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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第2章 古代剣闘国家編
32/35

Episode31:暗礁


 緊迫感が満ち溢れる空間にティベリウス帝から放たれたのは思いがけない依頼内容であった。

 彼の言う❝裏切り者❞を指し示しているのはこれまで事件の首謀者である黒ローブというわけではなく、先程の言い振りから勘繰れば帝国内に反乱分子らしき人物が別として存在しているとでも思えた。

 もしそうなってくると、あまり大っぴらに口が裂けれない事案ではあるのは確かだ。仮にこの依頼を貴族や皇族関係者などにまで行き渡れば、内輪揉めにまで発展する。俺たち傭兵にこれを持ち出したのにも納得がいく。


 だが、それよりも―――、


 「そ、創始者?!」


 「そうだよ~。それと兼ギルド長もね」



 ティベリウス帝には申し訳ないけど依頼内容よりもまず師匠が傭兵ギルド・リベルタスの創始者だってことの方が衝撃を受けてた。

 ということは、世界屈指の傭兵ギルドであるリベルタスの中で最も権力が高くて、偉いってことなのか。師匠がただの傭兵ではないって意味がこれで分かった。



 「ぺルゼラさん。何故そんな重要なことを隠してたんですか?」


 「ん~別に隠していたつもりはなかったんだけど、どうにも言い出せるタイミングってもんが………なんかゴメンね」


 盛大な隠し事の暴露にジト目で問い詰めるタミルに頭に手を当てて、片目をつむり、舌を出して可愛げに謝る師匠。明らかに年増女の癖して若者ならではの誤魔化し方に無理がある………とまではいかず、むしろ低身長で童顔が相俟って妙にしっくりくる感じに腹が立って仕方ない。

 ………実年齢を訊いたことないから創設して何年経っているのかなんて質問はこの場では無粋と考え、心の奥底で押し留まったが。

 

 「そもそもですけど、創始者やギルド長とか凄い立場だったらそんな簡単に持ち場から離れられるもんなんですか? 椅子にでっかく構えては何もしないでひたすら下っ端をこき使わせてるのが想像するけど」


 「チッチッチ。ナンセンスだよ坊主。それは君視点でのイメージだろ? あたしが別に創始者だからといって何もせずにいると思ったら大間違いだよ」


 人差し指を振り子のように揺らして俺の疑問に否定を表した。


 「うちのギルドは傭兵であれば誰でも入れるようにしてはいるが、例え先輩や後輩といった関係性もなければ例外が生じない限りは指名制もない、不平不満を起こさない平和的な運営方針にした。勿論、創始者であろうともギルド長であろうとも依頼を受ける際は一介の傭兵として扱われるってわけさ」


 「随分と他のギルドより緩いんですね」


 「あたしとて色々と面倒事は避けたい質であるからこそ仕立てた運営方針ではある。何の制約にも縛られずに依頼を受けれるように。それこそ、リベルタスという自由の女神を冠するギルドならではの自由を体現するためにね。あと、依頼の斡旋を希望者に全部任せているし、あたしが居なくても円滑に運営させている」


 自由、か。

 リベルタスの運営方針はこの人の性格や思想が色濃く反映されているんだろうか。彼女の人望と信頼の厚さならではのギルドってわけか。ただ、あまり俺たちにそのような素振りを微塵も感じさせないから聞かされても尚彼女が創始者だって事実に半信半疑ではあるが。

  


 「―――だが逆に、自慢の子どもたちに回ってこさせない依頼を全てあたし自ら赴いて対処するようにもしている」


 と、さっきまでの誇らしげに語っていた彼女とは一変して急激に鋭くなった口調に空気が冷たくなったのを肌で感じた。やがて琥珀色に染まる瞳をゆっくりと閉じ、話を続ける。


 「無理に危険を冒してまで依頼を完遂したとしてもそれは当人たちにとっては良い経験に繋がるだろうが、一度己の力を過信し、でかい戦場にまで出しゃばった者を何人も見て来た。その結果、誰も無事に生還してきた者は居なかった。………あたしは、そんな惨劇を二度と見たくない」


 「………」



 突如と過去を思い出す苦痛に眉根を寄せ、師匠の沈鬱な声音に俺は黙って聞いてるしかなかった。

 明るく、何事に対しても飄々とした態度で振る舞う彼女とは違う一面を垣間見た気がした。しかし、それも次の言葉を継げるときにはまるで何事もなかったかのようにニッコリと微笑むと、



 「―――とまあ、あたしの話はここで終わりにしましょ。長話になって本来の目的を失いそうだし。ここは❝あたしの影響を強く受けて行動に移してきた人❞にバトンタッチするとしますか」


