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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第2章 古代剣闘国家編
26/35

Episode25:箴言



 クベラ大国からおよそ七千キロに存在するメディオラ帝国は西大陸全域に渡って支配する領域国家であり、今から結構前―――つまり世界大戦以前である百年以上前にメデュラ帝が建国し、小国家として名前も帝国ではなくメディオラ国としてあり続けていたが、それもかの戦争によって世界の大変革が成された現在は有史以来最も強大な国家へと変わり、帝政へと改められた。



 帝国と名乗っているのだから独裁者のような偉そうな人間によって国民に法制を強いる息苦しい生活を送っているのではと思えば、そうではなかった。



 港に到着して暫く街全体を見渡すと国民全員の顔がこの上なく幸せそうにしている。

 理由は簡単。国民全員が満足のいく政治を行っているからだ。



 内情的には共和国であり、現皇帝も元老院と呼ばれる統治機関の内の一人として選出されているので実質、国の支配者ではない。


 そんな現皇帝であるティベリウス帝は国民第一に考える人物だそうで、より良い暮らしの実現を叶える為に自分の身を削ってまで奔走し、幾つか提案した政策が形となって表してきた。


 例えば街全体に道路、水路を整備し、市民の生活を保障する為に飢饉の脅威を払拭させたり、海賊による通商の阻害を未然に防ぐ為に軍艦を各港に配置、そして常に海上警備を巡回すると徹底した行いを前向きに勧めた。

 勿論、海や帝都周辺の安全を重視してきた訳でなく、確りと他にも手を回して政策を実施させてきている。

 帝都離れた農村には魔物や盗賊を撃退する近衛兵の徴集。他国なら必ずある年貢や地代、その他様々な税を領主に納める期限も超過した際の罰則も一切無くすなどと農民の安全を保障、生活の負担を大きく減らした。そして、読み書き計算を身に付けたい人たちに向けた学問施設を帝都側が無償に提供をする制度を敷いた。


 結果として農村出の元老院が誕生し、市民と農民両方の気持ちが理解出来る隔たりの無い理想の政策が次々と生まれていったと言っても過言ではない。



 また政治力のみならず、技術力も最高峰でもある事がこの国の特徴でもある。



 軍艦の装甲に用いられている貴金属は普通のレートでは入手困難な上に手を加えるのに並みの職人には扱いにくい素材で、それをけろりと簡単に出来てしまう腕の持ち主が五万といるだとか。それも時代の変化に対応する形で魔法を使用してくる相手にも対抗すべく製作した❝対魔武装❞と呼ばれる装備品を軍隊や近衛兵、憲兵だけでなく一般市民や農民といった国民全体に行き渡らせた。


 過ぎた制度もあって中に反逆者が続出してしまう危険性を帯びているのではないかと旅人間でよく話題にされるが、そうならないのもこの国全体の表情が全て物語っている。


 旧文明時代の遺産が多く眠っている国でもあり、それを保護していく運動も戦後以来ずっと続けている。歴史を愛し、後世に残していく想いだけは一際強く抱いている感情があり、それ故に侵略と内戦を許す者は存在しない。そこで争いを起こし、愚を犯す者がいないのも頷ける。



 平和という文字をどの国よりも大いに体現し、理想郷に近い国でもある。



 ………だが最も、世界最高峰の技術力と軍事力を誇る帝国がどの国よりも平和に享受しているというのはある意味皮肉なのかも知れない。





 *** *** *** ***



 船を降りて近くに停まっていた馬車に乗せてもらう事にした。港町から帝都までだいぶ距離が離れており、徒歩で行くには少々骨が折れる。船内では特にタミルが常に警戒してたから十分な休みを得られておらず、彼女は欠伸をちょくちょくしては少し瞼が重そうにしていたのが何よりも証拠だった。

 馬車の荷台はなかなかどうして広くて華美な造りをしており、十人は乗れそうなほど。座席に至ってはふかふかで高級感溢れる様式に少し顔が引き攣ってしまう。


 お金かなり取られるのではないかと不安が顔に表れ、次第に蒼褪めて憂色に染まっていくのが分かるがそれも杞憂に終わる。どうやらお金は取らないスタイルで商売をしているのだと手綱を引いているオジサンが親指を立ててそう告げた。

 ここまで兼ね備えているのにこうも温情であるのもこの国の情勢ならではなのかと思い、両手を合わせて感謝の意を込める。オジサンはこれの意図が伝わらなかったのか小首を傾げるも「まあいいか」と呟き、俺たちを乗せて出発した。



