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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第1章 偽りの太陽編
24/35

Episode23:出航


 *** *** *** ***



 ふかふかな布団が俺の自由を掻っ攫ってくる。あぁー、今が何て幸せな時間なんだろう。何かこう、嫌な事もやるべき事も全部忘れさせてくれるくらい強烈な誘惑と母性(母親居ないから予想ね)を感じさせる包容力。もう何もかもどうでもよく思ってきちゃう。んー、ずっとこのままで居たい。なんなら、もうずっと永眠しても許しちゃ――。



 ―――なんて。夢に現を抜かしながらも温かい牢獄というの名の魔道具、布団から解放を試みてパッと目が覚めた。

 見知った天井に見知った部屋の中。質素で少し陰湿ぼい木材と荘厳で煌びやかなシャンデリアが吊るされているというアンバランスな内装の雰囲気に対して俺の心は穏やかじゃなかった。

 若干混乱が発生中です。



 「あれ、ここ俺の部屋だよな?それに今何時だ?俺の荷物がもう滅茶苦茶に乱雑されてるけど、誰か漁りに来たんじゃないだろうな」



 寝た体勢じゃあ子細に見渡す事が出来ないから何とか重い上体を起こすとまず初めに目に映るのは上半身裸に包帯の数々。胸部と脇腹を主に深い傷を負ったから何重にも巻かれていて正直きついけどまあ意識を失って誰かが俺を治療してくれんだと思うと感謝で胸が一杯だ。


 あと、頭にも巻かれてるけどどうやら右目も相当な怪我だったのだろうか。いつも着けていた眼帯もあの戦いで紛失しちゃったからその代替品として見事に右目ごと覆っている。



 「そうだ、タミル。タミルは何処に―――」



 彼女も相当な怪我を負っていたのを意識が失う手前で見て取れたから、俺と同じようにベッドで寝かされていると思い、立ち上がる動作に移ろうとした直後に部屋の扉が開き、一人の女性が入ってきた。




 「やっと起きたのねオゼル。心配したのよ」



 見知った顔。そう、俺の相棒であるタミル。彼女は俺の顔を見るなり一瞬だけ驚くが直ぐに柔らかい表情に戻りゆっくりとベットまで近寄る。服装はいつもの黒装束でなく白を基調としたシンプルな洋服だった。髪型も後頭部を一つに結い上げて纏めていたので目新しさについ見惚れてしまう。

 彼女が両手で持っているのは擂鉢と色よりどりの薬草、そして緑色の液体が入った湯飲みが置いてあるトレー。東方伝統である病人には必ず処方するとされる薬と緑茶でこれが本当に苦くて何回飲んでも慣れない。



 まあ、そんな事よりも。



 「………身体の方は大丈夫かタミル?お前もアイツらにだいぶ怪我してたみたいだったけど」



 「私は軽傷だけで済んだから問題ないわ。それよりも貴方の傷の方が酷かったんだから。もう、丸二日も目を覚まさなかったのよ」



 彼女の心配をしたつもりが癪に障ったのか少し眉間に皺を寄せて口調荒く言われた。よくよく見れば彼女も身体中に包帯ではないがガーゼが所々に貼られている。深手を負っていたのは俺だけだったみたいだし、思わず安堵の吐息。

 つか、俺二日も寝込んでたのかよ。時間感覚もよく分からないし、窓から差し込む陽光だけでは何となく日中なのは分かったけど。



 「そうか。タミルには迷惑を掛けたよ。ありがとう」



 「別に良いわよ。これで漸く買い物行ける訳だし」



 「なあ、それ撤回する事出来ます?」



 「男に二言はないんじゃなかったっけ」



 「くっそ!こういう時にそれ使うのズルいぞ!?」



 どんどん心を抉ってきやがるなこの女!一回の感謝したら二倍になって傷口を塩で塗りに来やがる!

