8. 悪役令嬢現る
オネット様に挨拶にいったその日から、やたらグラース王子に城に来るように言われたり、向こうから勝手にやってきたりとかしている。
一体グラース王子はどうしちゃったんだろう。
そんな風に思いながら、今日はブルークヴェレ王国へとやってきていた。
理由はよくわかんないけど、とりあえずお茶したいとのことだ。
「めんどくさいなあ......」
「まあまあ、そんなこと言わないであげてください、ルア様」
一緒についてきたティービアがそう言う。
ティービアはやたらグラース王子の味方のようなことばかり言ってくる。
「なんで気付かないんですか」なんて言われて、私が責められてるみたい。
そうため息をついていると。
「あらあら、ごきげんよう。平民の王女様」
気がつくと前には仁王立ちでこちらを見る美少女が立っていた。
紫色の長い髪の毛につり目、ワインレッドのドレス。
うーん、こういうのなんて言うんだっけ。
「ごきげんよう。ええと、どなたですか?」
悩みながら挨拶すると、彼女は扇子をバッと開いて口元を覆った。
「まあ、婚約者の関係者も知らないなんて、さすが元平民だけありますわね。わたくしはヴィオラ・スカーレットですわ。スカーレット公爵家長女、グラース様の元婚約者でもありますわ」
元という言葉を強調してそう言う彼女に、そういう絡みの人かあとめんどうに思う。
あ、思い出した、悪役令嬢って言うんだわ、こういうの。
私の大親友、美空は乙女ゲームやら、少女漫画が大好きで、よく私に語っていた。
「この悪役令嬢がさ、本当にうざいの!」美空はよくそう怒っていた。
それに似てるな、王子と可愛い主人公を邪魔するきつめの容姿の少女。
しかし、残念ながら私は可愛い主人公ではないのだ。
ゆえに、王子を全然とってもらって構わない。
「よろしければ、代わりましょうよ、婚約者」
我ながら名案だ。
私は平民になれて、グラース王子は国王になれる(あんまり興味はないらしいけど)、彼女はグラース王子と結婚できる。
一石三鳥じゃない!?
「はい? 何をおっしゃってるの? もういいわ、あなたみたいな頭の抜けている方とお話ししていてもらちがあきませんわ」
私の名案にヴィオラは呆れたようにため息をつく。
頭が抜けてる? さすがにイラッとする。
「ヴィオラ様、仮にも一国の王女に失礼ではありませんか?」
言い返す。だって立場は私の方が上だもん、何言ったって問題はない。ティービアも特に止める気もないようだし。
「まあ! わたくしはあなたとは違って淑女としての教養がありましてよ? あなたのようなのが王女になれたのが不思議でたまりませんわ!」
何この女、本当にむかつく!!
「だから、代わればいいじゃないって言ってるじゃないの、あなたは王妃になりたいのでしょう!?」
私がそう言うと、ヴィオラも食ってかかってきた。
「別に王妃なんて興味ありませんわ、わたくしは、あなたのような人に、グラース様をとられたことが気に食わないの、それにグラース様だってーー」
「やめるんだ」
睨み合う私たちの間に割って入ってきたのはグラース王子である。
グラース王子はヴィオラの方をじっと見る。
「どうして君がここに?」
「どうしてって、お父様のご用事についてきただけですわ」
グラース王子にも態度をあまり変えることもなくヴィオラはそう言い、睨むようにグラース王子を見る。
「......行こう、ルア」
グラース王子は特に言い返すこともせず、私の肩に手を置く。
私も促されるままにその場を離れた。
あんなにむかついたけど、変な感じがする。
そう思って歩きながら、一度振り替えると、彼女の背が見えた。
王妃にも興味はなく、グラース王子と私には怒っているようだった。
グラース王子もあまり怒るようなことはしなかったし......
