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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第2章 古代剣闘国家編
33/35

Episode32:鬩ぎ合い


 その人物の登場を目の当たりにした俺を貫いた衝撃は、或いは謁見の間で受けた依頼の子細と師匠の裏事情、そしてポセイド帝国の暗躍と度重なってきた衝撃の中でも群を抜いていた。


 この広間には俺たち四人、現行犯であった動かずの木製人形を含めれば五人と認識していた。他にもいるのではないかと室内を見渡してみても誰一人と存在していなかった。ティベリウス帝の意向もあって外部に依頼が漏れる心配もなければ、周囲に妙な気配りもせずに思う存分に話せる空間の中に師匠の呼びかけによって不可思議な現象を伴って一人新たに現れた。しかも、気配何一つ感じさせずに、だ。

 感知能力に優れているくノ一のタミルの顔を横目で確認してみれば、冷や汗を流し、目を大きく見開いている。その反応の意味を問い質す必要もない。彼女ですら感知できなかった。それだけで金髪の女性が如何に卓越された能力を有しているかが分かる。


 それでも師匠は彼女の存在を見抜いていた。そして、相手も大して驚く素振りを見せなければ逆に師匠の観察眼に感服していた。今しがたちょっとだけではあったが昔からの知り合いとも聞いて取れるほど緩んだやり取りとは裏腹に、互いの目が笑っていないことに気付いた。

 彼女の登場から時間がどれくらい経ったのか。時間が停止している錯覚に陥る。口の中の唾液がいつの間にか乾燥していた。二人の間に走る不穏な空気から生じる事態がどんな形になって引き起こされてしまうのかを、俺は固唾を飲んで見守る。

 

 そんな停滞が支配しかけた広間を真っ先に割って出たのが二人のどちらかではなく、金髪の女性の隣に居座る男による、


 「またか、シェイラ」


 呆れた声と共に軽く彼女の頭をはたいた音であった。

 「いて」っと。空いた片手で痛みを押さえる彼女が手を出してきた彼の方に面を向ける。


 「さっきの会議と同じこと言わせるな。いつになったらその癖が直るんだ」


 「最初からいたんだから別に問題ないでしょティーべ。それにこの登場の仕方はそこのお客さんたちに向けてのサプライズの一貫として演出したつもりよ。まあ、ぺルゼラさんの前では意味はなかったみたいだけど」


 「………言葉遣いも気を付けろとも言わなかったか」


 「はいはい。そうでしたね。―――と言っても、今更無理に意識する必要なんてないと思うよ」


 振り返りながら少し視線を落とし、俺たちの顔をじっと眺めてくる。彼女が発した言葉の含有する意図が何なのかは俺とタミルには一考を要するものであったが、それも唯一除いて唇を緩めた女剣士が一人理解していた。


 「そうだぞ兄ちゃん。あたしたちしかいないし変に取り繕わなくてもいいんだから」


 「仮にもオレは一国の皇帝だ。例えお前たちしかいなくても常に世間体の前では皇帝としての威厳を振舞っていかなければオレ自身示しが付かない」


 「頭がお堅いティーべ。いつからそんな古風な考え方に変わっちゃったのかしら」


 「昔からそうだ」


 「いつもそんな感じだから実年齢よりも老けて見えるようになったんじゃない? 少しは昔みたいにすればいいのに。あの頃の方がまだ可愛げがあったわね」


 「お前のよく分からない言動に毎回振り回されているオレの身にもなってから同じ台詞吐けよ。むしろお前が若く見え過ぎるんだよ。若返る薬でも服用して年齢詐称してんじゃないのか」


 「女性に対してその質問は不躾じゃない? どうしますぺルゼラさん」


 「クスン。泣いちゃう」


 「明らかな嘘泣きしながらこっちをチラチラと見るな。………全く、お前たちはどうしてこうオレを困らせるんだ」


 ………。

 さっきまで張り詰めていた緊張感は何処にいった?