 とほほ、涙の塩分で更に染みるわ………。



 「―――そうだ、日輪教。あれからどうなったんだ」



 脱線した話から少し強引ではあるけど本題に戻す。

 あれから時間は経ち、日輪教が今現在どういう状況なのかを逸早く知りたかった。



 「そうね。オゼル、貴方は何処まで覚えてる?」



 「俺が頭領であるアポロを斃した後にタミルと無事に合流して、能力の使い過ぎによる限界で意識落とされた辺りか」



 「んじゃあ、その後の事ね」



 薬草を擂鉢に入れて細かく擂り潰しながら訥々と、事の顛末を話してくれた。




 「オゼルが意識落とした後に、たくさんの憲兵がやってきたわ。あれだけ騒ぎを立てたら流石に黙ってなかったもん。見つかると面倒だったから私は頑張って貴方を背負って逃亡したけど」



 「………その節はどうもすみません」



 「ふん。それで貴方が斃した頭領アポロの敗北によって実質日輪教は壊滅。捕縛された総勢百四十八名の部下たちは牢屋行きになったわ。まあ、中には脱走を図ろうとする輩が多くて後を絶たないみたいね」



 バツが悪い顔で頭を下げたが、軽く鼻であしらわれて話を続けられた。

 タミル、ちょっと怒ってるのか………?



 「更に言えば今回の騒動で王国の上層部が権柄ずくにさも我々の手柄だと市民に公表するよう命令を下したそうだけど、実際現場に居合わせた憲兵らが多かったから明らかなその虚実に反対した事によって阻止されたわ。しかも、上層部のやり方が王都中に広まり市民からの信頼は地の底まで落ちたみたい。身から出た錆ね」



 本当に気に食わないわ、と嫌悪感丸出しに呟く。

 クベラ大国は隣国との冷戦に着手し過ぎた所為で今回の騒動も全て丸投げ。それは言わずもここの宿屋兼ギルドにも依頼が回ってくるくらいに国民の頭を悩ませて縋るように助けを求めていた。それも俺たち旅人や傭兵といったこの国とは関わりのない者たちの手を借りなければならない程にも。



 心の底からムカついているんだろうなタミルは。

 正義感に満ち溢れた性格であるからこそ、こうも怒れるのだから。



 「ま、まあでも。無事この国に危機が過ぎ去ったって考えれば結果的にはめでたしなはずだろ?それにタミルも。俺も。二人とも大事無いんだからお互い健闘を讃え合おうぜ?」



 「それもそうなんだけど、ね………」



 苦笑いで彼女に掌を仰々しく振っては窘めるがそれでも一向に曇りが掛かった表情を変えない。話している間も手際良く薬草を順番に擂鉢の中で細かく潰しながら調合していたがそれを止めると顔を此方に向ける。

 


 「………ねえ、オゼル。こんな事聞くのは野暮かもしれないけどさ」




 何やら神妙な面構えであったからつい改まって耳を傾ける。




 「………❝イェフダを殺してない❞?」




 「………はぇ?」



 意表突かれて思わず声が出ちゃったよ。

 いやいや、だってタミルが闘ってた中に確かに居たよなその男。俺が誤って手に掛けたのなら彼女だってそこにいたからこんな分かり切った質問はしてこないし、もしかしたら俺の意識が一瞬飲み込まれて無意識にやっちまったとかだけど、冷静に考えてアポロと闘ってた訳だしほぼ不可能だもんな。



 「てかタミル、そのイェフダって奴とも闘ってたんじゃなかったのか?」



 「………ええ、途中まではそうだったわ。でも追い詰めた手前で急に目の前がピカって光って、元に戻った頃には既に姿を消されてた。あと少しだったてのに、あんな狡い技使って逃げたのよ!しかも、私の暗術を持ってしても感知出来ないなんて!卑怯よ!!」



 「あ、あの………タミルさん?取り敢えず落ち着きましょう?」



 地団太を踏み鳴らし悔しそうに怒りと擂り潰された薬草の粉末も撒き散らしてくるので、すかさず彼女の肩を押さえてもう一度窘める。

 タミル、アイツと何があったんだよ。と心の中で突っ込みを入れると少し鎮静化したタミルは紅潮した頬でコホンと咳払いで仕切り直す。



 「―――えっと、まあそのあれよ。実際はどうなの?」



 「もう何か色々と聞きたいけど一先ず置いとくとして。………イェフダは殺してないしそれ以前にタミルと分かれてからも一度も遭遇してないよ」



 床に散りばめられた薬草の粉末を手で掬って擂鉢に戻すタミルはそう、と腑に落ちなさそうに呟いた。

 てか、落ちたの戻すなよ。


 俺の細やかな願いも虚しく回収が一通り終えた彼女は椅子に座ると今度は此方を向かずに擂り潰す事に集中するようになり、一抹の静寂が流れる。


 ふと、窓越しから聞こえる音に耳を傾ける。雑踏とした人々の飛び交う声。それはこの国を訪れた際も聞いたけど、前とは違う活気溢れる弾んだものではなく、どこか重苦しくどんよりとしたような暗いものだった。


