2. 王子の訪問
レーヴクォーツ王国の王女、ルア・シャルイローズに転生したことに気づき、早3日。
私は今、城内の廊下を、疾走していた。
「ルア様! 止まってください!」
なんだか見慣れてしまったような、ティービアの般若のような顔から私は逃げていた。
ティービアに追いかけられている理由は分かっている。
それは、誕生日パーティの次の日のこと。
朝は7時に起こされ、身支度を勝手に整えられた後、苦しいドレスのまま朝食を食べる。そのあとはよくわからない言語の勉強に励み、1時間の休憩。お昼を食べてダンスの練習をした後、今度はティータイムまで休憩。ティータイムの後は特に何もない日だった。
そして私は思った。
暇すぎて死んでしまう、と。
もっと予定詰め詰めの生活が待っているのかと思ったけど、そうでもないらしい。
部屋を見回してみたが、私が転生したことに気づく前に読んでいたよくわからない本が何冊か転がってる程度しかなくて、これでは私は暇すぎて干からびる。
そう思った私は、メイドさんから、メイド服を1着借りて、ドレスからそれに着替えた。
なんて楽なんだ! もうメイドになりたいくらい、着心地のいい服を私は手に入れてしまった。
そして、左手にははたき、右手にはホウキを構えて、城の中を走り出したのだ。
せっかくの新しい人生、ぼーっとしてるだけで終わらせてなるものか!
そんな風に考えながら走っていたせいか、いつの間にか回り込まれていて、私は捕まってしまった。
「もう、私たちの仕事なのですから、ルア様は何もしなくて良いのですよ!」
ホウキとはたきを取り上げられ、般若のままのティービアに負けじと、
「でもぼーっとしてばかりだと体が鈍ってしまうの、退屈なのよ!」
と対抗すると、ティービアをはじめ、周りにいたメイドたちは困ったような顔を浮かべた。
「やはり、まだ体調が優れないようですので、ゆっくりお休みになってください」
そう部屋に連れて行かれてしまい、私はまた暇になってしまった。
よし、次はキッチンあたりに行ってお料理の勉強でもしようかな!
なんて考えながら、メイド服のまま部屋の外へ出た。
ティービアがいないか確認しつつ、廊下を歩いていると。
「ルア様はどうしてしまったんだ」
「ご婚約で自信がついたのではないか?」
後ろから、バカにするような声がした。
まあ、バカにされてしまうような要素はある。
なぜなら私は王族の血をひいてはいないからである。
私、ルアは実は平民だった。
町の小さなパン屋さんを母と営んでいた。
父は私が幼い頃に病気で亡くなっていて、私は女手一つで育てられた。
しかし、運命は突然変わった。
評判を聞きつけた当時王子だった現在の国王、父が、パン屋にお忍びでやってきて、綺麗な母に一目惚れしたのだ。
もちろん周囲はこの結婚に大反対だったが、父が無理矢理押し切ったのと、母が優秀だったため、許可がおりた。
そして、私も急に王女となり、城で暮らすこととなったのだ。
しかし、やはり平民だったからか、そんなに優秀ではなかった私を城の一部の人たちはバカにしていた。
私はずっと、この陰口に悩まされ、すっかり縮こまった少女になっていた。
でも、転生に気付いた今、そんな陰口は全く気にならない。
別に害は無さそうだし、関わるだけ無駄な気がする。
何より、めんどくさい。
「王子に好かれたからと有頂天になられてるんだろう」
思わず、その言葉に振り返る。
聞き捨てならない。私がいつ、有頂天になった?
別に婚約は望んでないんですけど!?
キッと睨むように見てからにっこりと微笑むと、そいつらは逃げていった。
まあ、きっと転生に気付いて私はすっかり王女らしくはなくなったと思う。
ティービアたちは突然快活になってしまった私にまだついていけてないんだろうな。
元々女子高生なんだし、しょうがないよね!
お姫様っぽくなんてムリムリ!
