Episode2:邂逅
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「――――おーい、オゼル?オゼル」
「………っんあ?」
長い夢から目を覚ます。目覚めたばかりか視界が霞んでいたので何とか重い片手で目を擦ると次第に視界が鮮明に変わり、声の主が明らかになる。
目線の先に見慣れた女性が眉間に皺を寄せてながら顔を覗かせている。俺―――オゼルの名前を何度か呼びかけてくれたみたいで、漸く起きたかとため息交じりで吐露する彼女。
「時間になっても起きてこないから呼びに来たのに、何てだらしない顔してるのよ」
「うーん、そんなに寝てたか………。出来ればもっと早く起こしに来て欲しかったもんだよ」
「まず先に言う事ない?」
「ん、あー………ありがとう、タミル」
大きな欠伸をしながら起こしに来た少し口煩い少女―――タミルに気だるく感謝する。彼女は俺が倒れていた所を匿ってくれて、その成り行きで旅を一緒にしている。
年齢は俺と大差変わらない十七歳の少女。
腰近くまで届くサラサラした黒髪に、東方伝統に伝わるとされる黒装束を着てる。あと、会った時から気になっているけど季節関係無く白いマフラーを首に巻いているという不思議なスタイル。身長は百七十センチで世の女性なら誰しもが羨むスレンダーの持ち主、と彼女はそう豪語する。まあ、確かに否定はしない。
見た目となると少し吊り目がちで漆黒の瞳。長い睫毛で薄く仄かに紅い唇に、黒い服とは対照的に生える白い肌は雪を想起させる。容姿端麗、明眸皓歯という言葉が似合うのも頷ける。
「―――よっと」
両足を利用した勢いで上体を起こす。
俺は彼女と同い年で十七歳で見た目は然程良くない。
彼女に対して俺はセミロング程ある少し暗めの紅髪と瞳。過去に人体実験の影響で右目だけ視えなくなったから眼帯着けてる。白と赤を基調とした前開きの服とワイドに広がる黒のズボンを着ている。身長は彼女より高い百七十八センチで他が俺より勝ってる彼女に唯一男の矜持が無事保たれたのが何よりも救いだ。
さて、と。お天道様は真上でギラギラと輝かせている。肌が焼けそうな暑さだ。日陰で寝てたからだいぶ涼しいけど。たまにくる潮の匂いが混じったそよ風が髪をなびかせ、生暖かい空気を送らせてくれる。
俺たちが居る港町はクベラ大国と呼ばれる他国との貿易によって栄えた交流都市の一つであるガネサ。たくさんの荷物を乗せた船と商売しに訪れた異国の商人が行き交う賑やかな町だ。その港から少し離れた一本の木が生えている丘に俺とタミル二人が涼みながら休んでいる。
「それで?これからどうするの、オゼル」
「………そうだな」
遠くに飛んでいるカモメたちを見つめながら、色々と考える。
実際俺は十年前に亡命してから、どうやら指名手配されてしまったみたいで色んな国に行けば見つけ次第通報し、捕らえろと注意文が書かれた張り紙が貼られている。
何とかそれらを掻い潜ってもう十年は経ってはいるけど、幸運にもこのクベラ大国は俺の顔は割れてないみたいで今もこうしてゆっくり出来ている。
だが、この港町は他国との貿易が盛んという点で奴ら追手もやって来る可能性はある。それもあってのうのうとうろついていれるのは時間の問題。
となると―――。
「北にある町に移動しよう。確かそこは外から来る人間はあまりいないそうだ。それに、何か良い情報が見つかるかもしれない」
「わかった。それじゃあ行きましょうか。なるべく慎重に」
「お前はその格好なんとかしろよ。昼間じゃ逆に目立つだろ」
「それ言うなら貴方のその手枷にも同じでしょ。そもそもそれいつまでつけてるのよ」
方向性を決めつつお互い軽口を叩き合う。この手枷はずっとつけたまま。鎖は千切れているので全く用途を果たしていない。確かにタミルの言う通り、つける必要性はない。
しかし、それでも俺はこれを嵌めている事であの場所で起きた出来事を忘れずにいられるのだから。
「この手枷は……過去の戒めだよ」
両手首に嵌まる鉄製の手枷を見つめながら呟く。彼女も俺の様子を見ては、困った顔をする。
「………それじゃあ行くわよ」
特にそこからは何も話す事もなく、踵を返すとタミルは先に歩いて丘を降りる。
思い返せば彼女とはもう十年の付き合いになる。最初にあったのは彼女も幼い。俺が国境付近で力尽きていたところを助けてくれた。彼女も深い事情を抱えて、祖国を離れ、旅をしている道中に俺と巡り合わせた。
何故彼女が国境付近にいたのかは教えてはくれなかったが、もし彼女がその付近にいなかったら俺は原生生物に食われてたと思うとゾッとする。間違いなく彼女は命の恩人になるか。
助けてもらった挙句の果てに俺の逃亡の手助けもしてくれた。理由も聴かなかった。当時の俺は憔悴し切ってたのもあると思うが。
今でも思い出す。洞窟で話した事を。
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激しく雨が降るあの日の夜。国境付近にある大きな洞窟に影が二つ。焚火で暖を取り、互いが壁にもたれながらパチパチと揺れる炎を中心に見つめ合う。
『あなた、これからどうするの』
『………どう、て。どうだろう?』
『どうだろうって………行きたい所とかないの』
『………ない。いや、ないっというより分からない。どんな国があるのか。あそこで俺は物心ついた頃から監禁されて、外の世界なんて知らない。実験体としてずっと生きてきた。だから、あそこ以外だったら………』
『………』
『………』
『………じゃあさ』
『………?』
『私があなたを連れ出して、まだ見たことのない世界を見せてあげる。旅は道連れ世は情けって諺があるのよ。ここから遠く離れた国まで一緒に行きましょ』
『………なんでそんな、まだ会って間もないはずの、こんな俺を』
『助けたいって思う事にそれ以外の理由なんてある? とりあえず、安静にしてなさい。今晩中には出るわよ』
『………お人好しだな』
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俺とは違う優しい性格の女の子。全くの真逆。彼女と一緒に行動していくと実験にされていた時よりも表情が柔らかくなったと、それは自他ともに見受けられるようになった。笑顔なんて自然に浮かべれるようになったのもここ最近だったっけ。
あの日一緒に旅に同行しなかったら、俺はどうなっていたのだろう。いや、もうそんなのどうでもいいか。
そんな思い出話に少し浸りながら、先に歩いているタミルの後を追った。