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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第1章 偽りの太陽編
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Episode7:敵の正体



 狭い裏通りでの戦闘は普通自分の思う通りに動く事が出来ない。しかし、敵三体の動きはここの地理を自分たちの思うがままに把握しているのか、地面から壁、建物と建物を繋げる綱を利用し、高速で移動しながら攻めてくる。


 敵の得物は右から鉤爪、サーベル、棍棒と形状が別々ではあるが、どれも殺傷能力が高い。一個体だけで相手すればさほど苦戦はしないはずだが、複数相手にこうもあちらこちら動き回っては訓練を受けた憲兵でもひとたまりもないだろう。


 傭兵に頼るようにまでなった相手の実力。興味があるのかと聞かれたらイエスだ。俺自身もここ何十年間欠かさず修行し続けているし、果たすべく目的の為にもこいつらは俺の次の階段を昇る土台となってもらおう。



 「援護はいる、オゼル?」



 タミルの両手には苦無と呼ばれる暗殺武具を構えた状態で後ろから問いかける。彼女のサポートがあった方が確かに楽ではあるが、



 「いや、ここは俺一人で大丈夫。任せてくれ」


 なるべく彼女に体力温存させといた方が良いと判断し、片手で制する。そして、俺は手提げ袋をポイっと路傍に放り投げ、低い体勢をとる。敵三体の動きを片方しかない目に全集中し追いかける。


 確かにとても速い。だが、❝俺には関係ない❞―――。


 「そこっ!」


 壁から落ちるように棍棒を大きく振り下ろしてきた敵の一人から軽い足取りで避けては、短剣で胴体を横一閃。血しぶきを上げながら後ろにあるゴミ袋の山に突っ込む。その光景を目の当たりにした残りの二人は一瞬足が止まる。



 俺はそれを見逃さない。



 「………ふっ!」



 真正面に佇む敵まで走りながら空いた片手に力強く握り拳を作る。我に返った敵はサーベルを構え直すが、俺はそれより一歩早く懐に入り、顎に目掛けて全力アッパー。



 「がっ………?!」



 敵はサーベルを手放し、弧を描くように宙を一回転舞う。手枷の重りと千切れた鎖も加味されているから相当重い一撃を食らわせる事が出来たはずだ。



 残り一人。地に伏したのを確認し、顔を真上へと向けると鉤状の武器が鼻の先。が、それにも動じる事無く間一髪躱し、降りた敵に後ろ回し蹴りをかます。



 「………!?」



 左脇腹から上手く蹴りが入り、真横の壁に吹き飛ばされるとそのまま動かなくなる。


 

 取り敢えず俺たちの目の前に現れた敵全部を斃す事は出来た。血が付いた短剣を布切れで丁寧に拭き取りながら、後ろで見守っていたタミルまで歩を進める。



 「終わったぞ」


 「見れば分かるわよ。あっさり片付けちゃって。それに殺してないでしょうね?」


 「ちゃんと手抜いたから大丈夫だよ。斬る時だってちゃんと急所外した」



 器用に指で短剣を回し、鞘に納める。気絶している敵三体を一か所に集めて手提げ袋に詰め込んでだ荒縄を取り出し、拘束する。

 それから顔を隠している布切れを外し、露わになった三人の正体に俺たちは暫く見つめる。

 


 「❝太陽❞の刺青………」



 三人とも人種が違う。この国の出身の人は全員褐色肌をしているのだが、この三人はバラバラだ。平たい顔をした黒髪の極東地域、雪のように真っ白い肌のした白髪の北方地域、そして堀の深い顔をした金髪の西方地域。ただ、唯一の共通しているのが顔面、白ローブからはみ出る腕、足に太陽の紋章が刻まれている。


 「支配人の言ってた通りね、この太陽が反社会組織である証であり、この町の日常を脅かす存在のシンボル」


 タミルは一歩前に出て足を屈ませると彼らの太陽の紋章をじっくり観察する。ほんの数秒後立ち上がり、俺の方に振り向く。



 「………間違いないわ、この太陽の紋章は、あの伝記に記されていたのと全く同一」


 「という事は、この反社会組織の首謀者の正体は………」


 「かの国に勝利を齎した英雄であり、滅亡に導いた反逆者でもある―――」



 ❝堕ちた太陽❞―――。


 

 一番懸念していたであろう伝記上に記されていた人物の特徴とぴったし合致した事によって俺たちの目的とする対象が明確になった。それと同時にこれから待ち受けるそいつと相見えるのが回避できないとなると未知数であった首謀者の実力も少なからず国を滅ぼすほどの脅威でもある事の表れでもある。


 一気に押し寄せて来る事実に冷や汗が滲み出、建物と建物の間から流れる隙間風が俺たちに不穏と一緒に運んでくる。夜空を見上げると綺麗に浮かぶ月を覆い被せるように暗雲も流れる。月明りが殆ど消え失せた時にタミルは何かに反応したのか眉を顰める。



