Episode5:象徴
太陽、か。確かに太陽を題材にしている英雄譚や繁栄を司る最高神として讃えられる国とか多い。過去に起きた世界大戦の際にも❝三天神❞の一神として神話に記されている位だ。それに、我々にとって欠かせない自然の恵みそのものでもある。
ただ、表舞台とは正反対の存在である反社会組織がその紋章にするのはなんか随分と不可解な点である。
すると、
「うーん……」
「ん、何だタミル。難しそうな顔して」
「いや、太陽の紋章について考えていてね………」
顎に人差し指と親指で添えて、太陽の紋章を一点に見つめながら考え込むタミル。何か気がかりでもあるのだろうか。
「………いや、まさかね―――」
「?」
一人ぶつぶつと呟いている彼女に首を傾げ、追及しようとしたがあまり深追いしないで欲しそうなオーラを醸し出していたのを感じ取り、仕方なく止める事にした。
そこから軽く一時間位の情報共有してくれた。現時点で分かっている内容はこの町の何処かを根城にしている。そこは誰も足を踏み入れた事のない場所である事。そして、この反社会組織には首謀者がいる可能性が高いっという事も。
「―――以上が伝えられる全情報だ。連中は恐らく今夜も動くだろう。それまでこの宿屋でゆっくりしていってくれ」
ラーヒズヤは話を終えると立ち上がり、一礼をしてから応接間を退室する。二人取り残された部屋に静寂が訪れる。
「とりあえず、俺たちも一度部屋に戻ろう。対策はその時に。それに、タミルが引っかかっているもんも気になるし」
「………ええ、分かったわ」
連中が動き始めるのは夕刻。今の時刻は東南の位置にある。残り二時間、俺たちは出来る限りの対策案を練る為に部屋に向かう。
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俺たちの部屋は三階の奥。片側には部屋が並び、もう片方は窓が一列に配置され、そこらから差す西日が廊下は橙色に染まっていく。すれ違うは数多くの宿泊者。見た感じ結構金持ちぽい格好している人もいれば俺たちみたいな流れ者の格好した人とバラバラだ。
窓の外の遠くの景色を眺めながら歩く。普段ここまで豪華絢爛な宿屋で泊まれる事なんて天地ひっくり返ってもあり得ないくらいだからな。他だと俺たちみたいな流れ者は汚物扱いしては一切中に入らせてくれない国がざらじゃなく世知辛い思いをしたもんだ。
まあ、そんな感慨に浸っている猶予はなさそうだけど―――………。
お互いに自分の荷物を部屋に置いてから俺の部屋に集まる。一人部屋にしてはかなり広い。軽く十人は収容できそうだな。
「さてと、支配人からの有力な情報をもとにこれから行動していくわけだが」
俺はベッドに座り込むタミルを一瞥し、一呼吸を置く。話題は反社会組織をどうやって対処していくのかの一点のみではある。だが、俺にはどうしても気になっている事がある。先程の彼女が見せた反応の意味が、何なのかを。
「何かあの太陽の紋章に心当たりがあるみたいだけど、知っている事があれば教えて欲しい」
話を切り出すと彼女は此方を顔を向けずに部屋の中央の天井に吊るされている照明に視線を向ける。そして一度、深い溜め息を洩らす。少し困り眉になりながら自身の肩まで伸びた黒髪を人差し指で絡め始める。
「………確証は全くないけど、それでも聞く?」
「あの場ではなかなか言えなかった内容だったんだろ? ここで出し惜しみされちゃうと後々になってずっと気になって任務に支障きたすかもしれない。でも、もしそれでも言いにくかったら無理して言わなくてもいい」
「………いや、大丈夫」
そう言うと彼女はゆっくりと顔と身体を此方に向き直して心の内に潜むもやもやを打ち明ける。