 日輪教の脅威が払拭されたって言うのに、また別の新たな問題が生まれて国民の不安を煽ってくる事態に俺の心も晴れない。


 

 「それで。何だってそんな事聞くんだタミル?お前の事だ。何か気掛かりがあるんだろ」



 この部屋に漂うもやもやとした空気もどうにか脱却したい一心でタミルに事の真相に言及を求める。



 「………今朝なんだけど」

 


 どうやら調合が終わったみたいで濃い緑色のした粉末が入った薬包紙と緑茶をそっと渡してきたから受け取り、俺が寝ているベッドの足元辺りに腰を掛ける。



 「もう少し情報が欲しいと思って収集に出向いたら路地でやたらと人が集まってるのを見掛けてこっそりと観察してたの。そこの中心に憲兵も居たからちょっと警戒はしつつ何の騒ぎなのかを見てる人に聞いたら、正直耳を疑ったわ」



 「………そこに何があったんだ?」



 「❝死体が路地裏で見つかった❞って。ただの殺人だったら憲兵に任せとけばいいかと思ったけど、そんな事はなかったわ」



 「まさか、日輪教に殺された人が―――?」



 被害者が出ていたのかと。そんな最悪の事態が一瞬脳裏を過ぎったが、



 「いえ、その逆よ」



 間髪入れず否定が入った事にホッと安堵したけど、タミルの言葉に一足遅れて疑問が生まれる。



 「逆ってどういう意味だタミル?」



 「言葉通りよオゼル。日輪教に殺された人ではなく❝誰かが日輪教の人を殺した❞のよ。それも私がよく知る男がその被害者とはね………」



 「………おいおい、待てよ。じゃあ、その死んだ人ってのは―――」



 「イェフダよ」



 まさかの事実に言葉が出てこない。俺たちが取り逃がした青髪オールバックの魔術師が何者かよって殺されるなんて予想だにしなかった。



 「現場の近くに粉々になった水晶玉が散らばってたし私もこの目で確認したけど間違いなかったわ。あれはイェフダが持ってた水晶玉だったもの」



 「で、でもよタミル。そいつはちょっとおかしくないか?仮にイェフダが誰かに殺されたとなると、彼以上に強い奴がこの国にそんな都合よく現れるのか?それに有り得ないかもだけど自殺とかも考えられるだろ?」



 「私たち以外にもしかしたら居たのかもしれないしそこははっきりと断言は出来ないけど、唯一分かるのはあれは自殺とは考えにくい」



 「………どういう事だ?」



 彼女は黙り込む。そして漆黒のした双眸を此方に見据え、一呼吸置いて答える。



 「焼死体だったのよ。最早本人なのかですら特定出来ないくらい徹底的に燃やし尽くされていたわ。それに不可解にも転がっていた死体を中心に地面が円形状に黒焦げにされて、まるで上空から攻撃を受けたかのように、ね」



 一体誰がやったんだろう、と後付けした彼女は目撃した現場を鮮明に思い出すように瞑目し黙考する。

 この場で彼女しか見た事がないからあまり実感は湧かないけど、つまり他の誰かが逃亡していたイェフダを人知れずに仕留めた事で間接的になるがこれで余燼が燻る心配はなくなったのか。

 

 でも確かにこれは綺麗さっぱりなハッピーエンドではない。イェフダや日輪教の件より今は深刻になっているのが王国の不信問題と見て取れた方がいいのかもしれない。ぺルン大国との冷戦問題が現在進行形で続いている状況でもっと内輪が団結して気を引き締めなきゃならない時期に大臣ら上層部のエゴによって逆に亀裂が走らせてしまった。

 破壊は一瞬、建設は一生だ。上層部がこれからどう対応していくかによってこの国の未来は左右する。俺たちがこの問題に深くまで干渉出来るかと聞かれたら、恐らく厳しいかもしれない。



 「いずれにせよ、私たちが日輪教の騒動に関わっていた事はほんの一部の人しか知らないみたいだし、この事を王国側に報告してもいいけど、今がこんな状況だから一蹴されるのがオチなんだけどね」