 「どうやら私の影分身が他の連中と鉢合わせたみたいね、それも数が多い」


 報告と少し遅れて町の至る処から悲鳴と爆発音が響き渡ってやって来る。奴らとの戦闘に乗じて一般市民にも被害が被っている事態にタミルは険しい表情を浮かべながら両手を胸の前で重ね合わせ、人差し指と中指で印を結ぶ。


 「軽く百は超えているんじゃない。無駄に連携攻撃を仕掛けて来るし、一筋縄でもいかなそうね………ッ」



 先程の三人の動きと似た戦法で併せて並みの憲兵よりも強い上に一般市民を巻き込まないように戦うとなるといくらタミルといえど、劣勢を強いられる戦いになる。それに気付いた彼女は全ての影分身に集中するように瞑目して意識を向ける。

 

 「これ以上被害が出てはいけない。すまないがタミル、なるべく人通りの少ない場所にまで敵を誘導してくれ」

 

 「ええ、言われなくて、よ………ッ!」



 恐らく敵の攻撃によるものか、はたまた別の何かは分からないが苦しくも返事しては、それぞれの影分身に指示を伝える。しかし、これほどの騒ぎに国の憲兵隊は何故動かないのがどうしても疑問に残る。支配人が言ってたこれも本当だったみたいだ。

 俺たちがこいつらをどうにかしないといかなそうだな………。


 「……んん」


 顔面に太陽の刺青入れた白髪の一人が呻き声で目を覚ました。白髪は何が起きたのか分からず、顔だけ辺りを見渡し出すと徐々にと自分自身の身に起きた事と荒縄で身動きがとれない事に目を大きく見開いて気付き始める。

 

 俺の今やるべき事は、決まってる。



 「おい、起きたか」


 

 「なっ?! ―――く、くそ! この縄ほどきやがれ!」



 ひどく暴れる白髪は俺を睨み付けながら暴言を吐く。こいつは一番最初に攻めてきて返り討ちに腹に短剣で斬った為、暴れるごとに斬り口から絶え間なく流血している。しかしこいつは怒りによって痛覚も麻痺している状態で殺意の籠もった眼差しは俺だけしか捉えていない。



 「安心しろ、悪いようにはしない。俺の質問に幾つか答えてくれればいい」



 「殺す殺す殺す、ぶっ潰してぐちゃぐちゃにしてやる!!!」



 思考が明らかに正常じゃない。このまま質問してもまともに答えてくれなさそうだな。

 しかし折角捕らえた情報源だし無下には出来ない。この白髪が落ち着くまで待ってもいいけど、事態は待ってくれない。どうにかして有益な情報を吐いてもらわないと困るんだよな………。

 すると、



 「静かにしろ………」



 「いっ………顎が」


 

 白髪の怒鳴り声に他二人も目を覚まし始める。近くで大きな声で荒げればいくら気絶していようが嫌でも起きてしまう声量でもあった。しかし、もしこいつも同じだったらどうしよう。三人同時に大暴れされでもしたら聞こうにも聞けないだろうし。

 それを危惧しつつ自分たちの現状に怒り心頭であった白髪に対して二人は、



 「………無駄だ。いくら怒鳴ろうがオレタチは負けたんだ。ここは素直に認めて大人しくしてろ」



 「てめえ一体何をするつもりだ………まさか、殺すつもりなんじゃッ………?!」



 一方の黒髪は潔く負けを受け入れて、一方の金髪は急に怯えるように震え出した。三人三様の反応に少し吃驚してしまったが、唯一一人だけまともな奴が居たお陰でこれなら話も聞いてくれそうで安心した。

 黒髪の男に視線を合わせるように顔を向けると、訝しげな表情を浮かべてくる。



 「………何だ?」



 「なに、単純で簡単な質問に答えてもらえればいい。たったそれだけの話だ」



 「ふっ、何かと思えばそんな事か。残念だが、オレタチは教団の中でもかなりの下っ端だ。あまり期待しない方がいいぞ」



 嘲笑うように黒髪が噴き出しては期待値を自ら落としていき、彼は横にいる二人へと目配せするよう仕向ける。言わずもがな、怒り狂う奴と怯え続ける奴相手にこれ以上は野暮である事は直ぐに理解出来た。

 かと言って、この黒髪がここまで冷静で居続けているのにも裏があるのではないかと警戒しながら質問する必要があるのも確かではあった。


 「お前たちの目的、とまず最初に聞こうと思ったけどそれは後回しにするが。………教団って言ったか。それはお前たちが所属している組織って事であっているか」



 「………そう認識してもらえば構わないだろう。それが何か?」



 「つまりは神様を信仰している組織って事だろ。だったらどうして、そんな教団が悪さをする?お前たちの神様はこの行為が許さないはずだが」


 この世界で教団を名乗る宗教団体は少なくはなく、各々異なる神様を信仰していれば、それぞれの教えに従い、それぞれの奉仕活動しているのが見受けられる。善行は勿論、悪行に手を染める教団も多い為、その行いが正しいのかを問い質す必要があった。