 それに、この金髪の女性。どことなく師匠に似ている。同じ性格の女性に挟まれて狼狽する皇帝の絵面がこんなにも惨めに映るのか。

 ティベリウス帝、苦労してきたんだな。



 「ぺルゼラさん。下らない冗談は止めてちゃんと説明してくれませんか。正直、目の前にいる女がどうにも気味が悪くて仕方がありませんので」


 ここで脱線してしまった話の流れを戻すよう促したタミルの声を聞いた師匠は「そうだったね」と返事してから依然と変わらない佇まいで目の前の金髪の女性に再び目を向ける。


 「メディオラ帝国の現皇帝ティベリウス・トゥッリウス・メデュラの側近を務めるシェイラ・ペトロニウス。兄ちゃんとは即位した当初からの付き合いで以前の依頼の際にもお世話になった帝国唯一の宮廷魔導士でもある」


 「どうも~初めましてお可愛いお客さん。シェイラでーす」


 師匠の紹介に応じてひらひらと掌を揺らして軽々しく名乗り上げる金髪の女性―――シェイラさん。

 厳格なティベリウス帝とは真反対で物腰柔らかで穏やかそうな雰囲気が漂う麗人。見た目からすればおそらく彼とほぼ同い年だろうか、或いは俺たちと同年齢か。皇帝の側近という堅苦しい役職の割には随分と若く、人当たりが良さそうにも見えるのだが。

 

 「さっきはゴメンね。ちょっとした出来心でやったことだから。けど、どう。驚いた?」


 「ええ、まあ急に陛下の横から現れるとは、って………うわッ!?」


 何の脈絡もなく突然と。左隣から覗き込む姿勢で顔と顔が至近距離に近づいていたのを一足遅れて気付く。

 え、今確かにティベリウス帝の横にいたよな? 会話が自然な流れ過ぎたせいで一瞬何が起きたのかを理解出来なかった。

 

 「ん? どうしたのさっきからボーっとして」


 「え、ちょっと。ち、近いッ―――!」


 ふわりとマルメロの匂いが鼻を刺激するこれは世の男性なら瞬く間に虜にしてしまうような誘惑の香水に動揺も相まって離れようと必死に後退りするも魔性の女はニッコリと微笑みを浮かばせつつ小首を傾げては俺の焦り具合を汲み取らずに距離を更に、また更にと詰めていく。

 ここで、

 

 「シェイラさん。いい加減にふざけるのだけは止めて下さい」


 後ろから不快感を露骨に出すタミルの制止の声が入る。そして、彼女の手には苦無が握られており、明らかに敵意を向けられていることにも拘らずシェイラさんは表情を崩さずに暫く膠着する。


 「フフフ。可愛いわね」


 余裕綽々、泰然自若といった反応だろう。

 タミルなんて洟も引っ掛けないで一笑を付すと半歩引いて今度は俺の顔を―――いや、正確には眼帯している右目を興味本位でじっと見詰めてくる。


 「………その右目。何かしら、不思議な力を感じる。魔力? うんうん、それとは全く別の………」


 何やらブツブツと呟きだしたシェイラさん。

 次から次へと自由気ままに言動に移していく姿にただひたすら困惑する一方だ。

 すると、


 「シェイラ。もうその辺にしてさっさとこっちに戻れ。オゼル君たちを困らせてどうする」


 ティベリウス帝のお叱りの御言葉によって流石の彼女もようやく身を引くと踵と返して彼の元へと戻る。

 ―――しかし、それも普通に歩いて戻るのではない。また、目の前で不可解な現象が起きる。


 一回瞬きをした直後にはもうその場にはおらず、ばっと振り向けばもう既にティベリウス帝の隣に立っていたのだ。冷や汗が額から頬へと伝い、床へと垂れる。意識は常に彼女に集中はしてはいた。それなのに予備動作すらなく、まるで光の速さで瞬間移動したとも思わせるほど一瞬の出来事に唖然とするしかなかった。

 

 「ンフッ。また驚いてくれた。顔に出易くてこっちとしても驚かし甲斐があって楽しいわぁ」

 

 愉快気に口元に手を当てる艶やかな彼女に背筋がぞわっと悪寒が駆け巡ったのを感じた。

 くっそ! さっきからいいように弄ばれてる気がする。

 あの女に一泡吹かせてたい気持ちが湧き出てくるもこの状況下においてまずやるべき事態の収拾に取り掛かるのが先決だと自分に言い聞かせ、一旦は自分の心の隅っこに放置することに。

 

 「………」


 何かと以前に出くわしたあの変態青髪の件を彷彿させているのだろうか、同じ魔法使いで腹の内が読めない相手という点で似通っている部分に彼女は依然と変わらずに睨み付けては警戒網を張っている状態だ。