 馬車はゆったりと進み、帝都に繋がる舗道に入れば周囲から聞こえてくる雑踏の声は防音性の窓ガラスによって丁度良い具合に遮断されている。そして肝心の乗り心地を確かめるように身じろぎしてみると、思いのほか快適だった。



 街全体の舗道の整備も綺麗にされており、車輪が軋む音も揺れる震動も全く伝わってこない。その為か隣では座った途端に眠りについたタミルが今も気持ちよさそうな顔を浮かべている。

 まあ、最もここまで高級感に醸し出しときながら乗り心地最悪なんてのも予想はしてたけども遥かに良過ぎて二の句が継げない。


 

 馬車の窓越しに寄りかかり、外の景色を眺める。評判通り、道中で構えている店は鍛冶屋が多く、此度見つければ直ぐ別の鍛冶屋が姿を現す。軍艦の修理に人員補充を考えたら妥当か、と頬杖を付きながら思い耽る。

 アポロとの戦いで壊れた短剣は腰に差してはいない。クベラ大国で買っても良かったが今後の展開を踏まえて、そこらにある短剣では役に立たないだろうと推測し、空いた時間に腕の立つ鍛冶職人を紹介してもらおうと考えてる。アポロみたいな顕現者が他にいると思うと今以上に気を引き締めていかなければならない。



 そしてふと過去の記憶を手繰り寄せる。俺と同じ境遇に遭った被験者の所在について。俺みたいに最終段階まで進んだ者もこの十年で出ているだろうし、その中で顕現していたとするとそいつらは今どうしているのだろうか。ポセイド帝国の従順な下僕となっているか、将又俺みたいに亡命を図ったか。いずれにせよ、そいつらと対面した際に敵味方どっちつかずの対象になっている事は間違いない。



 対処できるのは俺しかいないのだから。



 俺が………―――。




 「―――なあ、兄ちゃん?おーい、聞いてるか?」



 「………へ?」



 さっきから声を掛けられていた事に気付かず、思わず間抜けな音が喉を鳴らしてしまう。声がした方に顔を向けると顔の左半分に大きな傷が目立つ一人の中年男性が居た。そういえば俺たち以外にも乗っている人はいたな。恰好からして俺たちと同じ旅の者だろうか。

 しかしはたして俺を呼んだのかと思い、周囲を見渡して他に同年代らしき人を探すが、



 「他に誰が兄ちゃんみたいな奴いるんだ? さっきから窓の外見てる眼帯の兄ちゃんだよ」



 どうやら俺で合ってるみたいだ。



 「えーと、何でしょうか?」



 「あんた旅人だろ? どこから来たんだ?」



 「クベラ大国からです。えっと………」



 「アレクだ。呼び捨てでいいぞ」



 アレクと名乗った中年男性は腕を組みながら心地よさげに歯を剥き出して全開に笑い始める。他の乗客もいるのにも関わらずあまりにも大きな声量に一同驚いては視線がアレクに集まる。あまりにも豪快過ぎてか隣で寝てるタミルが眉間に皺を寄せて呻き声を出してしまう。ちょっと可哀そう。


 やや焦げ茶色に染まったモヒカンに両耳には複数の耳飾りを吊るしている。目付きが鋭く、顔の傷も相まって悪人面顔負け状態であるが、目尻を緩めて大笑いする姿にどこか愛嬌があった。


 ただし座っているだけで全長は不明だが、恐らく二メートルはいってそうで、それに加えて服の上からでも伝わる筋肉隆々の肉体が圧迫感を覚える。



 「見た感じだと随分と若いじゃねえか。隣にいる子も一緒かい?」



 顎に手を添えながら目線でタミルを名指す。それに俺も顎を引いて肯定するとアレクが「なるほどななるほどな」と小さな声で一人納得いった表情でいる。



 「さしづめ彼女と逃避行といったところか。お互いの両親は一切交際を認めてもらえず、挙句の果てに家を追放されてしまうがそれでも根気よく支え合って生きていく為にここまで遠く生き永らえてきた。それこそまさに愛の―――」


