Episode21:決着
黒炎と岩石が交差する貧民街。周囲の環境を一瞬にして変えてしまう程の威力をお互い持ち合わせている。俺の黒炎によって空気中に拡散する火の粉は生きる者の喉を焼き焦がせば肺機能を停止させる毒物になり、そして容赦のない黒炎は建物は全て黒い火の海と化する。それに対抗するアポロの岩石は地形を大きく変動させ、黒炎の波を遮る役目を果たせば自分の周りに黒い火の粉が降り掛からないように微粒子レベルの岩石で相殺する。
振るえば振るう程に出血と骨折による饗宴。力の抑制が効かない右目の開眼は知らぬ内に自分自身の身体に大きな悲鳴を与えてくる。それでも俺の中の痛覚を無視し、ノンストップで黒炎をアポロに撒き散らす。
「―――はっ!」
大きく開口するアポロは全ての黒炎を回避すると、地面から数多く岩石の槍を放出させる。そんな応酬に俺は横に移動しながら右目のコレで迫り来る槍を捉えれば先端から黒炎に飲み込まれ次第に空中分散する。顕現したレイヴァティンを持ち、アポロの周囲に浮遊している槍を只管壊していく。全て壊さない限り本体に到達しない鉄壁の守りは、一朝有事の際に二重三重と堅牢な岩石で防御に徹している。
しかし、ただ防御に徹しているだけでない事もこの戦いの流れで把握している。
「そらァ!」
鉤爪を突きの構えにして、心臓や頭といった急所に何度も撃って来るのを難なくレイヴァティンの面で防ぐ。片目だけで捌いてきたが両目になるとこうも見易い。それに、矢張りコレは❝視え過ぎる❞。
何処を狙うか、どのタイミングなのかが全て遅れてくるかのように動きが先読み出来る。忌まわしい右目だがこの場面でのみ活躍している事にもどかしさはあるが少なからず助けられている。
タイミングを見計らって後方にバック転で離脱。その際にレイヴァティンを上空一杯に投げると空いた両手の拳を空中で鳴らす。黒い火花を散らし、花開く形で構えに移る。
「❝黒炎地獄❞!」
逆さのまま滞空状態を維持させながら黒い火炎放射を放つ。右目の解放によってなのか心の奥底から力が湧き出て来るのに億劫となっていたのに自然と口と身体が動いた事に自分でも驚いてしまう。しかも威力は今まで以上最大出力。先程の俺だったら放出して即リタイアレベルだが、不思議にもまだ余裕だ。
そんな広範囲に拡がる火炎放射によってアポロは炎に包まれて、空中の槍だけでなく全身の鎧までもみるみるうちに溶かし尽くす。足掻こうと新たな岩石を形成しようにも完成する前で原形を留めなくなる程にどろどろと液状へとなる。それは本体の生身諸共。絵面にすればもうグロテスクの塊だし描写しようにもどれがどの器官なのか、もう皆目見当付かない。
地面に着地すると同タイミングで上空から先程投げたレイヴァティンが回転しながら俺の掌に落ちてくるのを無事にキャッチする。眼前に蝋燭のように燃えるアポロを暫時凝視すると直ぐに元の姿に戻る動きを見せる。
「いい加減………くたばってくれよ」
苦笑いを浮かべながらゾンビみたいな化け物の復活劇の繰り返しに流石に嫌気が差す。今まで数えていたが計五十一回こいつは死亡している。何度も即死する怪我を与えても関係ないくらい超速の再生力だし終わりが見えない。まじでこいつ、死なないんじゃないか。
なんて思った傍から、
「やって………くれるじゃないか、少年」
黒炎の渦の中から悠然と歩いて登場する。そんなアポロの顔の右半分だけ筋線維を晒しており、血も傷も絶えない状態。構築した岩石の鎧も心成しか再生する速度が遅くなれば至る所に罅が走っているのを俺は見逃さなかった。
(あと一押し、てところか………)
僅かに光明が見えかけた事を確信して天に昇る竜を象ったレイヴァティンの柄を両手で確りと掴み直す。力を込め、灼熱の黒炎剣を前に横一直線に薙ぎ払うと波状の斬撃が放出する。
