Episode30:皇帝からの依頼
――――――――
――――――
――――
昨今の連続殺人事件に巻き込まれ、師匠の介入により犯人を確保することに成功した俺たちは憲兵たちに連れられ、首都の中心地に聳え立つオリュンポス城に招き入れられる。
入国して早々、三重にもなる防壁の内側、しかも皇帝が居座る部屋にこういう形で入ることになるとは思いもしなかった。俺たちはただテサロ二クス図書館に眠る古文書などを漁りに漁って、有益な情報を少しでも得ようと浮ついた気持ちでいたのに。
何も俺たちは皇帝と会う必要性がないにも関わらず師匠が急に、
『お前たちもティベリウスの兄ちゃんと会ってみるといいさ。一度乗り掛かった船だ、最後まで一緒に付き合いなさいよ』
なんて軽々しく言い出すんだし。
勿論、拒否権すら貰えず渋々同行することになって今に至る訳だけど。
それにしても、
「ひっろいな………高そうな物も至るところにあるし、流石はお城って感じなのか………」
何だかんだ無理やり連れられて来てはみたものの、人生で初めてかもしれないほど立派で広々とした城内に驚きっぱなしである。
簡素な造りの建物が狭苦しく立ち並んでいた商い通りや賭博街も他国とは比較的に豪奢で華美ではあったがオリュンポス城自体はおろか敷地内にある宮殿までもが敷地面積も含めて遥かに桁違いであった。
城内に置かれている壺や壁に飾れている絵画などのインテリア何もかもが素人の目で見ても分かるほど滲み出る高級感に息が詰まるのを覚え、どうにも落ち着かない気持ちでひたすら柱廊を歩いていく。
通路で度々出会う人たちからの視線を浴びてはコソコソ話が聞こえ、余計に自分自身の場違い感が晒されて居心地が悪い。そんな俺を余所に前を堂々と闊歩している師匠が肩越しから目線を此方に向けてくる。
「なんだ坊主。さっきからずっとそわそわしてて。もしかして、城に入るのは初めてなのかい?」
「初めても何もこんな場所に………しかも皇帝が居る城に来るなんてそもそもないですから。てか、その口振りですと師匠は何回か来たことあるにも聞こえてくるんですけど」
「まあ、仕事関係とかでよくお邪魔させてもらってたから慣れてるっちゃあ慣れてる。ほら、こういう高貴な場所から受ける依頼は報酬金もたんまりとくれるから一番手っ取り早く稼ぎやすいんだよね」
「やっぱり金目当てなのかこの銭ゲバは!」
全く芯がぶれない師匠に間髪入れずに突っ込みを入れて、彼女の無自覚に発する失言に近い返答によって不安でしきりに周囲を見渡すように目線を巡らせる。
俺たちが歩いている通路は皇族や皇帝直属の部下かもしれない人たちが聞き耳を立てて此方に向けているのだから、少しでも口が滑ったりすれば最悪首が飛ぶような状況下に成り兼ねない。
しかし、俺の尋常じゃないほど鼓動が早まっている心臓すらもお構いなしに彼女はせかせかと前に進み、ケラケラと笑っている。
早く通路が終わってくんないかな。
どうにも耐えられない周囲からの視線や、無反応の憲兵たちのプレッシャーに押され、足早に師匠の背中まで進む。
と、師匠が途中立ち止まり、通路を挟むように並んで立っている重装備の番兵たちの奥に大きく広がる扉の前まで辿り着いたことが分かると俺たちも同様に足を止める。
先導してた憲兵の二人が此方を振り返り、
「ここから先は謁見の間となっております」
「同時に私たちもここまでの案内となります。取り次ぎますので少々お待ちください―――」
そう告げる二人の憲兵は扉の前に立ちはだかる番兵たちに歩み寄り、何か言葉を交わしている。その様子を後ろから見詰めながら隣にいるタミルにそっと近づき、話し掛ける。
「なあ、そもそも師匠はどうしてここの皇帝と知り合いなんだろ。ティベリウスの兄ちゃんなんて呼んでるわけだし。旧知の仲なのか?」
「そんなの私が知るわけないじゃない。気になるんだったらぺルゼラさんに直接訊きなさいよ」
「いつも適当に返すから何か信用出来ない」
「それは言えてる」
「おーい、聞こえてるぞ二人とも。わざとか? わざと聞こえるボリュームで話してるのか?」
だいぶ小声で話してたつもりなのに、耳聡いなこの人。
すると、一度咳払いをした師匠が依然と前を向いたままで、
「―――至極単純な話だよ。ティベリウスの兄ちゃんが丁度在位に就き始め頃に依頼で一度この国に訪れたことがあってからの仲なだけ。依頼もその時限りかと思ったけど、まさか今になって再び依頼が来るとは思いもしなかったけどね。暫く見ない内に随分とこの国が活気に溢れるようになってたし、政務も邁進してそうで何より」