 いずれにしても、第一印象はお互い良いものではなかったのは確かだった。


 「こらこらシェイラ。積もる話は後ほどたっぷりと設けるつもりだからさ、アンタはまず目の前の問題に専念しといた方がいいんじゃないかしら?」


 なんやかんやでここで師匠が再びシェイラさんに対して先程の話の本筋に戻してくれた。


 「あら。それはどういう意味かはお聞きしてもよろしくて?」


 「ふん。最初から聞いてた癖してよく言うわね。ここまで嫌疑に掛けられているのに肝が据わっていられる。分からないかしら、自分の心に問い掛けてごらんなさい。思い当たる節がたくさんあるでしょに」


 「んー、そう言われてもこれといった疑われるような真似はしてこなかったからな………ほら、私面倒事は避けたい質だからさ」


 なんか同じ台詞を別の人から聞いた気がするけど、とりあえずここは場の流れを尊重し堪える。


 「じゃあ、あたしが持ってるこの人形をどう説明するつもりかしら?」


 「あら、それを私が陰で遠隔操作してたって言いたいの?」


 「ここの国でそんな芸当出来る人間が他にいるとでも? 残念だけど、それは有り得ない。近年メディオラ帝国は魔道具製造にも着手し、誰の手にも簡単に魔法が扱えるようにしているのは他ならぬ兄ちゃんの政策によって進められてきた。でも、実際は小手先が効ける程度であって実用性として用いられるのは帝国軍のみ。そうでしょ、兄ちゃん」


 話を振られたティベリウス帝は師匠の問い掛けにこくりと肯定する。


 「ああ。民間人に回っている魔道具は身の安全を守る護身用であって決して戦闘向きとは言い難いのは事実だ。かと言って、帝国軍が装備させている魔道具は帝国全土の人口比率と魔道具の生産量を考慮した上で帝国軍よりも最優先に民間人に与えてきたから実用性がある魔道具を使用できるのはごく僅かの将校のみだ」


 補足説明したティベリウス帝の横でシェイラさんは顎に手を置き、銀色に煌めく双眸を細め、


 「つまり、国内において魔法で人形を遠隔操作しては襲撃出来るのは私しかいないと。そう言いたいのですねぺルゼラさん」


 「当然、そうなるだろうさ」


 悠然と頷く師匠に、シェイラさんは隣に居座る自分が敬う皇帝陛下にと目を遣る。向けられた当の本人は彼女の意図を読み取り、ゆっくり瞑目する。


 「………お前を連れてきたのはこういう意味だ。オレ個人お前を庇いたいのは山々だがな。だが、これはお前自身が招いた疑いだ。それ相応の弁解をこの場で示せ」


 「そんな横柄だよティーべ。あんまりだぁ………」


 がっくしと頭を垂れた様子で落ち込むシェイラさんだったが否応なしに自身がこれまで掛けられたであろう疑いを晴らさんとすべく即座に立ち直りを見せ、


 「まあ、しょうがないよね。ぺルゼラさんにこうも言われちゃあ黙っていられないし」


 若干涙目になりつつ師匠の推理に応対する姿勢になる。

 しかし、ティベリウス帝や師匠からもこうも疑われるなんて今まで不審がられる動きをしてきたか何となく目に見えてくる話ではあるが。

 

 「それじゃあまず、ぺルゼラさん。その人形を遠隔操作できるかと言われれば出来なくはないと思います。私はこれでも帝国一番の魔法使い、ティベリウス皇帝陛下の側近として恥じぬ最強の宮廷魔導士であると豪語してます。その気になれば帝国中の国民はあろか世界中の誰が相手であろうと簡単に命を奪える自信はあります」


 「!? シェイラッ!」


 何が出てくるかと思えば、とんでもない不興を買う発言にティベリウス帝は驚きを隠せずにいた。それは当然俺たちも一緒である。彼女の悪びれもない様子は物騒にも駄法螺を吹いてるようにも見えない。彼女の目は本気だ。あまつさえ、実際に彼女の瞬間移動を目の当たりにしていたからこそ、その発言がより現実味を帯びていた。

 そんな俺たちを余所に彼女は話を続ける。―――それも、鋭い眼光を飛ばして。


 「反逆なんていついかなるときでもやろうと思えば手を下せます。なんなら、手始めにこの場にいる全員が相手になりましょうか。特にぺルゼラさん。世界最強の剣術使いと戦えるなんて本望ですよ。相手にとって不足じゃない」


