歌う王族
「うおおおお。イテエ…」
クラウンは這いつくばりながらエースを睨みつけている。
エースには人を殺す勇気はなかった。
ガンボウイにあるまじき感情だが、今日が初戦で、年端もいかないエースには仕方のないようにも思える。エースの眉間を狙ったクラウンに対して、エースが狙ったのは、クラウンの利き手である右手の人差し指だった。
どちらかが死ぬまで続く聖戦だが、トリガーを引けなくすることで聖戦の勝利としたいというのがエースの思惑だった。
ガンボウイにとって、利き手の利き指は命のように大事なものであることは言うまでもない。
クラウンはれて、ガンボウイとして一生銃を持てない手になってしまったが、そこは眉間を狙って派手に殺そうとしていたのだからと、許しを得たい気持ちだった。
「さあ。勝負はついた。即刻ここから立ち去れ」
エースは声を上げた。
「ドン。悔しいが完敗だ。聖戦は絶対。ロジャーの名の元に、ここはひきましょう」
立会人をしていたライズがクラウンに駆け寄って、血塗れになった指を止血しながら言った。
負けたクラウンの自尊心をこれ以上傷付けないための発言だろう。思慮深い人物だなとエースは内心感心した。
終わったんだ。勝ったんだ。
そう思った途端、身体の力が抜け倒れそうになった。
顔や体から尋常じゃないほどの汗が、泉のように湧き出している。体が火照って熱が出ているような感覚だったが、まだ賊が帰った訳では無いので足に力を入れて踏ん張った。
「何を言っている」
賊のドンが低い声を張り上げる。
「小僧。お前の思惑通りことを運んだつもりかもしれないが、そうはいかないぞ。聖戦はどちらかが死ぬまで闘いを行わなければならない。ロジャーの名の元に。聖戦はまだ続いている」
エースがいくつか予測を立てていた中で一番嫌な事態になった。昇りかけていた朝日が逆戻りし、また夜が来たような憂鬱な気分だ。
「しかし、ドン。クラウン様は、銃を持ててもトリガーを引くことは出来ません。例え左手で銃を持ってその小僧に挑んだとて、到底勝ち目などありません…」
ライズが悲痛な叫びを訴える。
「知ったことではない。どのみち、クラウンは俺の顔に泥を塗ったんだ。命はない。ならばせめてガンボウイらしく、聖戦で散るがいいさ。それに完全に勝機がないとは思えないぞ」
ドンがエースに顔を向けた。エースは思わず背筋を伸ばす。
「その小僧。ガンボウイだと言うが、見たところ、人を殺したことが無いように見える。俺の目は誤魔化せないさ。そうだろう?小僧?お前にこの男が殺せるのか?聖戦でお前が勝たない限り、俺達は立ち去らないぞ?さあ。どうする」
流石は賊のドンというだけあって、痛いところを的確についてくる。盗賊達の怒りの篭った視線をレーザービームの様に感じていた。
やはりやるしかないのか。
エースは内心、恐怖でいっぱいだった。
ゴム弾を装填したリボルバーでさえ、人を打ったのは酒場に行く道中で鉢合わせした、あの賊が初だったのだ。
覚悟は出来ているつもりだった。
しかし、自分がトリガーを引いて放った弾丸が空気を斬り裂き、人の指を吹き飛ばした。その弾丸の軌道から指が弾け飛ぶ瞬間も全てがスローモーション映像の様にハッキリと脳裏に焼き付いている。
この場に、賊も捕らえられた王族や町人達もおらず、一人だったならば、発狂していただろう。
自分が今倒れればこの作戦が全て台無しになってしまう。
その想いだけが、夜通し走り回って疲労困憊な肉体とはじめて人体を破壊したという事実で狂いそうな精神を繋ぎ止めていた。
そんな状態のエースがもう一度聖戦を行う覚悟を決めた時だった。
「サンタールチーア〜ドミラースペンダ〜×3」
賊に捕らえられていた王女からの手紙を読んだ白髭の王族が、何を思ったのか歌い出した。
「サンタールチーア〜ドミラースペンダ〜。お前達も一緒に」
「サンタールチーア〜ドミラースペンダ〜×3」
白髪の王族につられて、他の王族達も戸惑いながらも歌い出した。
エースも賊も町人も、恐怖のあまり気が狂ってしまったのかと人ならざる者を見る目で王族達を見ていた。
「おい。何をしているんだ。止めさせろ」
ドンに命令されハッと冷静になった下っ端の賊は、サーベルの鞘で白髪の王族を殴った。しかし、王族は歌うのを辞めない。
エースは状況が飲み込めず、ただ呆然と、殴られても歌い続ける王族達を見ていた。
「サンタールチーア〜ドミラースペンダ〜」
痺れを切らしたドンが自ら不快な歌を止めるため、白髪の王族の締め殺そうと、首に手を掛けた。
その時だった。
バアアン。と銃声など比では無いくらいの轟音を立てて、大聖堂の左方の壁が破壊されてた。
空いた穴から、銀の甲冑を身に纏った、屈強な兵士達が沢山入って来る。
兵士達の真ん中にいた、恐らくこの部隊のリーダー的存在であろう、長い金髪をした大男が手に持っていたサーベルを高らかと挙げて「捕えろ」号令を出すと「オオ〜」と言って銀の甲冑の男達が、一斉に盗賊に襲い掛かった。
逃げようとする者や応戦する者、様々だったが、完全に居を突かれた盗賊達は、全員があっという間に捕らえられていった。
上手くいったか。流石国家直属の兵士達だ。
その光景を見て安堵したエースは身体から力が抜けて、気が付けば気を失っていた。