 

 この空気に耐え切れなかったのか師匠は自身の話をここで打ち切らんと手を何回か叩く。そして片目だけを開け、依頼主のティベリウス帝の方に視線を送る。

 ていうか、今さらっと気掛かりな言葉が聞こえた気がしたが―――、


 「兄ちゃん。その❝帝国の裏切り者❞について彼らに詳しく教えて頂戴な。兄ちゃんが思うこの事件の真意とやらを、ね」


 「………もうこの際とやかく言うのに躊躇いすら覚えるな。今後ぺルゼラに依頼するときはその矮小な脳漿に徹底的に叩き詰めといた方がいいのか………」


 後頭部を掻きながら己の伝達能力の低さによって与えられた課題への次善の選択に嘆き、彼女の進言を仕様事なしにと玉座に再び腰を下ろし、一度鼻息を吐くといよいよ本題へと戻る。


 「―――メディオラ帝国は彼の世界大戦以前より建国されてから半世紀間不変の古い歴史を誇ってきた。他国が❝三天神❞と呼ばれる絶対神、救世主を崇め奉る風習に流されずに常に我が大道を歩み続け、より良い情勢になるよう奔走し続け、一切淀みの無い現今の安寧秩序を実現させてみせたが、それも幾つかの問題にぶち当たっていたのも確かだった」


 安寧秩序とはだいぶ大きく表現したな、なんて言うのも実質大方間違いではない。

 今日初めてこの国に訪れ、一目見れば感じる皆誰しもが満ち溢れる活気に圧倒されていた。加えて、商業施設や娯楽施設と各々の需要を的確に掴んでは何処かしこも門前市を成している。

 他国から侵攻される脅威も無いまさに平和を享受する国だ。


 こんな非の打ち所がない栄華を極めているのに、どこに問題があるのかと疑問を浮かべていると隣でずっと腕を組んで黙っていたタミルが口を開く。


 「❝奴隷❞ね」


 「………そうだ。特にこればかりは長年に渡って未だにまとまっていない」


 彼女の導き出された答えにティベリウス帝は少し面食らったようだけど、どうやら図星みたく難儀そうに眉を顰めている。

 ❝奴隷❞。同じ人間でありながら所有の客体即ち所有物として扱われる者であり、人権そのものを剥奪されて所有者の全的支配に服従し、労働を強制され、譲渡や売買の対象とされる。

 俺たちも各国を旅している際に時々見かけていた。その都度俺は昔を思い出し、胸糞悪くしていた。

 

 「この非人道的な制度には若き頃からずっと気に食わなかった。漸くオレが在位してまず最初に奴隷制度の撤廃に取り掛かり、多くの反対を押し切って撤廃する方向になった。奴隷たちも無事に解放されて晴れて自由の身になったと思っていたが………なかにはこれが良い気分とは言えず、陰でコソコソと動く者が出てしまった」


 「そりゃあ奴隷の労働力で商売している者からすればたまったもんじゃない筈さ。なんせこの国は昔から奴隷によって繁栄を支えたといっても過言ではないからね。極左勢力が出てもおかしくないわな」


 師匠も過去にこの国に来ているからこそ分かる観点だろう。これまで一部の慣習に取り入れていた制度を無くすとなれば誰しもが納得のいくわけではないし、良くないと思う人もいるに違いない。

 少なからず、ティベリウス帝もこうなることを予見はしていたのか師匠の小言を言い返せずにいた。


 「陰で奴隷を売買してる奴らを摘発していけばいいんじゃないんですか? そうすればいずれ奴隷に頼らずに生活していく方向に流れていくんでは………」


 ここで俺なりに考えた案を提示して見せたがティベリウス帝は聞くや否、首を横に振る。


 「………数が多過ぎて根絶やしには到底かなわん。ましてや、我が国は世界でもかなりの土地を所有しているため、虱潰ししていくのは相応の労力と時間を必要とする。一か所摘発したと思えば別の場所で、別の場所を摘発すればまた別の場所と奴隷売買が際限なく行われていて正直お手上げといったところだ」


 「前に依頼で頼まれていたのがあったって言ってたのは実はこの奴隷売買の摘発に呼ばれてたってわけ。一年かけて全域を駆け巡っても無駄だったし、今回も帝都内で摘発してたけどキリがないね」


