過去と想い
「ガンボウイがガンボウイでなくなる瞬間が、実は二つある」
ドレッドは覚悟を決めたように話し始めた。
「一つは聖戦で負けて死ぬことだ。そして、もう一つは聖戦から逃げ出すことだ」
「え。でも聖戦から逃げ出したガンボウイは、他のカウボウイから命を取られるという掟の筈だろ?」
「そうだ。ガンボウイ達の追跡を振り切り、グレッグは生き延びたんだ。だが、残せたのは自分の命だけ。他のあらゆる大切な物を、グレッグは失った」
ドレッドの瞳が暗く、冷たくなってゆくのをエースは感じた。
「ガンボウイは(強さ)と(傲慢)という化け物に己を支配されてしまう人間が多い。グレッグもそんなガンボウイの一人だった。
街へ繰り出しては半ば無理矢理に、金銭を掛けて聖戦を申し込み、そうやって生計を立てていた。
実力にかまけて、ろくに腕をあげようともしなければ、リボルバーアサイメントへ出場しようともしないで(俺はこの国で最強だ)と豪語する。どうしようもないガンボウイだった。
そんなグレッグが自らの行動を改め、変わり始めたのは、愛する恋人が出来てやがて妻になり、その妻である、ローザのお腹の中に子供が出来てからだ。
グレッグは生まれて来る子供のために銃を置いた。聖戦で稼ぐことを一切辞め、自宅でローザと共に商いを始めた。だが、そんな生活も長くは続かなかった。
(強さ)と(傲慢)に支配されていたグレッグは、家でただ商いを続けるという、なんの刺激もない日々に耐えきれず、ある日、ローザが床に着いたのを見計らって、再び銃をとり、夜の街へと繰り出したんだ」
ドレッドは空を見上げた。
「そうだ。あの日も今日のような、青い月と星が絢爛と輝く夜だった。
夜の街に繰り出したグレッグは、酒場と酒場の間にある細い路地で一人のガンボウイと出逢った。グレッグは迷わず、そのガンボウイに金銭を掛けて聖戦を申し込んだ。そのガンボウイは二つ返事でその申し入れを受けたという。
二人が選んだのはQuick式の聖戦だった。そのガンボウイが撃った弾はグレッグの右目を射抜き、グレッグの撃った弾はガンボウイのはるか左方の店の看板を射抜いた。人生で初めて受けた弾丸の痛みに、グレッグを支配していた(強さ)と(傲慢)という化け物が、グレッグの中から去ったのだろう。
グレッグは途端に自分の命と妻が恋しくなり、聖戦から逃げ出した。
しかし、後から分かった事なのだが、グレッグの右目を撃ち抜いたガンボウイは、グレッグの横暴さと態度に怒りと恨みを持った街の住人達に雇われ、王宮から来た、国で十指に入るといわれている腕利きのガンボウイだったんだ。
王宮から来たガンボウイとグレッグの聖戦の一部始終を陰から隠れて見ていた街中のガンボウイ達は、大義名分を得たとばかりに、グレッグを聖戦からの逃亡者として追いかけ始めた。
追われる身となったグレッグは聖戦の舞台となった酒場の間の路地から数里ほどの距離にあった私の家に来た。
『俺はとんでもない過ちを犯した。ここから今すぐ逃げてくれ』
血だらけの右目を抑えながら息を切らして言う弟の姿は、今でもはっきり脳裏に焼き付いているさ。妻と幼かった娘を叩き起こして、とにかく遠くへ逃げる様に伝えた。
私は、血だらけのまま追われている弟を放ってはおけなかった。グレッグの妻、ローザも襲われる可能性がある。
そう考えた私達は、急いでグレッグ宅へ向かった。
だが、着いた頃にはもう手遅れだった。
部屋には胸から血を流したローザが倒れていた。
悲しんでいる暇はなかった。
家には街のガンボウイ達が待ち伏せしていたんだ。私は憔悴しきった、血だらけのグレッグを抱えてとにかく走った。何とかガンボウイ達を撒いて辿り着いたのがここブルームーンタウンだった。