師匠と皇帝との馴れ初めを我が子の成長を見守る母みたいな口振りでそう語る。
皇帝が在位してからってのを計算するとざっと五年も前の話だな。俺たちが師匠と出逢ったが十年前で、剣術の稽古をつけ終わった後にこの国に訪れてたのか。
そもそもだけど、俺は金に目がない適当な人間だがやるときはやる剣術の達人ということ以外は正直何も分からない。今までの来歴や出自など、全部が謎に包まれている。皇帝と面識があれば、世界を転々としていればどこにも所属してなく、自由の身で動いては稼いでいるってのは分かったものの、やはり未だに深くまでの内部事情は曖昧のままである。もっとも、今回の事件と謁見を機に彼女についてこれから明かされるとなると少なからずは来てよかったのかもしれないって思ってしまうな。
なんて、ちょっとした期待が湧き出始めると憲兵たちが戻って来ると同時に番兵たちが大扉に手をかけ、軋む音を響かせながら開いていくのを確認する。
「中で既に皇帝陛下がお待ちです。では、私たちはこれにて」
自分たちの任務を果たした憲兵たちは恭しく敬礼をし、そのまま元の持ち場へと帰っていくのを見送り、俺たちは扉の先へと足を運ぶ。
「お邪魔するわよ~」
なんのてらいなく師匠が扉の中へと踏み入れ、それに続くタミルは緊張してるのか強張った表情のまま入っていくのを見て、俺も意を決して中へと踏み入れた。
*** *** *** ***
視界にまず入ってきたのは、一枚の長く赤い絨毯が最奥にまで続いていくほどの大広間であった。数百人が入ってもなお余るような広さだ。
石灰岩で出来た白色を基調とした半球状の大きなドームの部屋。天井には虹色に輝く複数の豪華なシャンデリアが吊るされており、神聖さを醸し出している。壁には穴が掘られ、その中には彫像が置かれていた。彫像は全てがこの国に纏わる神話上の神様で象られたものであった。その数は十二体。これがオリュンポス城の名前の由来に繋がってる。
それらに見下ろされながらも一番奥に目線を向ける。まるで魅入られるように、吸い込まれるように部屋の最奥―――突き当りには、数十段の壇上を昇った位置に黄色に染まる布に大きく月桂冠と双頭の鷲が描かれている国旗が掛けられ、またその後ろの壁の穴には一際威圧感を放つ厳のような彫りの深い顔を持つ神の彫像が置かれている。
その前には足置き台のついた格調高い椅子に座る一人の青年が此方を見詰めてきている。
玉座にまで歩きながら周囲をまた観察する。室内には廊下ですれ違ったような甲冑を纏う憲兵も高貴な服を着る皇族などの姿がひとりも見当たらない。
見たところこの室内にいるのは俺たちと皇帝の四人だけ。厳重な警備体制でないのは俺たちを熱烈に歓迎してくれているのか、はたまたただの手薄なだけなのか。そんな疑問を抱きつつ、ひたすらに皇帝のいる玉座へと。
やがて足を止め、少し見上げるよう皇帝の顔をしっかりと顔を向ける。
左右非対称に伸びた銀髪に鋭い金色の瞳を宿している美丈夫だ。弱冠二十五歳という若さでありながらも国を一気にまとめ上げたとされ、歴代の皇帝と一切遜色ない才腕を振るってきたらしい。それもあってか、その歳から出せるとは思えないほどの貫禄が肌を刺すように伝わって来る。
なるほど、こうして間近で見て改めて感じる。
この人が、古代剣闘国家メディオラ帝国を統べる男。
―――ティベリウス帝。
「御足労かけたな。まずは此度の一件、助力に感謝する」
重苦しく張り詰めていた空気の中でティベリウス帝が重々しい声で口火を切らした。
「では早速、本題へと移りたいと思うんだが………」
すると目線が俺たちの方へと向け、ティベリウス帝は表情をぴくりとも動かさないまま師匠を見やり、
「して、その者らは一体誰なんだ? 見たところかなり若い子どもではないか。お前の知り合いか何かか?」
自分より若い人間である俺たちにどうやら気になっているご様子だ。
これは自己紹介していかないといけない流れだな。
「お初にお目にかかります皇帝陛下。私は―――――」
「こっちの男の子はあたしの弟子のオゼルでその隣にいる女の子は仲間のタミルね。しっかりと覚えときなさい」
「ちょ―――っ」
俺たちより先に師匠が口を挟んできた。
何してくれるんだこの人は!?
