新天地
エースは馬車の後方の車窓から、次第に遠ざかって行くブルームンタウンの壊れた町並みを眺めていた。
「やはり、ずっと育ってきた町を離れるのは寂しいものなの?」
そんなエースを見て、隣に座るルージュが尋ねた。
「寂しくはないさ。名残惜しくはあるけどね」
荷造りを終えたエースは、息つく暇もなく、王族達の馬車に乗り、王都へと向かっていた。
なんでも、盗賊に襲われた王女御一行は、本来であれば三日前に王都へ帰国する予定だったとか。そのため、その三日間の間に行う予定であった、行事やら儀式やら。とにかくやることが一杯なのだと、盛大に不満を聞かされていた。
屈強で強面な兵士達と、文字通り、肩身の狭い想いをしながら王都へ向かわなければいけないと思い込んでいたエースは、乗馬する間際「私は彼と一緒の馬車に乗るわ」と言ってくれた王女に大変感謝したが、今は王女の召使になった気分だった。
「でも、いいわよね。こんなことを言ったら、嫌味にも聞こえるかもしれないけど」
エースは使い主である王女に目を向ける。
「とても羨ましく思うの。故郷や帰る場所があるって」
確かに。
王族は国を揺るがす事件か、身分違いの恋でもして駆け落ちでもしない限り、ずっと王宮の王都で暮らさなければならないだろうことはエースにも予想出来た。
「でもいいじゃないか。なんでも手に入るし、望みも簡単に叶うんだろ?」
「まあそうね。別に私も王族の暮らしが嫌いな訳でもないし…。いや、待って」
ルージュは画期的なアイデアを思いついた発明家のように手を叩いた。
「一つあるわ。王族には手に入らないないものが。自由よ。貴方たちはなろうと思えばどんな大人にもなれる。貴方みたいにガンボウイにだってなれる。それに、どこにでも住めるわ。海外にだって行こうと思えば行けるし。でも私達王族はずっと王族で、ずっと王宮暮らし。ああ。なんて不自由なのかしら」
「その発言。俺以外の砂民や、王族以外の身分の人達が聞いたら、きっと迫害を受けるよ」
「貴方の前でしかこんなことは言わないわ」
ルージュは猫のように舌を出し、エースに向かってウインクの弾丸を飛ばした。分かりやすくたじろいだエースを見て、ルージュは笑う。
「でも、何処にでも行けるってことはないんじゃないかな。この国には身分制度制度があるじゃないか」
「ああ。そうね」
「こんなこと、王女様に言ったことがバレたら、今度は俺が王族から処刑されそうだけど。なんで身分制度なんてものがあるのか。ずっと不思議だったんだ。ブールームーンタウンで暮らす人達は皆、王族のことを人ならざる悪魔のように言ってたんだけど、君と出会ってこうして話していて、悪魔じゃないと分かって、ますます不思議に思うようになったんだ」
ルシアーロ国は居住や召し物、食料の質や医療の待遇まで、あらゆる処遇の質が、王族、貴族、幽族、土民、砂民と、身分によって細かく分けられている。当然したの身分のものから幾度となく不満の声と反乱を起こされてきたが、武力により、制圧されてきたという歴史的背景がある。
「そうね。悪魔というのはピッタリの表現だわ。実際、王族の中に悪魔はいっぱいいる」
ルージュの顔からはさっきまでの戯けた表情は消えていた。
「王族と言っても、決してひとまとまりではなく、いくつかの派閥があるの。私の父を中心とした一派は身分制度の撤廃を何年も前から提案しているのだけど、今一番権力を持っている力の強い一派がその提案を拒否し続けているの。王族にも色々いるのよ。貴方達と同じ。でも早くこんな身分制度なくなればいい。私もそう思っているわ」
どこまでも人間らしい、悪魔ではない王族の王女に、もし権利があるならば、国の未来を託したいと、エースは思った。
「もうすぐ到着よ」
そう言って、車窓から身を乗り出したルージュの真似をして、エースも車窓から身を乗り出した。