Episode3:緊急の依頼
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場面は一変し、暫くずっと歩いていると先程の港町より人も町並みも大きく様変わりした。煉瓦が敷き詰められた地面が規則正しく、それでいて柔らかく湾曲している。町の正面向けば大きな噴水のある円形広場が見える。そこから奥まで伸びるように複数の道が続いているのが分かる。
道中には多種多様の露店が並び、十人十色の民間人が活気良い声が飛び交っていた。成る程、人混みに酔いそうな位に多過ぎる。
まあ、身を隠せるにはこういった場所が最適だ。
溢れる程押し寄せる人を避けながら前を進むとある露店の元気の良いおっちゃんがデカい声で呼び込みをしているのが目に映る。
禿頭が太陽の日差しで反射しているのが妙に気になって見ているとそのおっちゃんと目が合う。
「お?よお兄ちゃん!見ない顔だけど、旅の者かい?」
話し掛けられてしまった。コクっと首を縦に振るとおっちゃんは豪快に笑い声を上げると手招きしてくる。疑問に思いながら近付くとおっちゃんはするや否や俺の肩をバンバン叩いてきた。かなり強めだから結構痛い。
「そうかそうか!!お前さんここは良い国だぞ!これは俺の御裾分けだ!貰ってけ、な?」
「………どうも」
林檎を一個無料で貰えた。何ともまあ、愉快で破天荒な性格の人だな。去り際にも元気に手を振ってきて、姿が見えなくなるまで続けていた。この人ぐらいなのかと思ったらそうでもなかった。
立ち並ぶ木造の露店の前で客寄せしている店員と目が合えば笑顔で挨拶をしてくれたり、そのお店一押しの商品を一つ頂いたりと何かと気前が良い。寧ろ此方が申し訳ない気持ちになってくるレベルでどんどん荷物が増えていく。
人々と触れ合っていく事で分かる、この国の人情の厚さが。まるで太陽みたいに元気で生命力溢れる活気がそこら中から飛び交っている。
ここまで人が良いのは恐らく国王の影響だろうか。国王の温かい性格によってこの国の民も触発され、人と人同士で争う事なくお互いが支え合い、生きている。他国から来た俺にさえこうも優しく振舞っているのだから。
クベラ大国の形成されたこの在り方が貿易国家とまで称呼されるようになったのも頷ける。
「近くに多分宿屋があると思うんだけど………って、何その荷物の量は?」
そんな俺の傍らでずっと目的地を探していたタミルが此方を向いては両手では収まり切れない程の御裾分けを訝しそうに見てくる。
「い、いやあー………何かよく分かんないけど、色んな人に貰っちゃってな………」
「何でもいいけど、取り敢えず通行の邪魔にはならないようにしなさいよ?」
まるでお母さんみたいな口調で俺を窘めると再び前を向いて歩きだす。はいはいと彼女には届かない音量の返事をして、後を追いかける。
そして、暫くずっと歩き続けていると、
「―――あったあった!ここだよオゼル」
「………わあーお」
彼女が指差した方向に目を移す。そこは、他の建物と同じ木造建築ではあるが少し大きめな三階建ての宿屋だった。見たところ年季の入った感じの外装で、なかなかどうして悪くない。
「ここはただの宿屋じゃなく、ギルドも一緒に経営してて、ギルドに所属している者はおろか無所属の傭兵も受付で依頼が受注出来るみたいだよ」
「ふぅん、成る程ね。今までの宿屋より一段と大きいのはそういうのが備わっているからか。大きい町だし稼げそうな依頼あるといいな」
今更だけど俺たちは色々な国を点々と移動しているから何処にも所属していない為、国からの援助金は一切無い。なので生活資金は基本的にこういった依頼をちょくちょくこなしては暮らしている。
「そうね。取り敢えず部屋空いてるか確認とらないと」
「空いててくれよ。ふかふかのベッドと暖かいご飯が欲しい」
これらがないとモチベーションも上がらないので部屋が空いている事を願いながら、宿屋のドアを開ける。
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「―――あっぶねぇ」
幸いにもちょうど二部屋空いてた。仮に一部屋しか空いてなかったら、同じ部屋の中、こいつと同じベッドで寝る事になるのかと心配したがこれで食住確保完了。何かと問題が起こらずに済む事態に安堵の溜め息をほっと溢す。
宿屋に入ってみると広々とした空間であったのが第一印象。
入口の扉を開ければ聞き心地の良い音を鳴らして俺たちを歓迎する。テーブルに座って料理を肴に談笑している人、酒を飲んでいる人と様々で、まるで酒場みたいな場所であった。
奥に見える階段からは部屋に行けるのかもしれない。そんな階段への入り口の隣には幾つかの窓口が並んでおり、そこらに何人かの受付嬢が立っていた。そのうちの一人の受付嬢と対面しているのが今の状況となる。
部屋の予約が無事に確保し、次にやるべき事は………。
「あ、あとここで依頼を受け付けていると聞いたんだけど……いいですか?」
変な言葉遣いで受付嬢に追加で問いかける。あまり慣れなくて本当に苦手だな、丁寧語。
すると受付嬢は、
「はい、依頼ですね。それでしたらこちらでも受け付けていますよ」
テキパキと様々なジャンルの依頼の紙をたくさん見せてくれた。仕事早くて助かるよお姉さん。
「最近ですとこの町近くに活性化した原生生物の駆除、物資運びのヘルプ、薬草採集などありますね。それぞれの難易度に準した報酬金をこちらでご用意しますがどうなさいますか」
依頼の紙を見せながら説明してはくれるが正直この程度の依頼は今まで多く経験してきているから大丈夫なんだよな。しかも色々と目を通してみると殆どが雑用でまともなのがない。まあ、これぐらいしかないってことはこの町は相当平和なんだろうな。
さてと、どうしたものか。
「原生生物の駆除ならいいんじゃね。この数に対して良い報酬金が貰えるし」
ほぼ妥協みたいなもんだけど、その依頼の紙を持ってタミルに提案してみる。
「うーん………」
だがそんな俺にも目もくれず顎に手のひらを添えて考え込んでいた。彼女の目線の先に少し気になる文章が記されていた。
「❝緊急依頼❞………?なんだこの依頼」
「❝一年前からこの町に潜む❝反社会組織❞の輩がここ一週間に掛けて過激化。憲兵を襲うだけでなく、民間人からも金品奪う等の悪事を働かせている。特に日の沈む夕刻に出没しているが、彼らが何が目的なのかは未だ定かではないが、万全の体勢で是に当たり掃討せよ❞………、か―――」
依頼者の書いたであろう情報を読み上げたタミルは受付嬢にその紙を見せつけながら話しかける。
「この依頼について詳しく聞きたいのだけど良いかしら」
受付嬢はその紙を見ては直ぐに表情を曇らせる。
前言撤回。どうやらきな臭くなってきたな。恐らくこの依頼がこの町、国にとっての最大の問題なのかもしれない。
「………わかりました。そうしましたら、二階の奥に進みますと大きな応接間がありますのでそちらで詳細を述べさせていただきます」
そう告げると一度お辞儀をし、後ろの奥の部屋へと引っ込んで行った。
「どうも、穏やかじゃないな」
「そうね」
依頼を受注出来たら部屋でもう一度横になろうなんて予定など一瞬にして消え、俺たちは早速階段を上り、二階にある応接間に向かうのであった。