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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第1章 偽りの太陽編
20/35

Episode19:同類



 *** *** *** ***



 「――――いっつ!?」


 意識が覚醒した瞬間、急激に訪れた痛覚によって身体中があられのない血塗れである事に気付くと思わず苦鳴が漏れる。

 痛みに耐えながら床に仰向けで倒れて、所々穴が開いた天井を見詰める。

 頭に血が昇ってた所為で上手く情報処理が熟せなかったが頭から落ちたお陰で何とか以前より冷静になれた。まあ頭から滂沱みたいに溢れ出る血が隻眼しかない方にばかり流れて視界が霞むし、況してや肉体が言う事聞かないし、全く良い事ない。



 俺を吹き飛ばした当の本人はというと恐らく暢気に階段を下ってるだろうよ。自分と同じ能力を所持している奴と闘うなんて、他にいなかっただろうし、まるで子供に玩具を与えたような喜びようで楽しんでやがる。


 なんて。下らない事考えてる暇はない。今も奴はじわじわとやって来る。ここまで辿り着く前に作戦を練らなくてはな。



 まずはあの岩石だ。一気に攻めていた際に燃えるだけでなく破砕能力もあるアグニスですら罅一つ付かなかった。岩石で構築された鉤爪やら穿孔状の刃、何れも一つ一つに圧倒的な威力を誇っている訳でもない。つまり、あいつの一番の武器は頑丈さだ。並大抵の攻撃じゃ無駄だろうし、ルビカンテを使う場面も限られてくる。もう❝あの技❞に賭けてみるのも戦略の内かな。



 それに超速な自己再生能力。ルビカンテを放って確実に殺しても尚立ち上がる。それに気になっているフレーズが耳に残っている。あいつは❝一回死亡❞といった。つまり、あの無敵にも見える自己再生には限度が存在している。だが、再生できなくなるまで攻撃を続けられる程今の俺の体力じゃあ厳しい。



 左手で身体中をまさぐる。奴によって食らった深い傷口は依然と残っており、骨も何本か折れている。加えて頭からの流血が絶えず、貧血間近だ。



 さて、どうしたものか。こうも完膚なきまでに叩きのめされたのはあの時以来か。まだこの能力を完璧に使いこなせず自暴自棄に陥いていた俺を軽くあしらって止めてくれた、俺の❝師匠❞。この世界の何処かで転々と飛び回っているし、もう数年も会っていない。元気にしているかな。



 「………」



 ふと、脳裏に色んな人が過ぎる。



 この国の住人たちは本当に活気盛んだ。すれ違えば心優しい微笑みと挨拶。露店で商売している声の大きいオジサンや顔に皺の入った笑顔が素敵なオバサンは流浪者の俺たちに食べ物を分け与えてくれる。



 宿屋にいた受付のお姉さん、ギルドマスターのラーヒズヤ。


 

 ここにきて出逢った人々の顔が走馬灯みたいに映像が頭の中に流れてくる。それと同時に心成しかふつふつと力が湧き出てくるのが分かる。



 ―――タミル。今も日輪教の奴らを相手にたった一人で闘っている。ここでへこたれてちゃあ、あいつに合わす顔がないな。



 倦怠感で重苦しかった身体をゆっくりと起き上がらせる。反動で塞ぎ始めてた傷口からまた出血するもお構いなしに震えていた膝を両手で押さえる。今までの恐怖も怒りも鎮め、深呼吸。まだいけると、自分に言い聞かせて迫り来る脅威に立ちはだかる。





 *** *** *** ***




 日中は極暑ともとれるクベラ大国も夜中は一転して極寒の地と化す。肌に突き刺さる一陣の冷気の風は幾許の不安と緊張を乗せて訪れる。そんな連綿と続いた日々もこの荒廃した貧民街の場で終止符を打つ。