「私たちは各国を放浪しながら色々と見て回ってきた訳だけど、その中にはたくさんの興味深い文献が埋まっていたわ。世界大戦によって滅びた旧文明時代の遺産、神と名乗る者との間に生まれた半神半人の子ども、全知全能の叡智が眠る地下墳墓の在り処など。だが、どれも面白可笑しく話を盛った創作作品のような物だらけだったわ」
「ああ、確かにそのような文献は多かったな。月に魅入られた英雄は空を飛び会いに行くが、神の怒りに触れ地に堕とされた話とか、海の底に沈む幻の消滅都市とか、な。でも結構そういう文献は好きだから俺もよく読むぞ」
幼少期からまともに文字の読み書きを習ってこなかった為、初めて読んだ書物はちんぷんかんぷんだった思い出がある。十年旅続けて漸く及第点にまで到達したくらいだし、それでも読めない文字や書物は全部彼女から教わってきた。それも含めて一番読んでは理解しているのは彼女でもある。
「でもね、ある国にあった文献には実際に存在した人物を基に描かれているみたいだったのよ。それも、かなり最近できた伝記で読んでた途中の挿絵にはラーヒズヤのオジサンが描いた太陽の紋章と瓜二つ。………もっとも、伝記の内容があまりにも凄惨だったからよく覚えてた訳だけど」
「………それは、どういった話なんだ?」
「………心して聞いて」
彼女の力強い念押しに首を縦に頷く。唐突に妙な緊張感が部屋中に漂い始め、この雰囲気に思わず生唾を喉を通らせる。彼女の漆黒に染まる双眸がゆっくりと瞼で閉じ込め、彼女の口からつらつらと物語の全容が紡ぎ始める。
―――その国には心優しいある英雄がいた。その人は突如として私たちの国に現れ、他国との戦いに身を投じ、獅子奮迅の勢いで活躍し、その圧倒的な力に敵は次々と屈服していった。体に太陽の刺青が刻まれ、その戦う勇姿からいつしか人々はその人を❝太陽の戦士❞と呼ぶようになった。
民衆からも国王からも非常に慕われ、愛されていた。未来永劫、一生安泰と思われていた。
しかし、ある日その英雄は国を裏切った。ありとあらゆる限りの悪事を尽くし、終いには国王諸共民衆を大量虐殺し、その国は滅んでしまった。何が理由で、何が目的かは現在も分からない。
唯一の生き残りである私ですら真相に辿り着く事が出来なかった。ただ、これだけは言える。その英雄は今はこの世界の何処かに潜んでいる。私はその太陽は❝死と再生❞を象徴していると考える。自国に勝利を齎した英雄がたった一人、たった一晩で破滅へと導いたのがその証拠だ。そして、私はその英雄を今ならこう呼ぶだろう。
―――❝堕ちた太陽❞、と。
「❝死と再生❞……❝堕ちた太陽❞………」
真反対の意味を兼ね備えている単語と皮肉交じりの物騒な呼称に思わず復唱しては自分の内側へとゆっくりと溶け込ませるように留意する。
過去に起きた体験を本人の主観や個人の生涯の事績として書き綴ったものが伝記と呼ばれている。それが昔であればあるほど時代を積み重ねていくほどほんのちょっとだけ尾鰭はひれがついてくる。謂わば、あまり信憑性が高い情報として立証の材料へとなるとは言い難い。
しかし、タミルが言っていた最近の伝記ともなれば話は別。彼女が引っ張り出したこれが本当だとすると、この依頼をあまり楽観視出来ない案件として捉えていくしかない。
とはいえ、
「国を救った英雄が悪逆非道を繰り返し、挙句の果てに祖国を滅亡へと導いた、か。しかもたったの一人となりゃあ、国際問題に発展するレベルだぞ」
誤魔化し半分でせせら笑ってみるものの相手の規模を鑑みてもあまり冗談で済まされる問題とはいきそうになさそうだ。もし反社会組織の首謀者がそいつだったと分かればこの街全体どころで被害が出るとは限らなくなる。
最悪、クベラ大国全土が焦土と化す場合も想定されるだろう。
そうならない為にも俺たちが絶対に阻止しないといけない。