Episode6:始動
「今話した伝記に記されている内容を覚えていたのだけど、その滅ぼされた国は今から凡そ二十五年前、あの世界大戦終結して五年が経った頃に起きたみたい。当時はまだ世界中が自国の復興に力を注いでいた為かそういった大事件であっても余り知らされていなかったのが事実ね。現に私達も知らなかった訳だし」
「………ああ、全く知らなかった」
誰もが知っている歴史上最悪とも呼べる大災害でありこの世の終わりとまで謳われた大戦争―――❝暗黒の世界大戦❞。
先の戦争で傷付いた人々の心を治療や今までの伝統文化を維持し続ける保全活動、それに国の復興運動が終わるまでに軽く十年はかかったって聞く。他国の情勢なんか気にしている余裕なんて無かっただろう。しかし、逆算してくとその大反乱からだいぶ時が経っている。
何度も言うがその伝記が残されていた通りだとしたら、今も何処かに身を潜んで暮らしているのなら、一切合財看過出来ない事態なのは間違いない。
そして今回の騒動に関与しているのであれば尚更である。
「今の話が本当ならもしかしするとこの一連の動きの首謀者はその国を滅ぼした英雄の可能性が高いわ。でも知っている情報はこれしか持ってなかったし確証が無かったからあの場で言うかどうか躊躇ってしまったのよ」
彼女は申し訳なさそうに目を閉じて、俺に謝る。確かにあそこの場で今のような伝記の内容について支配人に教えても根も葉もないと一蹴されるのが目に浮かぶ。
成る程、これで合点がいった。彼女が説明を受けている間も身の内側で留めておくべきなのか、しっかりと持っている情報を打ち明かそうかどうかをずっと葛藤していたのが。彼女なりの配慮があったのものだと思い、俺は横に首を振る。
「いや、別に謝る必要はない。敵の正体についての候補が一つ挙げられた事だけでも良い収穫だし、思い出してくれて寧ろ礼を言いたいよ。ありがとう」
彼女の情報で少しでも打開策に繋がると分かれば、それだけでも十分だ。俺は彼女の肩を優しく添え、窓の外に映る沈んでいく太陽を見つめる。もうすぐ奴らは動き始める。
―――太陽の紋章を持つ反社会組織。❝死と再生❞を象徴する太陽。❝堕ちた太陽❞と呼ばれる英雄の存在。これらからどう導き出せるかは僅かかもしれないが、出来る限りの対策を考えていかなければならない事には変わりないのだから。
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「―――とまあ、予定時刻になった訳だけど」
現在の時刻は南方に針を差している。つまり夕方六時。季節的に日が沈むのが早い為空は真っ暗だが、町の至る所に街灯がチカチカと辺りを照らしながら並んでいる。町の通りは日中よりも格段と人数が減った。まあ、連日こんな騒ぎが続けば警戒はするだろうよ。
俺たちは少し離れたある裏通りに待機。取り敢えず顔バレしないようにボロボロになった布ローブを纏い、貧相な見た目ではあるが手持ちでぶら下げている手提げ袋には金貨を大量に詰め込んでいる。しかも、それが分かりやすく何度も振り回してはジャラジャラと盛大に金貨を鳴らす。
つまりこれは誘き寄せ作戦。これが二人で考え抜いた末に辿り着いた一番の有効手段である。反社会組織の目的は不明ではあるが、いつも襲ってる対象の人物像から模索した結果だ。
「襲われている多くが一般市民。それも荷物が多い人、特にお金が意外と持ってそうな人だけだそうだけど、ここだけでは遭遇するかどうか些か不安だし効率が悪い。そこで、タミルに是非任せたい」
「はあ………ねえ、本当にこの方法でやるの? これやるとだいぶ体力消耗しちゃうからあまり使いたくないんだけど」
「手は多く打っておいた方がいいだろ? それに今がまさにタミルの独壇場でもあるのは、お前自身が一番分かっていると思うんだが」
タミルの嫌そうな質問に俺はぐっとサムズアップで返す。はあ、と再度深い溜め息を溢しながら両手を合わせる。すると先程までの彼女の表情が一変し、集中するように静かに瞑目すると彼女を中心に周囲の影が吸い込まれるように集まっていく。
そして、
「―――散れ、我が分身。❝影分身の術❞」
そう唱えた直後に彼女の影が四方八方に伸び、そこから彼女そっくり模した分身が召喚された。これが彼女の能力の一つで東方伝統の秘術、❝影分身❞。彼女の戦法は主に敵の索敵に特化した能力で隙をついて殺す、云わば❝暗殺のプロ❞。
彼女は自分と同じした姿した影にも同じように金貨が入った手提げ袋を持たせるとそれぞれに目で合図し、一同はコクりと頷きで指示を受託。やがて影は一瞬にして散り散りに散らばっていった。
「指定した場所に配置させとくわ。見つけ次第私に連絡が来るように指示したからこれで幾分かは楽になったんじゃないかしら」
タミルの影分身と感覚共有が備わっている。また彼女の意思なしでも敵と戦闘を行えるので、少しの足止めにもなる。
俺もそんな能力欲しかったな。
なんて、そんな事思っている矢先に。
「………どうやらお出ましのようだぞ。意外と直ぐに現れたな」
目の前に白ローブを纏っているのが三人。顔は深くまで被っているせいではっきりとは表情までは読み取れないが唯一片手にそれぞれ異なる得物を所持しているのは分かる。
「おいおい、こんな薄暗い場所で男女二人が何しているんだ?」
「お楽しみのところ悪いけど、一つ頼みがあるんだけど聞いてくれるかな?聞いてくれるよね?」
「お兄さんたちかなり貧乏で暮らしていくのも精一杯なんだ。今持っている荷物、こっちに渡してくれないかな?あ、そうそう。そっちのお嬢ちゃんも一緒に来てくれる嬉しいなあ」
下卑た笑い声と共に発したのは恐喝。如何にも拒否権を与えない台詞で此方にゆっくりと歩む寄って来る。素直に荷物を渡してもタミルを攫って俺を殺し、勿論抵抗しようとしても容赦なく殺してまでも奪ってきそうな勢いだ。
「どうやら話の分かる連中、て訳では無さそうだな」
「何言ってるのよ、そんなの最初っから分かってた事じゃない」
「それもそうか………」
俺も腰に差していた愛用の短剣を取り出し、切っ先を相手に向ける。それに応じるかのように相手三人は一斉に飛び掛かって来る。
この町の依頼、夜に蔓延る反社会組織の掃討。
さあ、始めるか―――。