 「あ、そういうんではないです。あと勝手に妄想膨らませないでもらえますか」



 何か勘違いして俺とタミルの関係性を暴走気味に語ってきたのを耐え切れず片手で制すと我に返ったアレクが一度咳払いしては謝る。

 今さっきの一瞥だけでどうしてそこまでに至れるのか謎だわ。まあ年取るとそういう誇大妄想しがちだと聞くけど、実際居るんだなこういう人。



 「まあ、それはそうと。ここは先輩旅人から一つアドバイス」



 ぽつりと、天井を一点に見詰めながら呟くのは思いがけない一言であった。



 「俺も君ほどの年だった頃よく世界を旅してきたものだ。色んな人に出会い、文化を学び、価値観が変わった。身近なところだけでは感じ取れない魅惑が世界に溢れ返っている。旅の中でたくさん気付かせてくれた」



 先程までの雰囲気と打って変わって静かな声調で過去を振り返るように瞑目しながら語り始めるアレクに少し呆然としてしまう。



 「最中、良い事ばかりではなかった。幾度ない艱難にあれどもそれらを乗り越えていけたのも最果ての地へと至る動力源を尽きず燃えし続けてこれたのも、旅の途中で出会った者たちの顔だった」



 それを聞いて真っ先に思い浮かんだのはクベラ大国で出会った人たちだ。露店のおっちゃんに受付嬢、ラーヒズヤ、そして街の人々と交流をして、親睦も短い期間だが深めてきた。彼らが直面している問題に立ち向かっていると思えば、この先の辛い出来事も乗り越えていけると、確信を得ている。



 「旅の末に数十年を経て俺は漸く世界を一周した。喜んだ。嬉しかった。まるで子どもみたいにはしゃぎ回ってしまったよ。………だが、そこに妻と娘の訃報が耳に入ってきて絶望を味わった」



 また一転。重く低い声が喉を震わせ、悔しそうに歯を食いしばっていたのが分かった。



 「………結婚されてたんですか」



 「途中訪れた国で妻と出会ってな。そこで結婚した。翌年に娘も生まれて一気に幸せが訪れた気持ちでいたよ。だが当時若かったせいで俺の探求心が収まらず、妻と娘を取り残して再び旅に出かけてしまった。何年、何十年も連絡せずに。妻と娘が襲われてしまい、俺は暢気に旅を楽しんでいた………」



 ゆっくりと瞑目していた瞼を開けば紫紺の瞳を覗かせ、俺の顔を今までよりも鋭い眼差しを向けて来る。それに対して反射的に顔を強張らせつつも、片方の目で彼に視線を合わせる。

 妻と娘がどうして襲われてしまったのか。アレクの述懐はその点に触れず、


 「目先、先行きともに向けるのも大事。だが、後ろを振り向くのも大事だ。いつか、俺みたいに全てを失ってしまう時がきてしまうからな。後戻りのできない後悔が一生苛まれ、消えるのを許してくれない」


 

 ひと息に、



 「だから、隣にいるお嬢さんを大事にしなさい」



 タミルに視線を移し、力強くそう述べた。 

 自分みたいになるな、と箴言してくれるアレクは俺とタミルの姿が当時の記憶と重なり合ったのかもしれない。



 「ああ、勿論」



 故に、俺は応じる。この上なく真っ直ぐにこれから先の旅でタミルを困らせる、泣かせる、後悔させるような真似はしないと、約束する。

 それを受けたアレクは先程までの真剣な表情が崩れ落ち、再び豪快に笑い始めると緩急の差の激しさに周囲の乗客が肩を震わせた。そして、思わず力が抜けてしまい微笑んでしまう。

 




 ―――それからというもののお互い旅で起きた出来事を包み隠さず話し合い、そして情報交換し合うなどと帝都に着くまで長々と続けていた。



 アレクは元々ここメディオラ帝国出身で今は旅を終えて里帰りの真っ最中だそうだ。帝都近くの郊外地区に家を構えており、両親も既に他界。代わりに唯一の血の繋がった従姉が暮らしており、今も帰りを待ってくれている。仕事も探して今日から再び新たな生活を始めるつもりでいる。


 話してくにつれて気分が良くなったのか所持していたブドウ酒を次々と空けては飲んでいく。俺は飲めないからずっと話を聞く側としている。

 しかしながら、酒というのはどういった飲み物なんだろうか。アレクの顔が紅潮してくと思えば急に泣いたり、怒ったり、笑ったりと情緒が可笑しくなっている。それに臭いし、周囲の乗客も鼻をつまんだり、窓を全開にして車内の空気と匂いを循環させたりしている。


 なんとも不思議な飲み物なんだろか。大人になっても飲もうとは思わないな………。





 因みに隣に眠っているタミルはというと、




 「―――――――うっ」




 またも寝辛そうして険しい顔に変わった。


 

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