そしてこの町で密かに二人で暮らし始めた。といっても、やっとの思いで借りたボロ小屋の中で、グレッグは抜け殻の様になっていたよ。問い掛けにも応じないし、食事もしない。排泄物がどうなっているのか、考えるだけでも悍ましかった。生きているのか死んでいるのかも分からない。
当たり前だろう。右目、妻と子供。貴族という身分。自分の命以外、あらゆる大切なもの全てを失ったのだから」
「先に逃した、ドレッドの奥さんと娘はどうなったの?」
「さあ。あれから会っていない。何処かで生きていると願っているよ」
ドレッドは言わなかったが、右目なんかより、身分なんかより、自分の妻と子供。それに兄から愛する人を奪ったことが、グレッグが心を病んだ大きな要因だろうことはエースにも容易に想像出来た。
「でも、グレッグは横暴な聖戦をしてたとはいえ聖戦を受けた以上、そのガンボウイも、そのガンボウイの親族や友人も、聖戦の結末に私情を挟むことは許されない筈だ。ましてや聖戦から逃げ出した当人を殺すならともかく、家族や、親類の家族にまで手をかけるなんて。あまりにも凄惨すぎるよ…」
「そうだ。エースの言っていることは正しい。そもそもガンボウイ同士が手を組むこともあってはならないんだ。ロジャーの名に置いて、裁かれるべきはグレッグではなく、街のガンボウイ達だ」
ドレッドの目には大粒の涙が浮かんで今にも溢れそうだった。
「だが現実に、グレッグに起きたような悲劇が起こる。お前がガンボウイになることをグレッグが頑なに反対しているのはそれが理由だ。エース。この話を聞いても、お前はまだ、ガンボウイを目指すのか?」
とうとう堪えきれなくなった涙を隠そうとせず、こちらを見つめるドレッドに気を遣って、エースの方から目を逸らした。
初めて知ったグレッグの衝撃の過去。グレッグの想い。カウボウイの凄惨さ。打ちひしがられるような思いでエースの胸は一杯だった。
だけど…それでも…。
「それでも、俺はガンボウイになる。決めてるんだ。あの時から」
ドレッドの目を真っ直ぐに見つめ直して言ったエースに、今度はドレッドが目を逸らし、溢れ出ていた涙を右腕で拭った。
その様子を見ていたエースの目にも気が付けば涙が溢れていた。
そしてドレッドは、エースを見つめた。
「分かった。そこまでいうのなら、分かったよ。これが最後の説得のつもりだった。もう止めはしないさ。俺はお前の過去も俺は知ってるしな。お前には才能もある。ただ、これだけは約束してくれ」
ドレッドは人差し指を立てた。
「(強さ)と(傲慢)に決して支配されるな。その為に、聖戦で願う物は、自分の為になる物ではなく、人の為になる物にするんだ。エース、お前なら出来るだろ?」
「ああ。出来るとも」
「そしてもう一つ。聖戦が始まった時、相手を倒そうとするのではなく、護りたい人を想って闘うんだ。そうすれば簡単には負けない」
「護りたいもの…。分かった」
「良い子だ」
ドレッドが笑顔になってエースの頭をポンポンと叩いて立ち上がった。
「さあ。店へ戻ろう。お前の親父も心配して待ってるぞ」
そう言われて、エースも立ち上がった。その時だった。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン。
ブルームーンタウンの南西の端。グレッグが経営する酒場の方面から町中に響き渡る破裂音が聞こえたかと思うと、山のように大きな炎が上がり、夜を照らし始めた。
エースは並々ならぬ不安が押し寄せ、胸騒ぎが止まらなかった。
「行こう」
顔色を真っ青に変えたドレッドが必死の想いで絞り出したであろう言葉を合図に、ドレッドとエースは店に向かって走り出した。