 砂利と凝結した血液を踏み滲む音が一方。大理石で軽快に飛んだ音を立てて歩いてくる足音が一方。前者は俺で、後者は言うまでもなく外に出てきた相対する人物―――アポロ。



 岩石で構築された骸骨の鎧を纏う日輪教の頭領。関節の間に装甲が擦り合った音を奏でて出る姿に緊張感を走らせる。表情は見て取れないが喜色満面なんだろう。愉快気に笑い声を小さく上げる。



 「さっきの一撃で死ななくて良かったよ。これからもっと楽しくなるのにつまらないからさ」



 殺す勢いで吹き飛ばしといてよくそんな事が言えるな。なんて心の中で突っ込みを入れときながら黙ったままじっと睨み付ける。



 「さっきの場所じゃあお互い本気出せなかった。でももうその心配なんてする必要はない。こっからは、全力で殺し合える」



 すると、アポロの右腕が鈍い音を立て、俺を致命傷を負わせた得物、穿孔状の刃へと変化する。しかしそれは先程の何倍も大きい巨大な大剣。刃渡りが鋸みたいにギザギザし、殺傷能力を上げに来たのだ。

 


 それを右横へと振り払い、




 「―――ハハハハッ!!」




 甲高い笑い声と共に此方に向かって襲い掛かる。目にも止まらぬ速さで立っていた地面は半月状に抉られ、モクモクと土煙が立ち上がっていた。



 目の前に来るまで凡そ一秒にも満たない。格段とスピードを上げてきた。



 迫り来る死神のような男に俺は怯まず、両腕に力を込める。アグニスは殴打専用の技。だが今回は違う。どんなに堅牢な防御でも関係ない。謂わば、絶対的矛。



 「!?」




 スパっと。紙みたいに綺麗に斬られる。地面に落ちたのは肉片でもない。―――アポロの岩石。



 突然の出来事に何が起きたか分からないような表情、いやたぶんそうなんだろう。一気に大きく後退り、斬られた右手の刃を見やる。中から恐らくアポロの肉体がはみ出てて、剥き出しになった断面は、しかし一滴の血も滲ませない。



 (なんだ、この液体は………?)



 代わりに溢れているのは、溶岩のような赤黒い液状。それが滴り落ちると、地面は焦げたような匂いを漂わせる。視線を俺に戻し、口を開く。



 「何をした?」



 「どうも何も。これが俺の能力の一つだよ」




 問われてすぐさま俺の持っている❝これ❞を見せつける。



 一言で言えばこれは長剣。しかし、それもただの見た目ではない。鍔から刀身の途中まで蜷局を巻いて伸びる竜を象り、その大きな口からは切先まで燃え盛る黒炎の刃。一振りすれば黒い火の粉を吹き、冷たい空気を焼き焦がす。



 「………驚いた。燃える剣。しかも溶かすとは」



 驚嘆したアポロはじっとこの剣を舐めるように見詰めてくる。それに対して俺は右手で持っていた剣を両手に持ち直す。



 「❝黒炎剣(レイヴァティン)❞。こいつは俺の切り札の一つだ」



 そう、このレイヴァティンの能力はただ燃えるだけの剣でなく、対象を❝溶かして斬る❞。たとえどんなに攻撃を通さない最強の盾だとしても関係ない。万象万物、有象無象。この黒炎剣の前では凡てが無に帰す。



 俺がこの技を編み出すのに何年掛かったか。何度も顕現させていたのだが力加減が分からず、抑制し過ぎたり放出し過ぎたりと安定しなかった。この体たらくでこの場で顕現するのは最早賭けに近く、もし失敗していたら俺は岩石の刃で一刀両断され速攻あの世におじゃん。そんな命の駆け引きに無事完勝した事に思わず顔が綻んでしまうが直ぐに目の前の敵に切先を向ける。これが、こいつに対抗する唯一の手段だ。



 「………」

 



 斬られて暫く膠着状態が続くが、アポロは無言のまま右手を再生する。メキメキと音を立てながら、生身の腕、そして再び穿孔状の刃を構築する。そして完成すると近くの建物を斜め横一閃に振り切る。



