Episode26:宿屋
―――酒の魔力によって若干の暴走気味になったアレクを乗客一同が何とか介抱しながら抑えつけてると約一時間半が経過し、目的地である帝都へと辿り着いたのだった。
ゆらゆら、と馬車に揺られながらふかふかの座席に腰掛けては長旅の疲れを少しでも取れる憩いの場でもあったのにも関わらず、アレク以外の乗客の顔は疲労で染まっては溜め息が一向に止まらない。むしろ逆効果を与えた。
当人であるアレクは散々被害を撒き散らしては悪びれもなく、勝手に気持ち良くなっては愉快気にルンルンと軽いステップで別れていき、その後ろ姿をただ引き笑いで見送ることしか出来なかった。勿論、俺以外全員含めて、である。
「………なんか、台風みたいな人だったな。優しく接してくれてたのがお酒飲んだだけであんなにも別人になるとは。世界って知らないことが多いし勉強になる」
未知との遭遇を果たしたような体験を受けて妙な感覚に陥ってしまい感嘆とする。
―――と、
「………最悪」
寝起きから出す第一声から一体どれだけの感情が読み取れることが出来るであろうか。彼女のまるで呪詛を唱えながら蘇った死者とも言わんばかりに低めのトーンが背後から聞こえ、思わず冷や汗かいてしまう。
車内でぐっすり眠っていた彼女からしてみればアレクの言動に恨んでもいい具合で安眠妨害され続けられ、挙句の果てに寝苦しそうに呻き声を上げていたもんだ。相当お怒り状態であろう。
「ま、まあ彼も悪気があってはしゃいでいた訳ではないと思うし、そう怒らないで。な?」
「………」
振り返り際に窘めるように両手を前に出し、機嫌を直そうと彼を擁護するにも彼女の黒い双眸があまりにも鋭く尖がっているのを見て、これ以上は何も口に出せなかった。こうもなってくるとどうにか怒りの矛先を逸らさないといけないと判断し、
「と、取り敢えず宿屋に向かおう」
暫く滞在する休息所へと足を運ぼうと提案すると納得がいかない素振りを見せつつも黙って一緒に向かうのであった。
――――――――――
――――――――
――――――
メディオラ帝国の心臓部である帝都コンスチノーブルは国の頭脳でもある城塞が存在する。そこを中心として周辺区域には帝国軍の駐屯地として利用されている為に戦争に必要な設備が数多く備わっているおり、ここの区域のみは一般市民の出入りをかたく禁じられており、警備も非常に厳重に守られている。
そこの外周部に城壁を挟んでいる区域の外では主に帝都に住む様々な者のための区域で存在し、一般的に言われる街を想像してもらえると分かるであろう。
馬車から降りた地点である広場を中心とした露店が立ち並び、活気に満ち溢れている客人と商人で賑わっている。ある場所では老人が商談をしながら客人と食事をとり、ある場所では青年が香ばしい匂いを漂わせる肉焼きを頬張りながら歩いて、ある場所では子どもたちが木製の動物をかたどった玩具を手に走り去っていく。
露店をキョロキョロと見渡しながら石畳の舗道を歩く。時折商人に声を掛けられては軽く会釈程度で断りながら。人混みに酔いそうになりつつも上手く掻き分け、足早と進めていく。目的地である宿屋は前もって手に入れた情報をもとに迷うことなく目指す。
露店が途切れた頃にはもうすでに広場を抜け、そこからは思ったよりも普通としたお店がずらりと立ち並んでいる。
しかしそれらは他国とは少し趣向が変わったものばかりであった。
飲食できるお店でもなく、誰もが立ち入りしやすいようなお店でもない、さきほどの広場とは違った盛況で賑わう。―――それは、❝賭博❞。
青年や老人がお店の外に設置されている特殊な円卓の周りに集まっては金銭を賭けて勝負事に熱中しているのが聞こえる。ある者は勝負に勝ち、大量の金銭を手に大喜びして、ある者は大負けして、全財産を失い、机に額を当てて嘆いている。しかしそれらを面白おかしく楽しんでいるのだから、はっきり言って異常な光景でもある。
そこそこの広さの通りではあるものの、歩行者はそこまでおらずにちらほら程度である。たまに商人が骨董品など高級そうな品物を売っているのもいれば、旅行客を乗せているであろう馬車が通り過ぎていくのを見掛けるくらいだ。一般客が簡単に出入りするお店は今のところ発見できてもいない。
もっとも、時間帯によってはこの通りも一変しては特定のお客を招き入れるシステムになっているとかなんとか。
暫く歩き続けて約三十分。俺たちは立ち並ぶお店の看板を一つ一つ見ては目的地である宿屋の名前が示している文字を探し、それらしき看板を確認するとそこのお店に向かって速くなっていた。
―――『ギルド・バッカス』。
この国にまつわる酒の神様をもじって名付けられた宿屋。店構えも三階建ての石灰で作られているためか雪のように白く、それでも汚れを一切感じさせない。木製のウェスタンドアを押し開けると同時に店中に漂う仄かな紅酒とアイリスの香りが混じり、俺たちの入店を歓迎する。
