3. 王子と故郷の町へ
レーヴクォーツ王国の城下街から少し離れたところにあるのが私の生まれ育った町だ。
確か、9歳ぐらいまでいたと思う。
町であまり目立ちすぎないように、私もグラース王子もそれらしい格好でやってきていた。
懐かしい町の風景に忙しなくキョロキョロしている隣で、グラース王子も興味深そうに町を見ている。
「このあたりが私が住んでいたところなの、それにこっちには花屋があってね、私の親友がいるのよ」
すっかり上機嫌で、町についてペラペラ説明する私をグラース王子が相槌を打ちながら聞く。
「それに、もう少し向こうへ行くと、私のお気に入りの場所があるの」
「お気に入りの場所?」
グラース王子が食いつくように尋ねてきて、頷く。
「すごく綺麗な海があるの。本当は城に行ってからもきたかったけど......」
グラース王子は、興味津々といったかんじで、私のお気に入りの場所の話を聞いた。
「じゃあ、この後行こう」
私が賛成の返事をしようとすると、後ろから声が聞こえた。
「もしかして......ルア?」
振り返ると、そこには黒髪を三つ編みのおさげにしている少女が立っていた。
私はぱあっと笑顔になってその少女の元へと駆け寄った。
「シャン! 久しぶりね!」
「うん、ほんと、会いたかった!」
シャンは私の町娘時代の親友だ。ずっと仲良しだったけど、私が王女になって以来、会っていなかった。
「7年ぶり、かあ。みんなずっとルアのこと心配してたんだよ」
「そういえば、お誕生日おめでとうだね」と笑いながらシャンが言っていると、いつの間にやら人がわらわらと集まってきていた。
「そういえば、後ろの人は誰?」
シャンがこそっと私の後ろを見て言う。
あ、そうだった。あー、でもここで言うとまずいかな。
そんな風にどう紹介しようかと迷っていると、私の肩にポンっと手が置かれた。
「こんにちは。私はブルークヴェレ王国のグラースです。ルアの婚約者ですよ」
そうして発動された王子スマイルに人々は歓声を上げる。
あーあー、この町の噂の広がり方のどれだけ早いことか...... 明日までには広まりきっているだろうな。
知ってか知らずか、満足そうな笑みを浮かべるグラース王子をじとりと見つめた。
それから、町のいろんなところへ行って、友達ともたくさん再会した。
グラース王子は私と話す人全てに王子スマイルを振りまいて、人々(特に女子)を倒れてさせていた。
恐るべし、王子スマイル......!
まあ、悪い人ではないと思うけど、ちょっと何を考えてるかわからない人ではあるのよね......
婚約はちょっとなしにしてもらいところだけど、友達ぐらいにはなれたらいいなー。
はっ、いっそのこと、平民に戻ろうかな。
そうだ、私には確か夢があってーー
「ルア?」
「へっ?」
不意に話しかけられて変な声が出てしまった。
見て、と言うように目で促されて、そちらを見ると、目の前には綺麗な海がある。
夕日に照らされて、オレンジに染まった海は息を飲むほど綺麗だった。
「すごく、綺麗だ」
言おうと思っていたセリフを先に言われてしまい、うんうんと頷く。
グラース王子は少しずつ私に歩み寄ってきて、手を伸ばす。
キスされる流れか......!? と身構えたが、その手は私の首元へと伸びていた。
「綺麗なネックレスだね」
グラース王子は私の首元の大ぶりのエメラルドのネックレスに触れる。
「ありがとう、ございます」
近い近い!
思わず顔を逸らすと、グラース王子もパッと手を離した。
「ね、ルアは好きなこととかないの?」
急に尋ねられた質問に考える。
うーん、前世では趣味あんまりなかったからなあ。
今は、何かあったかな......
「グラースは?」
黙るのも良くない、とグラース王子に話題を振ると、グラース王子は考えるような仕草をする。
「そうだな...... 剣術はけっこう得意だけどな」
「足も速いんだよ」といたずらっぽく笑うグラース王子を見て、剣を振るう王子の姿を想像する。
悪くないな..... イケメンが5割増しだよ。
そういえば、前世の私の彼氏もスポーツ得意だったな。足がすごく速くて、すごくかっこよかったことを覚えている。
「今度ぜひ練習を見てよ」
グラース王子の提案にさらに想像し、目の保養になるな、と頷く。
「ぜひ見てみたいわ」
楽しそうに笑うグラース王子に私も笑う。
「今日は楽しかったなあ」
帰りの馬車の中で、グラース王子が満足そうに言う。
「また行こうよ、ルアの友達にも会いたいし」
そんなに楽しかったのか、と思いつつ、私も楽しかったから、賛成する。
「もう暗いけど、今から国へ?」
馬車の窓から外を見ると、もう暗くなっていて、今から隣国へ帰るのは大変そうだ。
「ああ、今日は帰るように言われていてね」
「そう...... いっそのこと泊まっていったらどうかしら、と思ったのだけど、仕方ないわね」
純粋にそう思ったから言っただけだけど、グラース王子の顔がなんだか赤い。
「それ...... どういう意味で捉えたらいいの?」
「え?」
どういう意味ってどういうことだろう。
考えていると、グラース王子は「なんでもないよ」と苦笑した。
それから、城について、グラース王子を見送ると、自分の部屋に戻った。
「好きなこと、ねえ......」
ベッドに寝転んで呟く。
まだ、前世の16年分の記憶と現在の16年分の記憶がごっちゃになっているようで、いまいち思い出せないことも多い。
「好きなこと、ですか?」
今日一日私についていたティービアがそう言うので、グラース王子に尋ねられたことを言うと、ティービアは少し考えてから私に尋ねた。
「ルア様がいいなら、言いますが......」
ティービアの方をばっと見る。
でも、どういうことかな。私がいいならって......
ティービアは部屋の奥へと私を連れて行くと、扉を開けた。
「え、これって......絵の具?」
扉の奥には、たくさんの画材と、絵が置いてあった。
「また、描こうと思われたのですか?」
ティービアの質問で思い出した。
私は町娘時代、絵描きになりたかったんだ。
王女となってからも、絵を描くことは続けていた。
でも、上手くないとバカにされて、叶わない夢だと、諦めて、いつしか絵も夢もしまい込んでいたんだった。
私は絵を手に取る。
町の風景、お城の外観、たくさんの絵の中には、さっきの綺麗な海の絵も何枚かあった。
あそこでよく絵を描いてたのよね。
それにしても、前世の私では考えられないくらいうまい絵だな。
しばらくその絵を見つめると、ティービアの方を見る。
「また描きたいな」
そう言うと、ティービアは嬉しそうに頷く。
「私もルア様の絵、大好きですので、また描いてください」
「今度文句言うやつがいたら、私が容赦しません」そう言って鼻息を荒くするティービアに私はふふっと笑う。
町のみんなにも、親友のシャンにも会えて、夢も思い出して、今日は素敵な1日だったな。
そう思いながら私は絵を見つめた。