 「タミルは報告する気あったのか?」



 「全く、これっぽちもないわよ」




 だろうな、と心中で思いながらブレンドされたオリジナルの処方薬を口に放り込み、緑茶で一気に流し込む。こうすると少しあの独特の苦みが軽減されるけどやっぱり駄目だ、胃から青臭い匂いが逆流してくるから余計吐き気を催してきやがる。

 うえっと舌を出して苦みを外に逃がしてるとタミルはゆっくりと立ち上がり、扉まで歩み出す。



 「ん、どこか行くのかタミル?」



 「ええ、ラーヒズヤのオジサンのところに。昨日中に報告は済ませたけど、まだ約束の報奨金を頂いてないから、ね。オゼルも落ち着いたら二階の応接間に来て」



 そう言う彼女の顔が何ともまあ悪人顔負けでニヤリと微笑んでおり、蝶番が軋む音を立ててこの部屋から退出した。


 一人では落ち着かない程広々とした部屋に俺だけが取り残され、少し虚しさを感じる。布団を剥いでベッドから降りて窓まで歩こうとすると丸二日寝てた事もあってか少し足元が覚束ない。寝過ぎるのは今度から止めとこ。


 オレンジ色の陽光が差し込む窓を開いて外の景色を眺める。

 太陽がまだ真上にあるから昼間なんだろうな。夜とは違い日中はかなり猛暑で吹いてくる熱風が顔の皮膚に張り付く。


 喧騒とした人だかりに広大で深く真っ青な空と海。そして、力強い生命力を感じさせる太陽。


 旅を始めて凡そ十年。世界中を周って来たけど、まだまだ知らない事が多い。それに、アポロから聞かされた内容がまだ脳裏に焼き付いている。


 ―――顕現者の存在。ポセイド帝国の陰謀。そして、俺の右目に施されている呪いの象徴、❝神属紋❞。



 力の制御もまだまだだし、今回は何とか上手く往なせたものの、改めて己の不甲斐なさを痛感させられた。彼女にも大変迷惑を掛け、心配させられた。


 こんな事が二度とない為に、今までただ一心不乱に力の制御を修行で世界中の旅をしていたが、今度は違う。



 「もっと知りたい。俺の事、この能力の事も………!」



 何処までも続く水平線の彼方を確固たる決意の基で新たな目的を胸に見詰める。過去に何度も味わった地獄のような毎日。ただ、楽な方向に流れれば良いと思い、途中から何も考えずに過ごしていた。だけど、そんなんじゃ駄目だ。



 俺は絶対に逃げない。この先何が待っていようと立ち止まらない。目を背けない。それが例え生まれてきた事を全否定されるような真実であろうと―――。





 ―――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――

 ―――――――――――――





 丸二日寝こんでから一週間が経った。

 結局タミルとの約束が決行され、さんざん荷物持ち兼財布持ちにされて泣く泣く一日中ずっと付き合う羽目になった。くそ、この悪女め。少しは遠慮って言葉を覚えろよ。しかも一日だけじゃない。次の日も。また次の日も!金がどんどん飛んでった。

 

 ああ、俺の全財産が………。



 「―――本当に、もう行くのか?」



 と、回想に浸り、愚痴を溢している俺をしゃがれた声によって呼び覚まされる。

 発した声の主は色々とお世話になった宿屋兼ギルドの支配人であるラーヒズヤ。とても厳つい面貌だが笑うととても可愛い初老だ。


 まあ、今俺たちがいる場所はというとクベラ大国首都から離れた港町ガネサ。色んな国からの船が多く、交流都市とも呼ばれる所以である。大量の物資や荷物が運ばれているその傍らで移動手段として他国からの観光客も乗せている船もある。

 俺たちは次の目的地行きの乗継便の搭乗手前の通路で話しているところだ。



 「ああ、もうこれ以上は迷惑は掛けられない。ありがとう」



 「長居し過ぎるのもちょっと問題があってね。悠長にしてられないのよ」



 タミルと俺は港をウロウロとしている見慣れた甲冑をした人たちを横目で見詰めながら話す。

 深い藍と白のツートンカラー。ポセイド帝国の追手だ。まさか昨日の晩にこの国に到着してたみたいでずっと俺の事を探している。幸いにも今のところ気付かれていないようだ。


 それからボロボロになった俺の服も一新。路頭に立ち並んでた商店に同じ服があったからそれを購入して、後は身元がバレないように黒色のストールで口元を隠す。一方で彼女はいつも巻いているマフラーと黒装束と相も変わらずのスタイル。



