Episode16:超常現象
「ふっ………!」
先に動いたのは俺だった。無意識だったのかどうかは定かではないけど、気付いたら足を前に踏み出して短剣を相手の首に目掛けて、自分の可能な限りに腰を遠心力に任せて振り切り、全力に近い速度の斬り込みを入れる。しかし、アポロは依然として構えを崩さない。
「―――!?」
聞こえてきたのは肉を断つ音、ではなく固く鈍い音。視線を首に向けると接触している箇所のみ岩石の肌によって防御されていた。大きく見開いた俺の傍らにアポロは口角を持ち上げて顔を近付ける。
「甘いな少年」
低い声が耳元で囁かれ、背筋に悪寒が走ると即座にその場から離脱する。これまでの敵に先程の剣技で幾人も斃してきた。況してや岩石といった無機質な物体なども容易く一刀両断出来てたのだが、この男の能力は梃子摺るな。兎に角硬い。今も振るった腕がずっと震えてやがる。
「どうだ少年。これがオレの持ち前の頑丈さだ。生半可な攻撃じゃあオレを斬り伏せる事なんて出来ないぞ」
首元に固着していた岩石も次第に埋没するように消え、元の肌色に戻ると鉤爪となった右手の人差し指を数回曲げる動作をする。「何回でも掛かってこい」と言わんばかりの明らかな格下に対する挑発行為に応じるように柄を力強く持ち直す。
「まだまだ………ッ!」
再び相手の間合いに飛び込み複数回斬り掛かると鉤爪………というより、人差し指で全部防いでやがる。硬すぎて弾き返されても何度も俺は別の角度と、また別の角度へと、隙だと思う箇所を徹底的に攻めていく。
だが、それでもアポロは欠伸を一回と。余裕の表情も態度も一度も崩す事が出来ていない。
繰り返していくにつれて若干の焦りを覚えつつもそれでも挑み続ける。
が、それも一瞬。
「―――ッ!?」
人差し指と中指で俺の剣を挟まれて、動きが止まってしまう。何とか抜け出そうと藻掻くがピクリとも動きやしない。まじでこいつ強過ぎだろ。
「あまり同じパターンばかりだと流石に飽きてしまうだろ」
前蹴りが俺の鳩尾に吸い込まれるように的確に突かれ、大きく後方へと飛ばされる。一瞬息が止まるが根性で何とか持ち直すと、短剣を地面に突き刺して衝撃を殺す。
二三回咳嗽と共に血を吐き出す。口の中に未だ血の味が残ったままでいる。そして、一度頭の中を整理したい。
(ただの蹴り………だよな。でもこれは………)
❝普通の攻撃が俺に通用した❞。
どういう訳か殴打や斬撃などといった攻撃を幾ら貰っても透明人間みたいにすり抜けていくみたいで、ついさっきの日輪教の攻撃も一切食らわないのもそのせいだ。
そのお陰で今日までまともに怪我をした事がない。………んまあ、あるやばい奴からのご指導ご鞭撻だけは別だったけどな。
「何やら不可解、といった顔しているようだが」
睨み付けた先にいるアポロは蹴りを出した足が腰上まで膝を持ち上げた状態で立ち尽くしている。一見ただの前蹴りだったはずが、この男の蹴りは何か違っていた。
「君には❝これ❞が効くみたいだね。やはり、これは面白いね」
「………一人で納得してるんじゃねえよ。てめえ、何しやがった」
「何、ただの蹴りだよ。まあオレの蹴りを食らって立っていられるなんて大したモンだ。剣技もそうだが余程修練してないとここまでにならない。君、どれ程修行したんだ?師匠がいたとか?」
「話を逸らすんじゃねえ。てめえの蹴りがただの強い蹴りじゃないって事くらい分かってるんだよ。妙な能力を持ってる奴が言う台詞でもないしな。ただ近しい力を感じるが、まさかてめえもあの実験関係で犠牲になった被害者か。だが、それも微妙に違う。何なんだ、てめえは」
「あまり憶測で話を進められても困るよ。君も随分と質問攻めするのが好きみたいだしお互い似たもの同志なのかもしれないね」
「お前と一緒にするな、虫唾が走る」
「ふむ、手厳しいな。じゃあ一つだけヒントを与えよう」
持ち上げた足をゆっくりと地に落とし、頭が追いつけていない俺に助言を与える。