 「………へえ、面白い話ね。それはあたしとしても申し分ないお誘いなこと。それにあたしも一度本気で帝国最強の魔法使いと一戦交えてみたかったの。―――どっちが一番強いのかを」


 ぶわっ、と二人を中心に周囲から暴風が巻き始めた。

 それは肌を劈くほどの強力な圧迫感を伴う暴風であり、二人の周囲だけを取り巻いていたそれは次第に広間全体に行き渡り、全ての諸物にその圧迫感によって少しずつ亀裂を発生させかける。


 「師匠!?」

 「ぺルゼラさん!!」


 「シェイラ!!」


 一触即発寸前の二人に俺たちは声を荒げる。

 冗談じゃない! 今この場でもしこの二人が本気で衝突となれば謁見の間はおろか城全体―――いや、最悪の場合には街にまで甚大な被害が被る。

 この人は一体何を考えているんだ?

 師匠も師匠だ! どうしてそんな挑発に易々と乗っかるんだよ!?

 

 拮抗する広間に風が絶えずに颯々と響きを立てる音のみが耳元を過ぎる。しかし、それもほんの数秒には次第に衰えを見せ始め、やがて元の無風状態に戻る。



 「………クスッ、冗談ですよ。これもほんの遊び心。ぺルゼラさんと戦おうなんて愚行にもほどがありますのでね。皆さんもお騒がせしてすみません」


 ニコッと微笑みを投げ掛ければ普段の穏やかな表情に一転。取り戻した顔つきに師匠も腰元の斬鉄剣から手を引く。

 無事に戦闘を免れた安堵にホッと胸を撫で下ろす。

 やれやれ、シェイラさんの演技じゃなかったらどうなっていたことやら。

 そう考えただけで背中の冷や汗が止まらない。


 「………なんだ、つまらないの」


 おい、こいつ今とんでもないことぼやいたぞ。


 「さて、確かに先程も言った通りにその気になれば人形を遠隔操作して帝国を滅ぼすことも可能です。しかし、帝国を滅ぼしようにも私には真っ当な理由がございません。理由もなしに滅ぼそうだなんてそれはただの無差別に殺人を犯す殺戮者と同然の考え方にもなります」


 厳かに、細身の腰を折りながら朗々と語るシェイラさん。

 それに、と。

 ティベリウス帝に身体を向け、


 「私には報いるべき大切な恩義が❝ここ❞にあります。それなくして私はこの場にはおられません。代々受け継いできた伝統溢れる歴史と文化と、帝国中誰よりも真っ先に奔走し続けてきたティーべの努力を無駄にはしたくない。これが、私の弁解です」


 「シェイラ………」


 ポンッと肩に手を置いて満面の笑みを彼に放つ。ティベリウス帝は勿論、俺たちも彼女の心の底から思っていたであろう本心を垣間見た気がした。

 その一部始終を見届けたであろう師匠はと言うと何やらにんまりと厭らしい表情を浮かべていた。

 

 「ほほ~う。んまあ、シェイラの国に対する気持ちも兄ちゃんに対する熱々な想いも十分に拝められたことですし、この話は無かったことにしましょか。そもそも、アンタが国を裏切るようなんて最初(はな)から疑ってなんか微塵もなかったからね」


 「うふふ。嬉しいことこの上ない褒め言葉です」


 茶番劇を繰り広げられていたのかと疑うほどに緩急激しいやり取りではあったが、この師匠とシェイラさんの間にもどこか良い信頼関係を感じさせる。


 「兄ちゃんも今はこれでいいでしょ?」 


 「え? あ、ああ………そうだな」


 心成しか彼の顔が明るくなったように見えた。

 おそらくは先程の彼女による挑発じみた冗談によって戦闘が起こらなかったことと連続襲撃事件の実行犯の容疑が晴れたことによるものだろう。

 これがもし彼女による犯行だった場合、彼の手によって制裁が下されたのは間違いない。

 そんな最悪の結末にならずに済んだわけである。


 しかし、だからといって安心するにはまだ早い。まだ本質的な問題が未だ残ったままだから。



 「―――とまぁ、次に問題となってくるのがやはりコロッセオの裏側の調査かしらね。ここはあくまで憶測の範疇に過ぎないわけだけど、少しでも可能性の芽を摘み取っていく必要がある」