 続くは亀裂の音。上半分が滑らかに斜面を走らせて、真っ二つに両断すると下半分は耐えられなくなり崩壊が起きる。自分の力を再確認したような行動とも見て取れた。



 「………この姿で容易く斬られるのは初めてだ」



 雨粒のように語る男は感嘆と称賛を含有した言葉を告げると顔を俺に再度向き直す。腰まで伸びる白髪を靡かせ、紺碧色に輝く双眸を刀剣のような鋭さで見詰めてくる。



 そして、



 「クフフフ………」



 屈託なく静かに笑う。斬られた事に対してなのか、将又俺のレイヴァティンに対してなのか。その答えは思いのほかあっさりと分かった。



 「―――ハッハッハッ!!! 面白い………ッ!なんだちゃんと持ってるじゃないかァ、オレと対等に殺し合える武器をよォ!?もっとだ、もっとそれをオレに見せてくれ!!そして痛みを!!恐怖を!!感じさせろォ!!」



 「………戦闘狂め」



 破顔一笑。これ以上にない笑い声を上げるこの男はこの戦いに快楽を覚えている。初めて会った時のテンションと比べると一段と狂気が増した事に戦慄を覚える。



 それでも俺は力強くレイヴァティンの柄を握り締め、今度は先手を打つ。



 地面を蹴り飛ばし、瞬時に相手の懐に入るとレイヴァティンを斜め下から振り上げる。まずは右肩を。そして今度は上から左肩を斬り落とす。両腕を失ってもアポロは高笑いを上げながら依然と立ったままにいる。異様な光景にも怯まずに攻撃の手を止まない。




 「ハッハッハッハ!!!!」



 ずっと、絶え間なく笑い続ける。身体中の至る所を斬り続けても。痛みを感じないのかと錯覚させるこの男の姿に俺は更にレイヴァティンに力を込める。



 「ッ………く、そッ!」



 



 右足、左足、首。そして斬り落としていった順に瞬時に再生する。それでも俺は、斬り続ける。



 ―――何度も。



 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。



 ―――斬っても。


 

 斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても斬っても。



 終わりの見えない怒涛の斬撃。

 もう、何回こいつを斬り続けたのか分からない。ただひたすら一心不乱にこいつを殺す事だけを考えていた。脳内に多量のアドレナリンが分泌しているだろう、興奮状態が続く。地面一帯にこの男の鮮血が飛び散り、真紅に染まっていく。レイヴァティンの溶かす能力も相まって血が蒸発し、空気も血の匂いで鼻の奥を刺激する。



 「ハア………ハア………」



 息が上がり、汗も滝のように流れる。力を無理に行使したツケが回ったのか五臓六腑、内側からぐずぐずと痺れる不快感がある。血流が止まり麻痺するような感覚に酷似している。胃から逆流するのは吐瀉物と吐血。レイヴァティンの先端を地面に突き刺し、身体の全体重を委ねて体調を整える。



 汗と血で閉じていた瞼を緩やかに開けて、目の前の❝それら❞を捉える。




 血の池に浮かぶバラバラに散在した五体。再生する際に発動する岩石の構築する音は疎らに鳴らす。この無残な状態でも機能する自己再生能力に慄きながらも常に笑顔を絶やさない骸骨の顔を睨み付ける。



 「………クフフ。いやあ、まさかここまで滅多切りにするとは思わなかった」



 声帯を切り離しても尚喋りと笑いを止めない。



 「それにしても君の顔は凄かったね。斬る度に本性を垣間見た気がするよ」



 ニヤニヤと。俺の顔をまじまじと眺めるように。そして、それを思い出すように紡ぐ。



 「悪魔の顔だ。斬っている時とても楽しそうにしてたぞ」



 もう一度レイヴァティンを抜き取り、ゆったりと覚束ない足取りで憎たらしい顔をしたコイツの額に切先を向ける。



 「オレと同じだ。何もかもに壊されて歪んでしまった心を持つ、惨めで哀れな―――」



 

 無意識に。燃え盛る黒炎剣を振り翳す。反吐が出るような悪魔が囁く声は途中で、プツンと。聴こえなくなった。

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