 すると、今の質問がどうにも可笑しかったらしく暫く黒髪の男はせせら笑い始める。 




 「何を訊いてくるかと思えば………愚問だな。全ては我らが❝頭領の思し召し❞のままに。頭領の思し召しは太陽神様の思し召しと同義。自由に、好きなように、思うが侭に生きて良いと言って下さった。今までこの国で行ってきたのも、全て許された行為だ」



 「………だからといって殺人も許された行為なのか?」



 「必要とあらば、その殺人も許されるだろう」



 人の命を奪う悪逆非道をも何の悪びれも無く、しかも当人は何の疑いもなく、躊躇なくそうだと、答えた。そんなのが神様とやらの思し召しだとしたらそんなのは間違っている。この黒髪の男、騙されているようにも見えない。ただ真っ直ぐに見つめ返す双眸は壊れた理性と狂気で混濁しきっている。

 



 「………お前たちの目的は、その神様の思し召しとやらにただ従順に従っては悪行であろうとも関係なく強奪や殺人を繰り返しているだけだって事で、合ってるか」



 「そう解釈してもらっても構わない。が、そこの意味を求めてどうする気だ? 我々は信じて動いているだけであって勝手にこの国が騒いでいるだけだろう」


 

 「手前らの身勝手な信仰心がどれだけの無関係の人間が巻き込まれているのかわからないのか?」



 積み重なる問答を受けて、無意識に無自覚にも胸の内側から沸々と湧いて出る感情を表面に出せまいと堪え、しかし声色が自然と低くなっていくのが自分自身でも分かった。そんな俺の変化を察した黒髪はまた更にと下卑た笑みを溢しては、



 「そう、これは太陽神様の身心のままに、祝福され続ける。ああ………、ああ………なんてもったいなき幸せか! 可哀そうな者たちに魂の救済と自由の掌握を………オレタチの素晴らしい使命を拝して下さったのだから!」



 急に人が変わったように大きく眼球が飛び出そうな程の勢いで喜悦の色で一気に染め上げていく黒髪は身動きはとれない身体でも自ら崇拝している太陽神に向けて天を仰ぎ、祈るように、縋るように、叫び声をあげる。

 正常者を装っていたであろう黒髪の本性は所属している教団への絶対的な信頼と圧倒的なる神への盲信が露呈された。

  

 ―――前言撤回する。こいつら、異常だ………。



 人間持つべき真っ当な倫理観がこれほどまでにぶっ壊れているとなると後々に更生する機会があったとしても重度具合にもよるが相当な時間を有する。メンタルケアによる治療法や薬物や手術を一切使用しない自然療法なども幾つか処方はあるみたいだが、現時点での完治された報告は未だにない。後世にずっと残り続ける言わば後遺症が懸念される。


 ここまで狂信的にまで信徒を陥れたであろう首謀者、正しくは教団の頭領による口巧な話術によるものだとすれば、百も軽々と越える信徒を容易く扱う程の実力者だというのは確かだ。

 いや、そもそも逆に人数が増えて対処しきれないせいで、本来の教えから背くレベルにまで放置しているのもあり得る。


  


 「―――そうだ、貴方も。そこにいる女性も是非オレタチも入信して、一緒に自由を掴み取ってみないか? 頭領も太陽神様も大歓迎してくれるに違いない。さあ、さあ………!」


 

 金切り声の勧誘に黒髪が揺れ動き、必死の形相で俺を、俺たち二人を教団に招き入れようと荒げ始める。普通なら即刻断る場面ではあるが、むしろ好都合だ。敵の本拠地に近付けるうってつけの機会でもある。



 「………ああ、そうだな。それはとてもありがたいお誘いだ。是非お前らの頭領様とやらにお会いしたい」



 「では………ッ!?」



 「だが」



 ―――そう。 

 本来ならこうやって敵の隙を見せた懇願を受け入れるべきであるはずが、どうしても俺の内側に潜む❝この感情❞が許す事が出来なかった。これは俺にとってどうしても避けられない感情であり、これから招き出す醜悪で悲惨な行動に繋がるきっかけともなる。



 「俺には一つだけどうしても聞き直したい質問があるんだが………再度問う」



 膝を折り、黒髪と同じ顔の位置にまで顔を合わせると同時に腰に納めていた短剣の切っ先を喉元に当てていた。

 突然の動作に喜悦に染まっていた表情から一転し、驚愕と恐怖によって表情が強張っていく黒髪の耳元に口を近付ける。

 冷酷無情。真顔でボソッと小さな声で、しかしちゃんと聞き取りやすい音量で呟き、




 「てめえらは悪行に染めている、て事で間違いなんだな………?」




 ―――漆黒の世界に、俺が消えていった。



 

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