い方は正しくない。


 私は死んでリューディアに入り込んだ。

 追い出して入り込んだ……とは思いたくないけれど、少なくとも現状リューディアと思しき存在を私の中に確認できない。


 そして私がリューディアだったという記憶もない。リューディアとして生きてきた記憶はない。

 生まれ変わりという線はないと言っていいだろう。

 だからやっぱり、リューディアは私が入り込む前に死んでしまったのだと思う。

 そして空いた身体にどういうわけか、私が入り込んだ。


 思いたくないけれど、ないと思いたいけれど、私が入り込んだせいでリューディアが死んだ可能性もある。チラッと見えたリューディアの身体はまだ小さかった。つまり私は幼いリューディアを殺してしまったかもしれない。そうではないかもしれない。


 ただ結論として、リューディアが消えて、私が居場所を手に入れた。


 生き返ったと、喜ぶことはできない。

 リューディアの居場所を奪い、それに成り代わることは私にはできない。

 心を決めないといけないか。

 すべてを話そう。私がこの家の子ではないことを。そして本来居るはずのこの家の子がどうなったのかを。

 私はリューディアではない。リューディアにはなれない。

 今の私はリューディアに似ているだけの、別人でしかない。


 例えリューディアが悪役令嬢になり、悪の限りを尽くすのだとしても、私が横から奪い取っていいものではない。

 周りのためと言い訳して、リューディアが改心したふりをするわけにはいかない。

 仮に話して殺されることになったとしても、私はすでに死んだはずなのだから。


 そう思わなければ、怖くて何もできそうもない。

 はぁ……我ながらなんて不器用なのだろうか。


 死ぬのは怖い。どうしようもなく怖い。

 だけれど、死ぬことを知っているからこそ、こうして他人の人生に潜り込んでしまったことに耐えることができそうになかった。

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作者別作品「クラスメイトに殺された時、僕の復讐は大体達成された」が「第一回スターダストノベル大賞」で優秀賞を受賞し電子書籍化が決定しました。
2020/5/29から第一巻が配信中です。
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― 新着の感想 ―
[一言] 他が片付いたからやっと読み始められる( ˘ω˘ ) 楽しみにしてます。
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