「かの皇帝ルイゼーンが目指している野望はまさに君❝たち❞みたいな特異稀な体質を施された人間を作り上げ、この世全てを蹂躙し尽くす事。それは何故だか君自身が一番理解しているはずだ」
言われて俺は自分自身のこの体質を振り返って考え直す。実験で最後まで取り残されていた者は決まって、❝施されて直ぐに順応出来る身体を持つ人間のみ❞だった。それはお決まりお約束の、暗黙の了解で誰もが気付いていた成果だった。
施された人間の誰もが傷付いたその身体は驚異的な治癒能力で元通り治っていた。それは俺も例外でなく。その後どうだが分からないが、逃亡中時間や年齢を重ねていくにつれて分かった事がある。
何故か普通の攻撃で傷が付かなくなっていた―――。
この現象には、今もそうだが何でこうなったのかが未だに皆目見当つかない。
でも、傷一つ付かない不死身の軍勢が世界を跋扈するとなると、想像しなくても分かるな。
しかし、それとアポロが言っている事とどう繋がるんだ………?
「そこに似た力を加えれば如何に不死身な身体でもまともに済まない。そう………君とオレは、近い存在」
「妙に引っかかる言い方をするな。何が言いたい。あと何度も言わせるな。俺はお前と違―――」
「違わないさ」
間髪入れず、アポロは言葉を述べる。こいつの目はどうも目を逸らしたくなる程鋭い視線だが俺は構わず凝視する。
「ふむ、まあいいさ。それを証明するのも良いだろう」
何か言い掛けようとしたが直前で止めたアポロは一度溜め息を溢す。そして、右手の岩石の鉤爪を何故か引っ込める。徒手空拳状態で何も構えず、両手を広げる。
「君のその炎、オレにぶつけてごらん」
「なっ………!?」
突然何を言い出したかと思えば、毒気を抜かれ思わず驚愕の声を洩らす。何か裏があると脳裏に浮かび上がったと同時にこの男の考えを一切理解出来ずにより一層混乱する。何なんだ、こいつは。毎度毎度アポロの言動に惑わされていてしょうがない。
お互い見詰め合う形で凡そ十秒も経たない内に口火を切らしたのはアポロの方だった。
「君の疑いの念もあるだろうが、実際に目で見て、耳で聞き、肌で感じ取った方が手っ取り早いだろ?」
「その問いかけにはいそうですかと簡単に応じる程、てめえは信頼に足りる人間じゃない。というかそもそも敵に明らかに罠があるだろう提案に応じねえだろ普通」
「こうして能力も引っ込めただろ。これでも駄目なのか」
「くどい。だったらさっさとくたばれよ」
「………矢張り簡単に応じてくれないのか、残念」
当たり前だろっと思い切り突っ込みたかったが、アポロは両手を広げた腕を力無く下ろしたかと思えば右腕が構築していくような奇怪げな音を立てて肘から指先までと下へ向かって渦巻いて出来るのは穿孔状の刃を、左手は先程と同じ鉤爪へと変貌すると、此方に一瞬に間合いに入れられてしまう。
僅かに反応に遅れながらも短剣を構えに移ろうとしたが、
「遅い!」
穿孔状の刃を斜め下から斬り上げられ、短剣も諸共斬られてしまう。本来なら斬撃をすり抜ける現象が起こるのだが、それも普通の斬撃ならでは、だ。
血飛沫を上がったのに気付くと痛みが一足遅く襲い掛かる。
「ぐあ、はッ………!」
幸いにも内臓まで至らず致命傷を免れたが、出血が思ったよりも出てる。そんな状態でも気にせず欠けた短剣で応戦する。しかし、残された左手の鉤爪によって阻止されると地面へと弾かれてしまった。
「どうする少年。もう自慢の短剣は使い物にならない。このままだと君は負けてしまうぞ」
ぐっと左手で俺の襟元を掴み、持ち上げる。
くそ、片手の力だけで俺を軽々と空中に浮かしやがった。
腹から一杯血が出てやがる。口の中も鉄の味だし、最悪だ。時間が経てば治まると思うが、その前に、この男に殺られてしまう。
両手に力を入れようとするが、何故だが思う通りに動かない。
それでも、小刻みに震える両手を一度開いて力強く握ると赤黒い炎を拳に纏わせ、アポロの顔の前で花びらのような構えを取る。
やってやろうじゃないか、てめえの望み通りに、燃やしてやるッ―――!