しかし、
「無駄だ!!」
吠えながら裏拳でそれを弾き飛ばし、低い体勢になると両手を地面に一回叩きつける。そこから無数の棘が此方に向かって突出して迫る。
まともに食らえば蜂の巣だ。横に跳躍するが意思を持ったようにしつこく追尾してくる。
俺は兎に角走る。建物や残骸と化した障害物を利用して少しでも棘の勢いを殺しながら回避する。右目を使えばこんな攻撃は余裕だけど、後の事を考えて今回は止めといた。理由は簡単。今はその時じゃないからだ。
走りながら様々な作戦を頭の中を懸命に働かせる。今まで鉤爪やドリルみたいな刃物に形成させて接近戦で挑んできたが、ヴァルカンを放ってからか急に飛来する槍や地面から生えてくる棘といった遠距離戦で来るようになった。
相手は恐らく焦っている。俺の右目はアイツからしたら意表を突かれた能力の一つ。開眼に伴って力の増幅と視え過ぎる目による先読みがアイツを一気に追い込んだ。更に加えて自己再生能力の限界が近いのかもしれない。たぶん六十いくかいかないかで機能を失い、死亡すると見た。現に襤褸が出始めてるのが証拠だ。
―――隙は必ずやって来る。その為にも右目に力を温存させる。
(ここが正念場だな)
上手く力の微調整に神経を鋭かせつつも背後から接近してくるは突出する数多の岩石の棘にも意識を向ける。ちょくちょく後ろを向いては波状の斬撃で相殺させるの繰り返し。そして重力に逆らうように壁を走り、建物の屋上に辿り着く。棘は此方まで昇り詰めて来ないのを確認し、だいぶ離れた場所に立っているアポロを目で捉える。
向こうも俺の姿を見つけたか、奴の周囲に岩石の槍を複数構築させるとすぐさま放出する。
「おらぁあああ―――!!」
声を上げながら屋上から飛び降りると時間差で槍が俺の居たところを串刺しにした。着地の衝撃を和らげるように前に倒れ込むように受け身で転がり立ち上がってはアポロに向かう。
全速も全速。両足の踝に黒炎の車輪を纏わせ、速度を上げる補助能力を付与する。
苦い表情を浮かべるアポロは両腕を穿孔状の刃に変形させ、レイヴァティンに対抗してくるがそれでも何でも溶かす黒炎剣を前には歯が立たず、両腕ごと斬り落とすと地面から無数の棘が突出。それを何とか後方へと跳躍して回避すれば再び膠着状態へと移る。
「何も考え無しで無鉄砲な程愚かじゃないだろう。これで何度目だ。遂に焼きが回ったか」
「既に勝ったと自惚れぬなよ少年。ただそうだな、まさかここまで逆に追い詰められるとは思っていなかった。君を串刺しにした時に確りと息の根を止めとくべきだったと、酷く後悔させられるよ。………それに、君の右目の能力は全く持っての予想外。此方の攻撃を全部無に帰すなんてね。これには自慢の岩石も無意味だ」
両腕を再生させようとするも矢張りかなり時間が掛かっている。これで確信した。こいつはもうすぐくたばる、と。
レイヴァティンを肩に預け、この町の騒動の主犯である日輪教の頭領に幾つかの質問を持ち掛ける。
「てめえは何故この町の連中を襲わせるよう指示した?」
「あれはオレじゃないよ、イェフダが全部決めた指示だ」
「日輪教の目的とは何だ?」
「自由の解放。それ以上もそれ以下でもない。ただそれだけだ」
「嘘だな。現にてめえは過去に一国を滅ぼした罪があるじゃねえか。自由の解放なんて曖昧な理由で誤魔化すな」
「ほう、じゃあなんだ。オレたちがこの国を滅ぼす真っ当な理由があるとでも思ってるのか」
「てめえのこれまで全てだ。この国も、町の住人達が物語ってるだろが」
「憶測で物事を先走り過ぎるな。君たちの主観でオレたちがどう目に映っているかなんて興味ない。ただオレはな。部下であるアイツら一人ひとりに幸せになって欲しいんだ。過去に辛い境遇を持ち、中には家族が全て殺されて身寄りがないところをオレが引き取った子も居る。ガキの頃から育った君と同じくらいの子だって居るさ」