 「しかしだな。オレでも許可が下りるかどうかも定かではない場所だ。まさか強行突破なんて言い出すんじゃないだろうな?」


 「安心しなよ兄ちゃん。いずれ奴さんから尻尾を出すのを見計らってここは一旦様子見といこう。万が一の場合はそうせざるを得ないかもしれないけど」


 「おいおい。あまり大事に発展させるのだけは勘弁してくれ」


 「はっはは。ぺルゼラさんならやりかねないわね………」


 師匠のことだから猪突猛進の勢いで正面突破とかしそうだもんな。それで今後の調査にどう悪影響を及ぼすかなんて想像し易いのも明白だ。

 勿論、多少の思慮分別を持ち合わせていればそんな心配はしなくて済む話ではあるが、捉えどころのない師匠だからこそこの場全員が少なからずそう思っているだろう。

 

 「しかし、コロッセオばかりに目を向けているわけにもいかないわ。またどこかで別の人形が現れては暴れるかもしれないし、それも視野に入れといて憲兵隊と合流し、引き続きで捜索と同時並行で遂行していく。そのためにも色々とあたしだけでは物足りないと思っててね」


 そう言うと後ろを振り向く師匠は俺たちに指を差す。


 「そこでアンタたち二人にはコロッセオに観客として潜入して欲しい。出来れば普段と変わらず怪しまれない格好してこいつと同じ黒ローブが戦っている様子を見て、噂の真偽をその目で確認してもらおう」


 「………別に構いませんけど、本当にそれだけでいいんですか? 私の忍術で潜入して早急に問題を解決に導く事も容易ではありますけど」


 「それは厳しいかと思いますよ」


 確かにタミルの影分身があれば問題なくコロッセオの裏側に忍び込むことも出来る。そんな彼女の提案もシェイラさんがすぐに難色を示し、首を横に振った。


 「あそこは一見何もないように見えて内側から強力な結界が張られています。私も一度中に入ろうと転移を試みましたが弾き返されてしまいました」


 「ふむ。それは初耳だな。お前でもどうにか出来なかったのか?」


 「魔法の類であれば難なく解除は可能だけど、どうやら魔法とは別の能力が行使されたわ………」


 「そんなものがあるとは。しかし、この国に魔法以上の高等技術があるとは考えられん。それがコロッセオに、か………」


 「いずれにしても、ここでずっと悩んでいても堂々巡りでしょに。それも込みであたしたちに任せなさい兄ちゃん。何とかしてみせるから」


 新たに加わった結界の存在を聞いたティベリウス帝が腕を組み直し、唸るように訝しげに眉を顰めた。 そんな彼とは対照的に高揚と答える師匠を見て、


 「それもそうだな。ならこの件もお前たちに任せる。オゼル君とタミルちゃんもどうかよろしく頼む」


 「任せて下さい」


 「微力ながらもお力添え出来れば」




 ―――こうして俺たちは今後の方針を固めて、本日の話し合いはここで終了したのだった。


 この国に蔓延る反乱因子を払拭すべく、俺とタミルはこの地で偶然にも巡り合わせた師匠・ぺルゼラとともに謁見の間から退室した。

 気付けばもう黄昏ていて、高く澄み渡った空に夕焼けの色が流れている。赤く火のよう燃えている街並みを展望する中で一際濃い紫色をして居並んでいる円形闘技場の姿がくっきりと描かれていた。人々がもう帰宅する時刻にも関わらずにそこだけはまるで蟻のように人影が蠢いて見えた。


 この先に何が待ち受けているのかは分からない。それでも俺は明日から始まる調査に備えて、宿屋に戻ることにした。





 *** *** *** ***





 「―――ねえ、ティーべ。あの眼帯の子。もしかして、例の?」


 「ああ、ぺルゼラが言ってたポセイド帝国で人体実験を受けてた子だ」


 「そう。じゃあ、あの右目には」


 「おそらくな。❝あいつら❞が言ってたのが本当だったら、これから起きる戦後以来の大混乱は免れないだろから、もっと気を引き締めていかないとならん」


 「………」


 「心配するな。そうなる前に、オレが何とかする。父上が受け継いでくれたこの国を必ず守ってみせる」



 一呼吸置いて、



 「―――それが例え、大きな犠牲を強いられる兇悪な選択肢であろうとも………」



 二人しかいなくなった広間に、銀鈴の声音で悲痛の呟きを洩らした。



 

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