「食らえッ………❝黒炎地獄❞!」
漆黒の火炎放射。それは日輪教の部下たちに放ったそれとは比にならない程、膨大な威力を誇る地獄のような炎はアポロの顔は諸共に前方の全てを焼き尽くし、壁をも貫いた。
放たれた対象は声は発する事も、息をする事も、一切の抵抗を無効化していく。冷酷無慈悲の大技、ルビカンテ。本来の力を出し終えると顔があったはずのアポロの顔は胸元から上まで焼き焦げ、消えてなくなった。
それによって掴まれていた手も離され、アポロだった身体が後ろに支えることなく勢いよく倒れる。前方の壁も広く、月明りのお陰か外の王都まで見える位眺望が良くなっていた。
しかし、そんなロマンティストみたいに考える余地すら与えない程に眩暈や吐き気に襲われ、耐え切れず跪く。
今回はまじで危なかった。九死に一生を得た気分だ。こんな奴と戦ったの初めてだ。言葉巧みに俺を惑わせやがって………。
結局、こいつが何者で何故俺に傷付けさせる事が出来たんだか、わからないまま殺してしまった。
てか望み通りに炎をかましてやったのに呆気なさすぎじゃないか?
………奴は一体どこまで知っていたんだ。まるで昔から俺を見てきたかのような言い振りで話を進めていた。あの男の事についても深くまで関わっていたから、もしかしすると尋問すれば何か聞き出せたんじゃないか?
だとしたら、俺、馬鹿じゃね?
「ぐあああああ!!やらかした!!殺さず生かしとけば良かったぁああ!!」
後悔と懺悔が入り混じった悲痛の叫びを上げながら、地面をゴロゴロと縦横無尽に転がりまわる。途中で出血してた事忘れてて死にかけたけど。
数分経って自分を落ち着かせる。身体もだいぶ動けるようになった。震えていた膝も押さえてゆっくりと立ち上がり、開放的になった壁まで歩を進める。
「このままタミルの加勢に向かおうかな。きっとまだ戦っていると思うし」
微かに耳に入る野郎の声と恐らくタミルが使っている爆砕符で何度も爆発音が聞こえてくる。………もっと静かに戦えよ、仮にもお前シノビだろ。何て、嘲笑気味に鼻で笑ってしまい、タミルの元へと向かう為に踵を返す。
………何て。
そんな下らない事を思っていた。
そう、❝思っていた❞。
だってそうじゃないか。漸く日輪教の頭領を斃して、この街にも平和が訪れるんだ。これでこの依頼は御仕舞、ハッピーエンドで幕が下りるんだから。このまま何事も無く、終わって欲しいと。
でもさ、目の前で❝胸から上まで何もない人間❞が血を泉の湧き水みたいに噴き出している状態で立っているのを見てさ。
何も思わない訳ないじゃないか。