そんな感じで肯定しながら、私はキッチンにその後居座った。
あまりの材料で作ったというミネストローネがものすごく美味しくて、「今度から作り方教えてください!」と言ってキッチンから出た。
ミネストローネの余韻に浸っていると。
「ルア様! こんなところにいらしたのですね!」
ティービアがまた般若のような顔でかけよってきた。
「すぐに着替えましょう!」
そう部屋の方へと引っ張られていく。
「なんで、だって今日のやることは終わったわ!」
そう反発するとティービアが焦ったようにこちらを見る。
「グラース様が来ておられるのですよ」
私も思わず驚く。
「それはまずいわね」
さすがに王子にこの格好で対面するのは色々まずい。
部屋へと駆け出そうとしたその時。
「こんにちは、ルア」
後ろからそう声がして、遅かったことに気づく。
ティービアの方をチラリと見て、腹を括ると、私はグラース王子の方を向いた。
「まあ、ご機嫌よう。このような格好で申し訳ございません」
一応マナーで習った通りに挨拶をする。
「ああ、いいよ。気にしないで。それよりもその堅苦しい敬語の方が嫌なんだけどな」
「え、すみま...ごめんなさい」
敬語で返そうとしたらこちらを見て微笑んだので、なんとなく敬語はやめようと思った。
「あちらにお茶のご用意ができております」
グラース王子を案内してきたメイドがそう言うと、グラース王子は「待ってるよ」と笑ってお茶が用意されている部屋へと向かった。
それから私たちはものすごい勢いで、ドレスに着替え、髪も整えた。
「待って、お茶会をするんだから、コルセットは緩めにしてほしいな」
そうおずおずと言うと、ティービアはわかりました、と渋々緩めにしてくれた。
「待たせてしまってごめんなさい」
席についてそう謝ると、グラース王子はヘラヘラっと笑って、「気にしないで」と言う。
服装はパーティで会った時よりラフになっていたけどグラース王子は相変わらずイケメンオーラを振りまいていた。
「それで、メイド服で何をしていたの?」
楽しそうに尋ねるグラース王子に少し考えたけど、特に言い訳も思いつかないのでそのまま言うことにした。
「ええと、ちょっと退屈だったから、お掃除とか、お料理をしようかと思って」
「そうなんだね。びっくりしたけど、なんかルアらしいって感じがするなと思ったよ」
にこにこと言うグラース王子になんとなく違和感を覚える。
なんか、すごい私のこと知ってます感が半端ないというか......
でも王子だし、きっとどこかで会ったことあるんだろうな。
「グラース様は何のご用事で?」
そう尋ねると、グラース王子はなんだか素っ気なくなって、
「迷惑?」
と聞いてきた。
え、そのあざとい顔やめて! そういう顔をイケメンがやるのは罪だから!
「いえ、迷惑ではないんですけど......」
「なにせ、あんな服でしたし......」とゴニョゴニョと続けると、グラース王子はこちらをじっと見つめた。
「はあ、いつまで経っても敬語だし、まだ様ってついてるし......」
わざとらしいため息をついたグラース王子にそうだったと思い出す。
これ、グラースって呼ばないと永遠に拗ねてるのかな。
「今日はどうしたの? グラース」
開き直って笑顔でそう言うと、グラース王子はぱあっと笑顔になった。
「今日は、ちょっとお知らせに来たんだ」
そう上機嫌のまま話し出すグラース王子が可愛く見えて吹き出しそうなのを我慢する。
「今度、僕の国に来てくれないかな。兄さんにルアを紹介しておかないとと思って」
兄さん......そっか、グラース王子は第二王子だったから第一王子がいて当然ね。
「お兄様はどんな方なの?」
そう尋ねると、グラースは少し黙ってから、笑った。
「......すごくいい人だよ。今、僕の国は父が病気で倒れていてね、兄さんが国を治めているんだ」
「そうなの、すごいのね」
そう答えるとグラース王子はうん、と笑った。
「じゃあ、また1週間後に」
グラース王子は一通り次の予定を告げると、立ち上がった。
「え、このためだけにわざわざここまで来たの?」
思わず尋ねると、「そうだよ」とグラース王子は言う。
まだ話だしてから10分ぐらいなのに、帰るの早くない!?
しかも、隣国からわざわざ来てくれてるのに......
考えて、私は閃いた。
「今日はまだ時間もあるから、一緒にお出かけしませんか?」
「えっ?」
グラース王子も周りのメイドたちも驚きの声を上げる。
「いいけど......どこへ?」
ふふん、と私はドヤ顔を作ると言った。
「私の故郷の町へです!」
我ながら名案だ。町にいる友達にも会えるし、懐かしい場所にも行きたいし!
「失礼ながら、ルア様。私もその案には賛成ですが、大丈夫なのですか?」
ティービアがおずおずと尋ねてきて言われて、なんだっけ、と考える。
そっか、私には異様に厳しいさっきみたいな人たちが常に見張っていたから、行けなかったんだった。
ティービアはそのことを心配しているのだ。
「大丈夫よ! あんなの気にしないわ」
力強くそう言うと、ティービアも安心したように「それなら、すぐ準備しましょう」と笑う。
そういえば、勝手に盛り上がってグラース王子を忘れてた。
見ると、グラース王子はすごく嬉しそうな顔をしていた。
「賛成だよ、僕も行きたい」
よかった、とほっとする。
ふふ、楽しみだなー。
私はウキウキと準備を始めた。