Episode18:抵抗
「❝神の贈物❞………」
アポロから放った言葉に俺は復唱する。選ばれた者にしか得られない能力。こいつの言っている通りであればアポロともう一人しか先天的顕現っていうのを得ている人がいないとなると極めて希少な存在なんだろう。力を持たない人からしたら、神様みたいな奇跡の力である事は間違いないはずだ。
でも、神様に近しい能力を得る反面、俺たちには確かに共通する部分が明確になっている。
アポロの場合、力を出した事によって人間の醜い部分が露出し、人間への失望。そして、心から愛した国を破壊へと導く。
俺の場合、物心つく頃から既に人体実験され、能力が顕現。亡命してはポセイド帝国の連中に追われる事になり、この世に絶望。そして、悪への歪んだ憎悪が生まれる。
どっちも、数奇な運命に弄ばれ、天に見放された人生を送ってきている。
もしかしすると、もう一人の先天的顕現した者や他に人体実験によって顕現された同類の者………はいるか分からないが、同じような経験をしている可能性はある。
力の代償の方が強いし❝神の贈物❞なんて表現で一括りするには余りにも生易し過ぎる。俺はそう、思った。
「………」
暫しの沈黙、静寂が訪れる。それにしても、一体どれ程の時間が経ったのだろうか。月も気付けば真上に浮かんでいるし、夜半に突入したかもしれない。気にしていなかった肌に突き刺す冷気が今になって襲い掛かる。
「また喋り過ぎたな」
口火を切らしたのは月明りで更に輝きを見せる白髪を持つアポロ。今度は笑みではない、真剣な表情を浮かべていた。
「君の漆黒の炎とオレの岩石。どっちが強いか白黒はっきりしないか?」
鈍色に煌めく岩石の鉤爪が擦りつく音を立てながら掌を開閉する事を繰り返す。対し俺は両拳に纏う炎が風前の灯火。勝機があるかと言えば正直分からない。身体には深い傷を負わされ、息も上がっている。剰え計三回ほどルビカンテを放ってしまった。満身創痍、疲労困憊である。
それでも、
「………上等」
気合で持ち直して両拳を重ね合わせ、炎の勢いを増す。長期戦になればなるほどこちら側が不利。短剣が使い物にならない以上、諸刃の剣だが一気に攻め込んでいくしかない。
「………❝獄炎拳❞」
呼応するように炎が次第に形態を変えていく。肘まで伸びる炎は装甲へと。殴打に特化した燃える灼熱の拳へと。
低い体勢に移り、両足を前後に立つ。
「すう………」
深く呼吸を吸い、
「………ふっ!!」
吐くと同時にアポロに目掛けて地面を力強く蹴り出す。まずは下から。生身の顔に狙いを定めて打ち上げる。
「!」
アポロは目を見開いたが直ぐに元の表情に戻り、岩石の腕を交差させて防御する。殴打の衝撃によって後方に一気に飛ばされる。それでも俺は手を止めない。
「まだまだッ!!」
後を追うように連撃を与える。岩石でコーティングされている箇所は幾ら攻撃しても無傷であるが、一方で生身の身体は簡単に焼け焦がせる。そこを重点的に狙っていく。
途中身体から血を噴き出し、骨も軋んだ音を鳴らしていたがもう関係ない。
「どっらぁあ!!」
縦横無尽に殴り続けていくと一瞬緩んだ両腕から露わになった顔に右の正拳突きを見舞いする。左頬に吸い込まれるように深く入った拳は鈍い音を立てて白肌を露わにするアポロの顔を歪ませる。しかし、アポロはそれに一切のよろめきも後退もせずに岩石の鉤爪で腕を掴んできた。
「ッ!このッ―――」
抵抗しようとした直後、俺の視界が百八十度変化する。
宙に一回転させられたのに気付いたのが一歩遅れて訪れる。そして次に来たのが、殴られたような痛み。俺の腹部に握り拳を作った鉤爪が深くまでめり込み後方の壁にまで飛ばされる。壁に激突した拍子に吐血を一回し、冷たい地面に伏せる。猛々しく燃え盛っていたアグニスも消え去ってしまった。
「動きが早くなって少々驚いたが、ただ早くなっただけで攻撃が単調なのは変わらない」
淡々と語るアポロは炎の拳による猛攻を受けて焼け焦げた箇所が白煙を立てながら自己再生していっているのが見て取れる。ほぼ無傷な事実に俺は痛みと共に声が出ない。
「折角素晴らしい能力を持っているのになぁ。先程の強力な攻撃はどうした?」
ルビカンテを所望しているがこれ以上撃つと身が持たない事をこいつには言えない。それに、全く勝機が見えてこない状況に内心焦りで一杯になる。少しでも勝利の糸口を探るように必死に黙考する。
「まだまだこんなモンじゃないだろ?オレにもっと見せてみろ、その能力を」
そんな俺とは対照的に愉快げに話し掛けてくるアポロは見下ろしてくる。答えるように俺はゆっくりと立ち上がり、息を整える。そしてもう一度アグニスを顕現。しかし、炎はさっきよりも微弱な勢いになってしまっている。
(このままじゃあ能力が尽きてしまう………。そうなる前にもう一度生身のあるところを攻め続けていけば………!)