明り取りの窓も下ろされているのか店内は思いのほか薄暗いが、隅々に設置されている蝋燭の明かりが照らしている。普通なら営業してないのか疑う場面であろうが、そこは何となくそういうお店だろうと察した。
思ったよりも店内が広い。幅が三十メートル。奥行き四十メートルだろうか。クベラ大国の宿屋よりも遥かに広い。それだけは直ぐに理解した。
一階には酒場と、さっき通ったお店にあった賭博が出来る特殊なテーブルが六台。奥にはカウンター席が並び、棚には何十本もの酒瓶が陳列されている。更に奥には調理場があるから、ここで食事が出来るのは間違いない。真正面にある受付の隣には二階、三階へと上れる階段が見える。
そんな店内を見渡している俺をじっと見詰めている一人の女性が居座っていた。
金色に染まる長い髪を左肩にかかるように束ね、切れ目をした如何にも気が強そうな雰囲気で何よりもこちらへの警戒心を露骨に意思表示していたのが遠目でも分かる。おそらくこの宿屋の受付嬢であろう。
旅人相手には相応の受け答えをして、心優しく迎え入れてくれるのが俺の中のイメージなんだけど、何やらそういう感じでもなさそうだ。
それにここは正直、富裕層向けの施設でもあるだろうから俺たちのような恰好からだとあまり所持金もなさそうに向こうの目では捉えれるだろうし、あまりにも不釣り合いに思えるかもな。
「………ようこそ、いらっしゃいました。こちらのカウンターまでお越しください」
黙考していると彼女の方から声を掛けてくれ、それに応じて俺たちは受付まで歩を進める。
「私はギルド・バッカスの受付をしております、プリスカと申します。本日はどういったご用件で?」
金髪の受付嬢―――プリスカと名乗った女性は先程まで警戒心全開の表情から一変してニッコリと微笑みを放っては問い掛けて来た。あからさまな態度の急変で俺たち旅人の品定めをしてきたとでも考えた方が合っているのかもしれない。
「こちらを利用したいんですけど、今部屋は空いてますか?」
「はい。部屋は一つでよろしいでしょうか?」
「いや、出来れば二部屋お願いしたいです」
「二部屋ですね。はい。問題ありません。でしたら宿泊費として二人分で二百ゲインを前払金としてもらいます。また、こちらで食事を取られる場合は別料金として五十ゲインも支払っていただきますが」
「これだけあれば足りますか」
懐からジャラジャラと金貨が詰まった皮袋を彼女が居座るカウンターの上に置く。彼女的には払えない金額だろうと見下してはいたのもあってか多少眉を歪ませた反応をするも直ぐに立ち戻り、麻袋の中に入ってるお金を確認し始める。まぁ、俺のお金はタミルの買い物に全部使ったからこれは彼女のお金なんだけど。
約五分ほど、プリスカが顔を上げ、目線を合わせると、
「提示しました金額よりも十分過ぎるほどですので問題ありません。軽く確認したところ、一週間ほどの金額となりますが」
「そのくらいでお願いしたいです。この国で暫くの間滞在しようと思ってるんで」
「成る程。承りました。では、続きましてこちらの宿屋を使用するにあたっての注意事項が記されている書類がありますので、一通り目を通していただいてから下記の欄にお客様方の署名をお願いします」
プリスカは皮袋を横にはじき、代わりにインクつぼから羽ペンを取り出し、羊皮紙を広げる。
「――では、書面と同じ内容で重複してしまいますがこちらからも幾つか説明させていただきます。書きながらで良いのでお聞きください」
「はい。お願いします」
「まず、当店ギルド・バッカスでは名前の通りギルドも経営しております。依頼をこなしたい場合はこちらの受付でも対応します。また、依頼主と直接お会いしたい場合でも同じですので把握の程よろしくお願いします。続きまして、他のお客様の中に賭博関係でこちらを利用する者もいらっしゃいます。賭博に参加される場合は相手との合意の上で行ってもらいます。万が一、全ての所持金を失う、相手との諍いが発生した場合はこちら側で対処しかねますので。最悪、この店から出ていっていただきます」
釘を刺すように力強く念押ししてくるプリスカ。この店に向かう途中に見てきた賭博の荒れ具合を鑑みてもそれは誰しもが理解出来るものだった。羊皮紙に記されている内容もまさにそれが大々的に描かれているのもあって、過去に何度も同じような事態があったことだと推測出来る。
「食事は十時から十四時の昼と十八時から二十一時の夜に分けてこちら一階でサービスいたしますのでお好きなタイミングでご利用ください。外食の際には一度お声を掛けて頂いてもらい、外出許可証を発行いたしますのでお忘れなく」
「外出許可証?何でそんなのが必要なんですか?」
「宿屋の決まりでして。お客様方の安全を保障するためとでも言えば良いでしょう。特に夜間は避けていただきたい」
「そんなに治安が悪いのかこの付近では」