「あの、グラースとヴィオラ様は婚約されていたのね」
思わず口に出してしまい、グラース王子の方を見るとなんだか申し訳なさそうな顔を浮かべるグラース王子が映る。
「うん、ルアと婚約するから、解消したんだ。完璧な令嬢だから、申し訳なく思うけど......」
このグラース王子の切ない顔、わかったぞ。
そうか、グラース王子はヴィオラが好きなんだ!
それでヴィオラは奪われたから私に怒ってる、まあこれは当然か。しかも私は元平民だしね。
「ヴィオラ様との恋、応援するわ! ごめんなさい、私との政略結婚なんて嫌よね......」
「まさか、それはないよ」
グラース王子は苦笑して、こちらに向き直った。
「僕はルアと婚約したことを何も悔やんでなんかないよ。むしろ、いつも楽しそうなルアと一緒にいられて嬉しいよ」
まっすぐイケメンに見つめられて照れてしまう。
「もし、ヴィオラに何かされたらすぐ言って。彼女に限ってそんなことしないと思うんだけど...... どうやらルアには違うみたいだから」
私が頷くと、「じゃあ、お茶しよう」と私の手を取った。
相変わらず、このイケメンエスコートにはなれなくて、なんだか恥ずかしかった。
***
元婚約者のグラース王子と歩いて行く彼女の後ろ姿に腹が立った。
ルア・シャルイローズ。
平民から王女になった異例な存在。
わたくしはグラース様の婚約者として育てられた。
本当はオセアン様の婚約者だったのだけれど、彼は婚約者はいらないのだと、そう言い切っていた。
まあ、わたくしも顔が良い方の方が良かったから、グラース様の婚約者に決まったときはほっとした。
でも、彼はずっと上の空だった。
わたくしが何を話しても聞いていない様子だった。
耐えられなくなって、彼に尋ねたら、「想う方がいる」とそう申し訳なさそうに教えられた。
そのときはまだ誰のことか見当もつかなかった。
でもしばらくして、彼から婚約解消を告げられて、それとほぼ同時に彼の新しい婚約者のことを知った。
元平民の王女。
彼はその王女の国の王位を継承するのだ、と聞いたとき驚いた。
わたくしが今までやってきたことはもちろん、王子として育った彼の頑張りまで全てダメにされる、そのことに腹が立った。
加えて、彼が想っていたのはその人だったのだろうか、というのが頭をよぎった。
そう思って、今日、オセアン様にそれを尋ねにきていた。
オセアン様は弟の恋路になど全く興味はない様子だったけれど、確かに言った。
「グラースが望んで婚約を受け入れた」と。
真意はわからないけど、きっと諦めたのだろうと思った。
だって、平民の少女と王子が出会うはずなんてないもの。
可哀想なグラース様。
そう思って歩いていたところで、出会ってしまった。
グラース様の恋路をぶち壊した女に。
別に王妃なんてどうでも良かったし、グラース様とどうこうなりたいとも思っていなかったけど、平民の女に全て奪われた感じがとてつもなく嫌だった。
気がついたら話しかけていた。
でも、その女はわたくしの存在すら知らないし、ぽけーっとしているし、おまけに「婚約者かわろう」なんて言ってきて。
怒りが沸点に達して、思わず声を荒げてしまった。
そこへ止めに入ったのはグラース様だった。
きっと下品な王女を呆れたように見るに違いないと思ったけど、違った。
ーー何よ、あの恋するようなまなざしは。
一瞬で気がついた。
ああ、彼はあの女のことが好きなのだと。
でも、どうして? この短期間でもう好きになったの? わたくしといる間はずっと想い人のことを考えていたというのに。
そんな思いで彼を見ると、彼はわたくしに申し訳なさそうな顔を向けた。
「想う方がいる」と言ったあの日のような顔。
わたくしは思わず彼を睨みつけていた。
そうして彼はあの女を連れて去ってしまった。
憎い。でも何なの、この不思議な感じーー
わたくしはもう一度振り返った。
間違いなくこの感覚はあの王女へのもののようだった。