 「い、一年!?」


 どれだけの大規模なんだ。

 てか、師匠ですらそんなに手こずるのかその問題は。


 「一般市民だけではなく、皇族や貴族といった富裕層にとっても奴隷の労働力は欠かせない。かつて摘発した奴隷商人が皇族と繋がっていた事例も挙げられているくらいだ。もうその後はこれといった事例は無くなったが、おそらくはまだ他にもいるに違いない」


 「そんな………それじゃあ」


 「残念ながらこれが現実だ坊主。結局こういった綺麗事をしたとしても奴隷は今でも知らぬ場所でこき使われている。兄ちゃんは奴らにとって、目の上のたん瘤みたいな存在だからな。ああだこうだ言ってもはい、そうですかと素直には聞かんよ」


 全くもって甚だしい。どうして同じ人間にも拘らずそんな非倫理的な行いを平気でやれるのか理解に苦しむ。

 俯き、無意識に拳に力を込め始め、沸々と湧き出る怒りを抑える。


 「………オゼル」


 隣で心配そうに声を掛けて来るタミルに俺は大丈夫だと返事をする。


 「オゼル君………だったね。ぺルゼラから既に君の事情は聞かしてもらっている。君にとってもこういう話はあまりよろしくなかったな。………すまなかった」


 「………いえ、別に陛下が謝る必要はないです。ただ陛下が行ってきた政策によって命を救われた奴隷たちがいる事実だけでも安心しています。一人でも多く、俺みたいな人間が救われたらなって思ってます」


 「………そうだな。君の言葉、努々忘れぬよう精進する。ありがとう」


 ティベリウス帝は丁寧に、そして俺の過去を詮索した事に対する謝罪を加えて感謝も述べていた。 

 師匠は一体何を話したんだ。色々と気になるところではあるが、ここは控えておくことにする。

 

 「ここまで奴隷制度を巡る問題を抱えていることを踏まえて、我々が今直面している昨今の連続襲撃事件との関連性を考慮したところ、発生当初の数週間前ーーー正確には四週間前の同時期にある出来事と出会していたのを思い出した」


 「何かあったんですか?」


 「―――❝ポセイド帝国❞がやってきた。と言っても、兵士若干名と女性の使者だけだったが」


 タミルの問い掛けに応えたティベリウス帝の言葉に思わず顔を上げてしまう。

 ポセイド帝国ッ………!

 まさかここにまで来ていたなんて。


 「何しに来てたんですか………まさか、侵略?」


 「侵略………まあ、オレも最初はそうだと思って身構えていたが意外にも交渉を持ち出してきたのは驚いた。それに、交渉内容があまりにも突拍子なくて逆に鮮明に覚えている」


 「交渉、ですか? 一体何を………」


 その交渉内容を探り探り思い出すように瞑目しながらポツリと、



 「確か、❝圧倒的支配に興味はありませんか❞と、たった一言だけだったか………」




 一瞬、この場の時間が止まったかのように思えるほど長い沈黙が流れる。

 圧倒的支配? 何だそりゃ。

 あのポセイド帝国のことだからきっと裏があるのは間違いない。人体実験によって生み出した生物兵器の提供とかしそうだしな。

 まあ、いずれにしても不気味であることに変わりはないが。

 

 「圧倒的、支配? そりゃまた御大層な。それ以外は特になかったのかい?」


 「その一言と一緒に奇妙な水晶玉を取り出してきたな。魔道具の類かと警戒しつつ、うちの宮廷魔導士に魔力感知してもらって調べてみたが、どうにも不思議なことに何一つ感じ取れなかったそうだ」


 「それで、その水晶玉はどうしたんですか?」


 「勿論不要だと断って追い払ってやった」


 おお。ポセイド帝国相手にも屈しないのは流石。思わず感心してしまった。

 

 「だが、帰り際にもまた意味深な一言を残していった。それもかなり曖昧な表現でな」


 「………それもお聞きしても」


 ティベリウス帝は「ああ」と相槌を一回して続ける。


 「❝コーニュコピアへの恩恵、指し示さねば神は嘆き悲しむだろう❞………だったか。全く意味が分からなかったから軽く受け流したけど」


 確かに、よく分からない。

 どういう意味なんだろうか。

 そもそもコーニュコピアってのはなんだ? その恩恵とやらを指し示していかないと神様は悲しむってことか?