「ここ最近では少なくなってはきてるのですが、夜間になりますと闇賭博関係者やそこにこびりつく破落戸の者がうろついていることもあります。ギルドメンバーが交代制で警備を行い、安全の確認が取れましたら外出しても構いません。ですがあまり推奨はしませんね。この国で夜間出歩くのはよっぽどの命知らずかよその国から来た好事家でしょう。過去に外出した子どもが誘拐されてどこかに売り飛ばされた、などと言った胸糞悪いお話がありましたので」
話の後半にいくにつれてプリスカの表情が険悪に変わり、声色も低くなっていく。どんなに営業スマイルを熟せる人でもこういった内容の話を前では平常を保っていられるのかと思うと些か難しいはず。聞いている側としても腹立たしく感じたが彼女はその倍以上だろうから。
一度咳ばらいをし、
「―――以上がご利用するにあたっての注意事項です。何か質問などがありましたら伺いますが」
「問題ありません。忠告、感謝します」
手が止まってたのを再度動かす。さらさらと必要事項を埋めて、タミルと俺の名前を書き終えると羊皮紙をプリスカに提出する。受け取る彼女は不備がないか暫し目を通すと引き出しから槌型をした金属印でハンコを押す。これで大丈夫だろう。
「以上で全てのご案内とさせていただきます。お客様方の部屋はあちらの階段昇って三階にあります。鍵の番号と同じですのでお間違いなく」
数字が刻まれた鍵を渡されるとプリスカは掌で階段の位置を指し示した。
―――とまあ、そのまま部屋に向かえばいいのだが、
「あー、えーっと………」
歯切れ悪いのは承知ではあるが、
「が、外出許可証………発行お願いできます、か―――?」
後ろで溜め息を溢した音がした気がしたがそこには一切触れないでおく事にしよう。
――――――――
――――――
――――
「あれ、誰か来てたの?」
オゼルとタミルが丁度今、閉めた扉が微かに軋む音を立てた直後にプリスカの背後から一人の女性が出てきた。まさにすれ違いで、彼女は未だに動いている扉の方に視線を動かし、プリスカに訊ねる。彼女はプリスカの同僚で仲の良い女性である。
「ええ。他の国から来た旅人、て雰囲気だったわ。しかも若い男女二人組」
「あら、カップルなのかしら。ふふ、いいわね」
「さて、どうでしょうね」
受付嬢としての仕事を終えたプリスカは一気に肩の荷物が下りた感覚に陥っては腰掛けていた椅子の背もたれに重心を委ねる。対応した客一人ひとりにいちいち興味を持つのは基本有り得ないプリスカの様子を見て、怪訝そうな表情を浮かべる同僚。
「なんかいつもより疲れてない?どうしたのよ。さっきのお客さんと何かあったの?」
「いや、別に大した厄介事に巻き込まれたわけじゃないけど」
「じゃあ、どうしたっていうのよ」
「なんでも❝この国の歴史や世界大戦以前の古文書が多く眠る場所❞を教えて欲しいって聞かれてね。あんなに詰められて聞かれるなんて経験なかったから余計疲れたわ」
「❝テサロ二クス図書館❞のこと?でもあそこって前に事件があったところじゃない」
「あー、あの事件でしょ。何か魔女を見たって噂の」
「魔女なの?てっきり闇賭博関係かと思ってたけど」
「それにしてはあまりにも不可解って噂だよ。何でも❝外傷を与えずに殺されていた❞って。そんな高等な技なんてあいつらに出来るわけないじゃない」
「出来たとしても宮廷魔導士様くらいかしら。でも、もしその事件が関わっていたとなると大変なことになるわ」
「そうなって欲しくないわね。最悪、クベラ大国みたいな末路を辿りたくない」
「………この国もどうなっていくのやら」
「考えたくもないわね」
不安が口調から感じ取れる。
メディオラ帝国内で可能性として国を脅かす存在がいると聞いては楽観視出来るほどプリスカたちは暢気ではない。しかし、彼女自身の腕で解決しようとも所詮はギルド・バッカスの受付嬢。冒険者でも傭兵でもない、一般人と変わらないのだから。
それでも、
「どうせ上が全て決めていくわけだしね。ほら、今までこの国に何度も災難がやってきても結局何とかやれてこれたじゃない。だから、今回もきっと大丈夫よ!」
暗黒の世界大戦でも唯一国として維持し続けてきたメディオラ帝国。その歴史を知っているからこそ一筋の光明に、僅かな希望に少しでも縋り付くのが人間の心理であろう。乗り越えてきた歴史から読み取る事で大丈夫だと、自分自身に暗示をかけながら笑顔を見せつけ、自然と不安も解消させていく。
「………それもそうね」
覇気のこもった女性の問い掛けに、対してプリスカはわざとらしく笑い掛ける。
「まあ、取り敢えずは目の前の仕事に集中していこ。やるべき事も一杯残ってるわけだし。プリスカちゃん、私戻るね」
「ええ、いってらっしゃい」
女性が再び奥の部屋へと戻ると、プリスカはもたれかかってた椅子から立ち上がり、店内を見渡している。
人は誰もいない。閑散とする空間にプリスカは、
「………たまには掃除でもするか」
独り言を溢し、一人苦笑いを浮かべては箒を手に取り、店内へと足を運び出すのだった。