 「………そうか、どうやら深い事情があるみたいだね。少し名残惜しいが仕方ない」



 俺たちの反応に察したラーヒズヤは瞼を閉じてこれ以上は何も言ってこなかった。これが場数を踏んできた大人の対応何だろうな。



 「無責任かもしれないが、国が大変な時期に力添えになれなくてすまん。本当だったら何か手伝いたいけど」



 「いいんだそんな心配は。これは私たちクベラ大国の問題。余所者が出る幕ではないよ。だから、気にせず旅を続けなさい」



 申し訳なそうに頭を下げるとラーヒズヤは苦笑を浮かべながら片手で制した。彼はこう言うものの何も出来ない事に歯痒さを感じる。

 俺はタミルの方に顔を向けると彼女も困ったように眉を顰めて仕方そうに悟っていた。


 そんな別れを惜しんでいる内に後方から出発の合図とも呼べる甲高い汽笛の音が鳴り響いてきた。



 「もうそろそろだぞ。どうか息災でな」



 そう言うとラーヒズヤはそっと片手を差し伸べてきたのでそれに俺も答えるように握手を交わす。



 「………ああ、そちらこそ」



 

 力強く握り締め合う。短期間ではあったがお互いお世話になったその場限りの関係ではない。もしかしすると再び訪れる時が来るかもしれない。そんな日を待ち望んで、暫しのお別れを示す。


 タミルも握手を済ませ、俺ら二人は急ぎ足で船に搭乗する。


 たくさんの乗客から押し退けて船尾辺りにまで移動し、真下に未だ佇んでいるラーヒズヤを確認すると微笑みを絶やさず此方を見詰めていた。



 そして、汽笛が再度。木造の船が波に揺られながらゆっくりと動き始めると徐々に速度も上げる。手摺に手を掛け、潮風を感じながら小さくなっていくラーヒズヤの姿に手を振る。



 カモメの声を聴きながら、もうあっという間に港町が遠くなっていた。ポセイド帝国の追手もこれで出し抜く事にも成功した事になる。



 「最後までお人好しなオジサンだったわね」



 「そうだな。………全く、敵わないな」



  長い黒髪が風に靡かれ、手で押さえつけながらそう言う彼女にふっと笑いながらラーヒズヤの人情に同意する。


 遠くぼんやりと小さくなったクベラ大国。貿易が盛んで繁栄した貿易国家は日輪教の脅威から無事に脱却したが新たに生まれた問題が立ちはだかった。その問題の一部始終を見届ける事は叶わないが、俺たちは今度訪れた際にその後日談を聞かされるのであろう。



 「―――ねえオゼル」



 「ん?」



 呼びかけられて振り返る。

 瞼を閉じていた彼女の顔は何処か憂いているようにも見えた。何か思うところがあるのだろうかと首を傾げてしまう。


 するとタミルは髪をかき上げ、すっと漆黒の双眸を覗かせる。



 「今度来た時に、何かお土産でも持っていきましょ」



 「―――ああ」



 微笑みを受けて、つい俺も笑ってしまった。お前もお人好しだな、と呟き、米粒サイズになったクベラ大国にまた顔を戻す。



 肌で感じた人々の温もりを。味わった未熟さも。全部ひっくるめてあの国で良い経験させてもらった。次来た時にはラーヒズヤのオジサン含め色んな人に何倍もお礼をしたいもんだ。

 なんて、それが何時になるかは分からない計画を脳の片隅に置いて、次なる目的地に思いを馳せる。



 今から向かう場所はかの世界大戦以降に急激に成長を遂げた大国家。



 そこで待ち受けているのはどんなものか、それを今は知る由もないだろう。


 

 


 *** *** *** ***




 港町から遠く離れた一本の木が生えている丘に人影が一つ。



 海からやってくる激しい潮風によって葉は乱れ、騒がしい音を立て続ける。



 「………」



 しかし、人影は動かない。



 遠く彼方へと消えていった二人を乗せた船が向かう方を、黙ったまま見詰めている。



 人影は何を思っているのか。



 それは誰も分からない。



 ただ、人影は笑う。



 この先彼らが待ち受けている未来を嘲笑うかのように。静かにと。



 真上に浮かぶ太陽が雲に隠れ、次第に辺りは薄暗く変化する。



 そして、人影は刹那に姿を消したのだった。

 

2019年11月02現在

第一章が無事に完結です!

ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます!

引き続き、第二章もどうかよろしくお願いします!


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