気付いた頃には両腕は再生が終わり、鉤爪に戻っている。敵意を含んだ視線を向けて、更に話を続ける。
「それに、オレはもう汚れている。アイツらに教えてやれる事は汚れた仕事しかなかった。それを糧にして、幸せの自由を掴み取って欲しいモノさ」
「………世迷言を。少なくともてめえには傭兵として国の道標として、誰よりも信頼されていた時代があったはずだ。一度逸れた道から正せる時間も猶予もあったのに、何故それを部下たちに教えなかった」
「その台詞は却って君にも同じ事が言えるだろ。君は下らない復讐心に駆られて生き続けている。タミルという少女が居ながら、どうして君はそんな選択肢しか選べなかった」
「俺には、そう選ぶしかなかった。あの国に生まれた時点で決まっていたんだ。背に腹は代えられない。何としてても俺はあの男を殺さなければ、救う事も救われる事も出来ない。俺に課せられた戒めは運命でもあり、使命でもある。これだけは譲れない」
「………オレも中々の壊れ具合だと自覚してはいたが、君はそれ以上に歪んでいるな。顕現される者はなかなかどうして、似た奴しか居ないのか」
どっと笑い声を上げるとアポロの地面からは岩石で形成された狼を、周囲からも無数の岩石の槍が構築される。そして両腕もまた穿孔状の刃を煌めかせる。
「………最後に一つ。今でもポセイド帝国―――いや、ルイゼーンとは裏で繋がっているのか?」
一番気になっていた質問。奴が傭兵時代に憎き仇敵・ルイゼーンと接触していた事に俺は縋る思いで問い掛ける。もし、関わっていたとなると何か聞き出せる情報があると睨んで。
一抹の時間が流れる。口火を切らしたアポロが出した答えは、
「―――いいや。傭兵時代にルイゼーンと接触したきりでもう一切合財繋がりはない」
冷淡で平坦な口調での返答だった。
「………」
俺の様子を見て、肩を竦めるアポロは右腕の刃の先端を向ける。
「―――もう、終わりにしよう。オレも最後の最後まで無様に足掻させて貰う。だからよ、死ぬまで付き合えよ」
その言葉を引き金に岩石の狼は遠吠え、周囲の槍は一斉に射撃準備に入る。
満月の夜。斑だった雲も全て消え去る事で月明りが日中みたいに明るくこの場に佇むアポロと俺の姿を鮮明に映し出す。凄まじく張り詰めた空気が漂い、次の一手で全てが決まると。お互いがそう認識した。
俺はレイヴァティンを構えるのでなく、柄から手放す。地面に落ちる事なく浮遊するそれは原形を無くし、ただの黒炎となった状態で俺の右目に吸い込まれるように消えていった。右目に溜めていたのは俺の中の全ての黒炎。そして起こるのは右目を中心に並び不可解な文字列と共に六芒星の紋章は一つに限らず、手前にいくにつれて小さくなるように六芒星の紋章が三枚顕現した。
「覚えとくといい。我が名はアポロ。日輪教の頭領として自由を手にする男だ」
「………オゼル。今からてめえを斃して、この国を護る男の名だ」
ニヤリと口元を歪ませて名乗り上げたアポロに俺も応対する。凄まじい気迫が俺とアポロを中心に発生し、大気を震わせる。
先制に出た岩石の狼と槍の嵐。地上、空中全てを占領したこの光景は言わずも圧巻の一言。絶対不可避の攻撃。まともに食らえば即死。そんなのは身体でもう覚えている。なのに。こんな状況でも俺は、思わず笑ってしまった。
左目だけは閉眼し、右目だけで全てを捉える。そして、放つは、
「―――❝冥炎❞」
視界は全て漆黒に染まる程の、冷たい黒炎によって全てを飲み込んだ。それは大袈裟な表現ではなく、言葉通りに放射線に放たれた黒炎によって岩石の狼、槍、そしてアポロ諸共に闇の中に消え去った。