内心冷や汗が止まらないままティベリウス帝の顔を恐る恐る窺う。
「ふむ………」
対して、彼は静かな金色の瞳で俺たちを眺める―――と言うか、心成しか俺だけをじっと見ているのが気になるんだが。
妙に緊張が走る中で暫くすると、
「そうか。彼が例の………」
「………?」
何かボソッと呟いた気がしたが何を言ったのか聞き取れず、首を傾げる。しかし、聞き返そうとするにも彼の洗練された佇まいに畏怖を覚え、ぎゅっと口を噤んで言及を止めることにした。
「まあ、そんなの今は後でいいでしょ兄ちゃん。取り敢えず、二人にも分かりやすく事の次第について説明してやってくれよ」
「………既にそちらの御二方にも事情は把握されていると踏んでたんだが? まさか、教えてないのか?」
「いやあ、軽くは教えてはいたけど色々と語弊があったらまずいじゃん? 何だったら事件の詳細については依頼主の口から直接聞いた方がいいかなっと思ってね。だから連れてきたわけよ」
「………はあ」
目元を抑えて深い溜め息を洩らす。
どうやらこの人も頭を悩ませているんだろうな。
「ていうかさ、兄ちゃんその堅い口調は何だよ? ここに居るのはあたしたちだけなんだし、別に変に振る舞ってもしょうがないだろ?」
「………ぺルゼラ。少しは礼節を弁えてから発言するんだな。その気になればお前の首を簡単に飛ばすことなんて出来るんだぞ」
飄々とした態度に苦言を呈するティベリウス帝に彼女は「へいへい」と軽々しい返答でお茶を濁しては肩を竦める。
本当にこの人の心臓に毛でも生えてるんじゃないのか?
「真っ向から戦うのは得意だが、面倒事に巻き込まれるのだけは御免蒙りたい。というわけで、兄ちゃん。あたしは一旦黙ってるから話を始めてくれな」
「全く、何から何まで身勝手なのは昔っから変わってない………」
今一瞬だけ、彼の顔が十歳くらい老けたように見えた。
そうしてティベリウス帝は小さく咳払いをして、俺たちに「いいかな」と確認を取り、こくりと頷くのを見届け、
「では、少し脱線してしまったが話を戻そう。―――まずは君たち二人は我が国で起きている連続襲撃事件について、どこまで理解している?」
「ええ、と。確か、数週間前から帝都内で度々人を襲っている事件で、実行犯の身元が分からない状態が続いていたっとお聞きしました」
「大方その認識で相違ない」
師匠から教えられた言葉を思い起こすように告げ、ティベリウス帝は首を縦に振る。
「最初はただの闇賭博関係だろうと安易に見ていたのだが、どうにも犯人は金目の物は一切盗らずに闇雲にと人を殺していけば、時々殺さないで傷害を与えて逃げるなど行動基準に規則性を持っていなかった。神出鬼没の犯人に対処に当たっていた憲兵たちも次々と返り討ちにあい、到頭我々の手に負えない辺りにまで来てしまった」
なるほど、犯人が金目の物を盗まずに行動している点については日輪教と少し違っているのか。あいつらの行動理念には❝自由の掌握❞と言う名目上で貴族や王族たち富裕層をターゲットに狙っては太陽神の思し召しとか言って好き勝手暴れていた。
幸い、日輪教の数が多かったお陰で性急に解決出来たわけだけど、
「数の特定も掴めず、調査もずっと難航続きといったところだ。………不甲斐無い。今こうしている間にもいつどこで魔の手が市民に襲い掛かっていると思うと胸が痛むばかりだ」
敵の数が分からず、神出鬼没となってくると話は変わって来るのだから。
自身の力不足を嘆くように唇を噛み締めてそう語るティベリウス帝の声が怒りに満ち溢れていた。
「加えてオレは今、皇帝と言う身であって行動範囲が限られている状態だ。自国の者たちに任せたいのはやまやまだが、どうにも彼らにも余裕が見受けられずにいる。不本意ながら、ここは自由に動けて実力も申し分ない信頼に足りる人物に任せたいと考えた」
そう言うとティベリウス帝は師匠の顔を正視し、ここまでの流れの終着点に辿り着いた。
しかし、ここで一つ疑問が生まれた。
確かに師匠はティベリウス帝と旧知の関係であり、彼女の実力も見てきたわけだからこの件を頼むのに十分な理由は存在していたが、それだけでは彼女に一任する順当な理由にはならない。ティベリウス帝はこれまで師匠以外にも繋がりは持っていたはずだし、なんなら師匠よりもっとマシな人物に充てられることが出来たんじゃないか?
だってこんな金にふしだらな人だぞ………?