 

 「❝コーニュコピア❞………❝豊穣❞か」


 「ぺルゼラ。お前何か知ってるのか?」


 ボソッと呟いた師匠にティベリウス帝は反応したが、「いや」と肩を仰々しく竦めてみせた。


 「兄ちゃんも知ってるテサロ二クス図書館の地下深くで似た内容の文献があったのを思い出しただけで、そんなに詳しくは分からない」


 「ただ」っと前置きをして、


 「内容通りに動かなければ神の天罰によって国が滅亡の危機に瀕するとも書かれていたのは覚えている」


 師匠の言葉に一同の表情が氷のように凍ったのを感じた。それはティベリウス帝も例外ではなく、眉間に手を抑えて暫く考え込むと、深い溜め息を一度洩らす。


 「滅亡、か………それはまた物騒な。あまり信じたくはないが、全く同じ言葉を投げ掛けられた日に連続襲撃事件が発生したのは確かだ。今思えば、それがこの騒ぎの前兆だったのかもな………」


 「そうなってくるとポセイド帝国が訪れた日と被ってるんだったら、この事件に最も関与してるのは自然とポセイド帝国じゃないですか? 明らかに不審過ぎる置き土産残してきてるわけだし」


 浮かんだ疑問を口に出し、ティベリウス帝に向けてみせる。彼はちらりと俺を見下ろし、小難しい表情を浮かばせながら、


 「確かにオレもそのつもりで調査を進めていた。けれど、それも直ぐに無駄骨で終わった」


 「え、どうしてですか?」


 「簡単な話、奴らは確かに意味深な言動を残して帰っていったが、❝ただそれだけ❞だった。その後の不穏な動きがなければ、決定的な証拠も見つからなかった。はっきり、我々も混乱している。ただでさえ悪評が絶たないポセイド帝国なのにここまで何もないのは不可解だ」


 目的が分からない以上は無暗に動けないんだよ、と補足して言い終える。

 なるほど。これは思ったよりも複雑な状況だ。

 何を考えて交渉に至ったのか現時点では皆目見当が付かない。

 しかしながら、はっきり言えるのが、


 「ポセイド帝国と何か裏があるのは間違いなさそうですけどね。少なくとも、国内に裏切り者がいる可能性はほぼ低いのではないでしょうか」


 「………そうであって欲しいものではあるんだがな」


 思い通りに事が運ばないことに対して歯痒さを覚え、表情により曇りがかかる。彼の淡い期待を込めた呟きに後押ししようと口を開こうとすると、


 「いや、これは国内に裏切り者がいると念頭に置いといた方が良いかもよ」


 ズバッと師匠の容赦ない断言が割り込んできた。一斉に視線が集中しても依然と変わらず彼女はタミルの方に顔を向け、


 「嬢ちゃん。❝あれ❞をここに出して」


 「………わ、分かりました」


 急に呼ばれたタミルも一度は驚きはしたが直ぐに凛とした顔となり、腰から札が吊るされている苦無を取り出すと後方にそれを飛ばし、綺麗な五角形を作った。

 手を合わせて呪文を唱え始めると次第に点と点を結ぶ幾何学模様の文字列が赤く発光しながら展開していく。


 「❝忍法・空間転送の術❞!」


 術名を叫ぶと五角形から白煙が立ち昇った。やがて勢いが落ち着いてくると中から人らしき物体が床に横たわっていた。黒ローブだ。ここに来る前に師匠が捕らえて、移動する際に目立たないようにと考えた師匠がタミルが持つ時空間術を利用させて暫く別空間に収納していた。

 玉座に座っていたティベリウス帝も目の前に出現した犯人を目の当たりにして、さっと立ち上がっていた。目は一際大きくして、その正体を金色の双眸に焼き付けんばかりにと見据えていた。


 横たわる黒ローブにまでコツコツと歩み寄る師匠は首根っこを掴んでは無理やりローブを剥いでティベリウス帝に見せつける。乱暴にされても尚微動だにしない黒ローブ。ボロボロにされて最早生体反応があるのかすら分からないであろう扱いであるが、俺たちはコイツの正体を知っている。


 それは、



 「………❝人形❞。予てからの報告で聞いてはいたが、まさか本当にそうだとは」


 露わとなった犯人の正体に愕然とするティベリウス帝。

 それは当然だろう。人を次々を襲っていたのがポセイド帝国でもメディオラ帝国の人間でもない。

 巧妙に作られていた人間にそっくりの木製人形であるのだから。

 

 「あたしですら一瞬騙されたくらいだもんさ。それに見てみなよこの忠実に再現された五体。人間そっくり過ぎて笑えてくるだろ。ほらほら」


 「そ、それはいいからッ! とにかく、お前が捕らえた人形に何か心当たりがあるのか説明してくれ!」


 いくら人形と言えども緻密に本物の人間に寄せているために所々が無駄にリアルで普通に人間の裸体を見せつけられているような錯覚に陥るし、目のやり場に困るな。もうだいぶ師匠に踊らされててお気の毒だよ。