音のない。迫力が伝わって来ない。しかし、飲み込んだ全てはこの能力の威力を物語っていた。
前方の広範囲に拡がったムスペルは目の前に並ぶ建物の幾つかは跡形もなく消し、その余波で範囲外であったはずの日輪教のアジトにも影響を与え、支えを失った下層部は耐え切れず崩落を始める事で音が蘇る。
土煙が崩落によって巻き上がる周囲一帯。そこに逆風が訪れ、一気に視界が明瞭になる。地面ごと抉られ、綺麗に溶けている。当然のようにもろに食らったアポロも肉片残さず、塵になったかすら微妙だがその場には居なかった。
ルビカンテとヴァルカンを併せ持った俺の最後の切り札にして、諸刃の炎といったところか。
「ぐッ………!」
急激な痛みが右目を襲い、反射的に掌で抑える。涙のように流れる血が指の間から漏れ出す。全ての黒炎を一気に放出出来ると引き換えに暫くは能力が使用出来ない上に身体に大きく負担を与える。
左目だけで周囲を見渡す。先程まで騒がしかった戦闘も過ぎ去り、静寂がやって来た。
「終わ………たのか………?」
漸く終わった戦いに遅れて勝利の実感が湧き、安堵の笑みを浮かべる。
そしてその場から動かず一点を見詰めて佇む。アポロの居た場所からは自己再生能力独特の白煙を立てるのだが、そんな予備動作は見受けられない。何度も俺に間隙を織ったそれも遂に終焉を告げる。
―――これで日輪教の暴挙は無事収束した。頭領アポロの敗北によってこの国の平和は約束されたのだと。
遠くに聳え立つこの国の象徴である城を眺める。安泰を望み、鎮座している国王には事の顛末を報告するべきか。日輪教を相手に派手に大暴れした事には変わりないしな。少なくとも一般市民にも迷惑掛けちゃったし。そうなると、お尋ね者である俺らには早々に立ち去るべきか。
あと憲兵たちがこの場所にそろそろやって来る頃だ。説明苦手だから誤解されそうだし、最悪の場合事情聴取を受ける為に連行されて、牢獄に放り込まれそう。
「―――逃げるか」
色々と想像したら冷や汗が止まらないわ。足早にこの場を去ろうとすると、
「オゼル!!」
背後から聞き慣れた声で俺の名前を呼ばれた。振り向くとそこには少し疲れたような表情だが笑顔を浮かべるタミルが手を振って立っている。見れば身体中傷だらけで黒装束で分かりづらいが彼女の血も一緒に付いていた。あの数を相手に五体満足で済んだ事にホッとし俺も笑顔で手を振り返す。
ゆっくりと此方に歩み寄って来る彼女を見詰め、
「―――あらっ?」
視界が歪む。確かに彼女をこの目で映し出していたのにそれが絵具みたいにグニャっと。それに、この妙な感覚は身に覚えがある。
「あ、これ、やばい」
そうだ、師匠との修行中で何度も味わった事のある。過剰に能力を使い過ぎた時に起こる―――❝限界の合図❞。
「―――オ、オゼル!?」
俺の変化に驚きの声を上げ、切羽詰まった表情で駆けつける。
おいおい、勘弁してくれよ。折角の感動の再会なのに、ここで一旦お休みかよ。
今度は視界は大きく傾く。身体が倒れ込んで全身を大きく打つ。
あー、痛ぇ。くそ、身体が言う事聞かねえや。
倒れた俺を優しく抱き上げ、焦りを浮かべて何度も俺の名前を叫ぶ。近い距離で顔を覗き込む彼女はくりっとした目と長い睫毛、そして端正な顔立ちに不釣り合いに多くの小さな掠り傷があった。
こん畜生、お前もそんな怪我負ってるのに俺は暢気に倒れてる場合か。起きろ、起きるんだオゼル―――てあ、やばい。意識が………。
自分の体たらくに対する不甲斐無さに心からの嘆きを上げ、激痛と疲労からくる眠気が俺の意識を奪っていく。
そして、閉じかけの朧げな意識の最後に祈りを込める。
どうか、誤って捕まりませんように、と―――。
それが俺の、願い。