「おーい坊主。今絶対に失礼なこと考えてただろ?」
失礼な。俺は素直に思ったことを考えてただけだぞ。
「んまあ、いいや。………確かにお前たちから見ればあたしは真っ当な人物には見えないと思うし、ましてや皇帝の依頼を受ける器じゃないってことも」
「それは思います」
「はい、間違いなく」
「即答かよ………少しは否定しろよな」
だって、本音ですもん。
「………だけど、どうにもあたし以外には務まらない依頼なんだよ。これはメディオラ帝国にとっても、そしてあたしにとっても重要なことだし、ね」
師匠の意味ありげな発言に俺たちは首を傾げる。
どういう意味だ?
メディオラ帝国と師匠と何か深い関係でも………?
なんて熟考したと同時に、ティベリウス帝が話を再開した。
「残念ながら彼女の言う通り、他の者ではこの一件を務まることが出来ない。それは勿論、自由に動けるただの傭兵であっても。そう、❝ただの傭兵❞ではね」
「ん? 確かに師匠はただの傭兵ではないかもしれませんけど、それとこれとどう繋がるんですか?」
すると俺の問いに、何か少し驚いた顔を浮かべるもすかさず呆れた顔で師匠に目を向ける。
「………まさか、それもまだ教えてなかったのか?」
「あぁ~確かにそうだった。ごめん、兄ちゃんから説明して」
「………はあ」
本日二回目となる深い溜め息を洩らすティベリウス帝の表情が初対面の威風堂々たる貫禄さから次第に鱗みたいにボロボロと削り取れていくのを感じた。半ばうちの師匠が申し訳ありませんと内心謝ったがそれも束の間、彼は平静を取り戻すと此方に目を向け、
「―――君たちは、❝リベルタス❞という名前を知っているか?」
「❝リベルタス❞………ですか?」
聞き慣れない単語を反芻する俺にティベリウス帝はこくりと頷く。
「嘗てこの地に自由を齎したとされる女神の名前だと言われている。そしてまた、それは世界で活躍する傭兵ギルドの名前でもあるんだ。君たちも傭兵ならそのギルド名を少なからず聞いたことないかい?」
「傭兵ギルド………リベルタス………思い出した。そのギルドが置かれている本部がどの国にあるかも一体誰が所属しているかもわからず、それどころかそのギルドを立ち上げた創始者の名前でさえ明かされていない。もしかしすると、架空の組織なんじゃないかと噂されていたけど………」
思い出したかのように述べるタミルにティベリウス帝はさらに補足を加える。
「リベルタスは基本的に傭兵であれば誰でも受け入れるとされ、またその逆も然り。むしろ❝所属❞という概念すら希薄で、❝傭兵❞の看板を掲げる者なら誰でも利用可能な組織でもある。依頼内容は行商人や旅人、都市や小さな町と幅広く依頼を熟せば、こうして❝公然の場では話せないような汚れ仕事❞も全て引き受けてくれる。正規ギルドが表のギルドとなれば、傭兵ギルドはまさに裏のギルドとでも言える」
リベルタスについては確かに理解は出来たが、さっきの話と何が――――、
「………んっ? 待てよ。今、公然の場では話せないような汚れ仕事っておっしゃいましたよね。それってつまり………ッ!?」
「ようやく気付いたか坊主。何で近衛兵や皇族関係者が一切立ち入りされず、この場にあたしたちだけを招き入れたのかを。それは兄ちゃんにとっても、国にとっても知られてはならない………汚れ仕事だからだよ」
愕然とする俺を余所にこれまでへらへらと笑っていた師匠の顔が深刻に染まっているのに気付く。そして更に追い打ちをかけるようにティベリウス帝は言葉を紡いでいく。
「これは我々メディオラ帝国としての問題ではあるが、こればかりはどうしてもお前の手を借りなければならない。傭兵ギルド・リベルタスのぺルゼラ―――いや、❝創始者ぺルゼラ・クローヴィス❞よ。改めて、依頼内容を告げる」
ゆっくりと立ち上がり一歩前へ―――そして、金色の瞳が眩く輝きを放ちながら前に手を伸ばし、空気をぎゅっと握り締める。
それはまるで、眼前に立ちはだかる未曽有の敵に向けての宣戦布告。
ティベリウス帝は大きく、声高らかと、
「この国の………メディオラ帝国を脅かす❝裏切り者❞を炙り出し、再び平和を取り戻すために力を貸してはくれないか――――!」
驚きに膠着する俺の鼓膜に、その声は何度も何度も繰り返すように木霊し続けていた。
―――恐らく、ここからメディオラ帝国で起きる史上最悪とも呼べる災厄の幕開けとなると、この場にいる誰もがそう後に口を揃えて語った。