 


 「いやあ、あたしとしてもこればかりは見過ごせない箇所があってね。これを兄ちゃんにも一緒に考えて欲しいんだけど。とりあえず―――これ、この国の紋章だよね」


 くるりっと人形の背中に刻まれている紋様が見えるように振り向かせる。

 そこには目の前に立て掛けられている旗と同じ月桂冠と双頭の鷲が描かれていた。


 「………ああ。それはメディオラ帝国の国章そのもんだ。しかし、不思議だな。我が国に等身大の木製人形があったなんて。市場で子ども用に作られた小さい玩具なら何度か見掛けてはいるが」


 「じゃあ兄ちゃん。この等身大の人形、普段どこで使われているか想像つく?」


 「使い道がいまいちピンとしない。子どもの遊び道具にしては随分とデカすぎるし、強いて言えば見世物小屋とかに置いてありそうだが―――」


 「それ」


 当てずっぽうに出したティベリウス帝の言葉に、師匠はパチンと指を鳴らした。


 「そう、これは基本的に市民の手に渡ることのない見世物小屋のような場所でしか用いられない道具だ。この国は娯楽文化に長けているし、これがあってもおかしくない。最も、兄ちゃんはここまで言えばもう何処にあるのか目星がつくと思うけどね」


 師匠に言われてから暫く眉間に皺を寄せて黙り込んでいたティベリウス帝だが、すぐにはっとした顔になって呟いた。


 「………❝コロッセオ❞か」


 ―――コロッセオ。通称・円形闘技場。

 メディオラ市民の誰しもが知っている有名な建築物である。帝都コンスチノーブルの南西に隣接しており、直径百九十八センチ、短径百六十六センチの楕円形で、外周壁の高さは五十八センチの規模を誇るまさにメディオラ帝国の代名詞とされている。約六千人は収容できるほどの広さでメディオラ市民のみならず国外からの観光客でごった返すほどの熱気で溢れている。

 そんな闘技場では魔物と戦わせる剣闘士や人と人が戦い合うといった血生臭い試合が繰り広げられているそうで、あまり良い印象ではない。

 


 「そのコロッセオで最近、素顔を隠しては奇妙な能力を使い、一騎当千してる者がいると小耳に挟んである。時期的にも丁度被っているから明らかに怪しいとは思うんだよね」


 「ふむ………なるほどな。しかし、これはまた難儀なことにそのコロッセオで戦っている約八割は剣闘士でそれらを奴隷解放を良く思わない者たちが管轄している。おまけに、元老院も携わっているから自由に動けんぞ」


 ここでもやはり奴隷問題が関わってくるのか。

 剣闘士によって得られる莫大な収益にはメディオラ帝国の経済効果にも繋がってくるのはこれまでの話から聞かずとも直ぐに理解した。

 それに、一番の稼ぎ場所が奴隷解放で潰れた場合に起こり得る損害発生を想定してみればいくら元老院と言えど無視は出来んだろう。

 行動を制限されているティベリウス帝にとってもこの状況に挙措を失いつつある。


 「んまあ、それもそうだけどさ、もう一つ疑問があるとしたら………仮にコロッセオの奴も人形だとすると一体誰が操っているのか、だよね。等身大の人形を憲兵と同等以上の動きを見せては奇妙な能力を人形で介して発動するには例え魔術師であろうが傀儡師であろうが至難の業。これらをそつなくこなせる人物はあたしが知ってる限りではたった一人しか思い浮かばない」


 と、眼光をより鋭く光らせてティベリウス帝の顔―――否、誰もいないはずの彼の右隣に向ける。


 「―――いるんだろう? ❝宮廷魔導士様❞?」


 直後、目の前で変化が起こる。

 ぐにゃりっと。まるで焦点がずれていく映像のように空間が歪み始め、そこから文字通り出現したのは手に赤い彼岸花を模した長い杖を持った金髪の女性。

 眼前に起きた光景に、視線をずらすことは出来ない。

 その女性はクスリと妖艶な微笑みを投げ掛けて、


 「流石はぺルゼラさんね。見事なお手前なこと」


 「最初から隠れていたことは分かってたのよ、シェイラ」


 二人から滲み出て来る不穏な空気。この張り詰めている広間の中に降りかかる緊迫感の連続に俺は息を呑むしかなかった。

 金髪の女性の登場によって、これがどんな影響をもたらすのか、決して良い方向に転ばない予感しか感じられない。


 師匠の言う通り。これは思いのほかややこしくなってきたぞ………。

 

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