そう、打開策を練っているのも束の間、
「はぁ………しゃあなし」
溜め息と同時に呟きに等しい独り言を溢すと百獣の王を思わせる立派な白い鬣のコートを脱ぎ出す。内側に着ている深い青色をしたⅤ字のシャツ。どちらかというとタンクトップに近い。そして、綺麗な顔立ちとは反比例に筋肉隆々でがっしりとした体格が現れた。
「なら、ここから本気で攻めていけば君も少しはそれらしい動きを見せてくれるだろ?」
「………は?」
アポロの言葉で疑問と驚愕を隠し切れず、思わず問い掛けようとするも、それは遮られる。物理的にでなく、目の前で起きたその現象に対してだ。
「まあこれをやるのは余りにも気が向かないからやりたくないんだけどね。なんせ―――」
両腕から生える岩石が少しずつ生身の肌を覆い被さっていく。短髪の白髪は腰にまで伸びる程長くなり、ゴツゴツとした岩石の鎧を全身に纏う姿は戦士をも思わせる。
「強くなり過ぎてつまらなくなるんだからよ………」
―――否、前述した言葉を撤回する。
顔を見るとそれは骸骨。それも凶悪な顔をした。そして一番注目すべき場所は歯だ。骸骨のような唇がない剥き出しになった状態であるが、人間の歯にしては余りにもかけ離れた鋭さが上の犬歯二本だけが肥大化している。眼窩の奥に映る眼球も白目のところが黒く濁り、紺碧色の瞳に移る瞳孔もそれは獣そのものである。
その姿は、かつての国を守護してきた太陽の戦士ではない。
岩石を身に纏う鈍色の死神。
「………ッ」
恐怖のあまり慄いてしまう。これが一国の英雄として慕われていた男の本当の姿。
そんな俺の反応を見て鼻で笑い飛ばすアポロ。
「怖いか?まあ、初めて見る奴は君と同じ反応をしてきた。………ぁあ、そうだ、オレの頭ン中に潜むコイツらもそうだった。恐怖と絶望で染まった顔で悲痛の叫びを上げ続けてた」
開いた右手を自分の顔半分を覆い隠し、思い出すような口振りでつらつらと述べる。表情が全く読み取れなくなった姿でも伝わってくる喜びと憐れみの感情。
「ああ、ゾクゾクする。これからコイツらみたいに阿鼻叫喚の音色が聴けるんだからなァ?」
自然と悪寒が背筋を走らせていく。
表情も固くなるが、俺は一笑でそれらを押し込める。
「………良いじゃねえか、その姿よ。今のお前にピッタリだ」
「あ?」
「一番素に戻って生き生きとしている。流石、日輪教を治める頭領だ。性根が断トツで腐ってやがる」
「………」
俺に言われて溢れ出していた感情が一気に消えた。そして一度咳払いをする。
「強がりは止せ。震えているぞ」
言われて気付く。俺の両足、両手が小刻みに震えている。口では一丁前に虚勢を張っていたつもりがこうも身体に現れるとは、情けないな。それでも俺はしっかりとこの男を見詰める。
「この姿になると手加減が出来ない。必死に抗ってくれよ?」
冷や汗が止まらない。一際伝わってくる気迫に押されまいと握り拳を一層強くする。乱れていた呼吸と肩は何とか整え、一呼吸を置く。今目の前でゆったりと歩いてくる岩石の死神を凝視し、思考回路を巡回させる。生身が一切無くなっている。その事実が何よりも俺を更なる窮地に立たせる。岩石で構築されている部分は燃やしたり、壊す事が出来なかった故に、先程までの打開策はもう通用しなくなる。
(どうする………)
瞬きを一回。黒から色ある景色に再起するも確かに目の前で歩いてくるアポロを見失う。そして次に聞こえてくるのは前でなく、背後から。それは仮面の内側から籠もったような、酷く冷徹な声。
「ほら、もう君の後ろだ」
気配が一切感じなかった。遅れて炎拳で対抗すべく後ろを振り向こうとする。
が、
「―――がっ?」
衝撃が打ち据えていた。大きく全身がぶれ、何とか持ち堪えていた身体が大きく穴が開いた壁を通り抜け外にまで吹き飛ばされる。
視界に入るのは夜空。浮かぶ斑な雲、妖しくも美しく輝く月。そして、吹き飛ばれた場所に立つ白髪の男。
最上階から一階までどのくらいの高さかは分からない。今から何秒後に地面に落ちるのか。着地はどうするのか。
なんて、そんなの気にする余裕なんてなかった。常に頭の中にはアポロを斃す為の突破口を懸命に探している。
(どうする………!)
考える。絶対的防御力を誇る岩石。そして何度攻撃を受けようと瞬時に自己再生する能力。これらを切り開く決定打を。
(どうするッ………!!)
答えが見つからない焦りと苛立ちも地面に頭から思い切り落下した事により痛みが回帰し、土煙を立てながら何回もバウンドを繰り返し、近くの廃墟にも勢い良く壁をぶち抜いて床に転がり着く。
これによって意識が次第に遠のいていくのを感じ、しかし取り戻そうとする抵抗力すら湧かずにゆっくりと瞼を閉じた。




