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神堕としの復讐譚  作者: 蒼井志伸
第1章 偽りの太陽編
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Epidode14:翻弄




 「………」



 一瞬、俺の頭の中の思考回路が静止した音が聞こえた気がした。直ぐに血を懸命に巡らせて脳みそを復帰させるも今度は僅かに襲い掛かって来る頭痛と眩暈が容赦無く休む事を許してくれない。そんな俺の顔の変化に悟られたのか、この男は口元を歪ませている。



 「そうだな、少し昔話でもしようか」



 俺の反応とはお構いなくこの白髪の男は人差し指を立て、瞼を閉じながら話を続ける。



 「当時世界屈指の武力で世の中を轟かせていたとある国に仕える傭兵が一人いました。何処の国相手でも向かうところ敵なしであった為に無聊を託つ状態が続いていたんだとさ」



 この男から紡がれている言葉は無意識に俺の心臓を握り潰してくる。俺はただ、黙っているだけしか出来ない。



 「そんなある日、城内で異質な手配書が一通届いた事があってな。周りの憲兵や王族、ましてや王様までもが内容を見た時に驚いたみたいで、結局それは悪戯文として捉え、その紙は破棄されたとか」



 一歩二歩三歩。コツコツと此方に歩み寄ってくる白髪の男の莞爾(かんじ)として微笑みながら話すその声は、俺の中に潜む心を徐々にと揺るがす。



 「顔と名前も一緒に添えられてて印象的で国が滅んだ数十年経った今もよく覚えているよ、手配書は確かこんな文章だったかな………」



 ―――『実験番号三五八 オゼル』 左ノ者国外逃亡ヲ許シ調和ヲ乱ス者。見届ケ次第我ガ❝ポセイド帝国❞ノ者二訴エ若シクハ捕ラエ報告セヨ。万ガ一抵抗アレバ傷付ケテモ構ワナイ。



 手配書内容を一字一句間違える事なく、思い出すように述べる。俺たちも各国身を隠しながら回っていると時々掲示板に手配書が貼られているからある程度内容は全部覚えているけど、実験番号だけでなく顔と名前が記されていた手配書は一枚も無く、全てが実験番号で統一されていた。

 もっとも、暴虐の限りを尽くしているポセイド帝国の手配書に今まで興味を持つ人が居なかったのがせめてもの救いとでも言える。現にポセイド帝国の追手以外から襲われた事もなかった。


 その国にそんな手配書を送り付けるなんて、何を考えているか全く理解できないままこの男は、「ここからが本題」と最後に付け加えて話を続ける。




 「その傭兵は国では英雄扱いされていた為、全国民からの人望は厚かった。そんな噂を聞きつけてきた一人の男が王城に訪れた事があってな。その男こそ、まさに独裁国家として名を馳せていたポセイド帝国の皇帝、ルイゼーンだった」



 独裁国家ポセイド帝国第三代皇帝。歴代皇帝の中でも史上最悪と呼ばれた男は自国の民を駒として扱い裏で非人道的な実験と研究を行っていた。数多くの犠牲となった民は軽く千を超える。勿論俺もその一人だった。


 あの日逃亡してから十年は経ったけど、現在その実験と研究は今も続けられているかどうかは分からない。



 「その男は手配書を片手に逃げ出した少年を捜索して欲しいと懇願してきた。理由を聴いてみても有耶無耶に誤魔化して深く追及させてくれる空気ではなかった。傭兵もこれには適当にあしらってこの話を水に流した訳だが、疑問に思った事があってな」



 大きな窓から冷たい風が入り込み、部屋中に肌寒い空気が循環した。その風と共に乗せてきた弾薬や血が焦げた匂いが混じり、鼻の奥を刺激する。恐らくタミルと日輪教の輩らが交戦しているからだろう。



 「一国家の皇帝が護衛無しに他国の傭兵にお願いしてきたのは兎も角、❝実験体たかが一人❞の為だけにお願いする程その少年には価値があるのかどうかと………。国民を平然と実験するような外道など、普通はここまでしない。もしあったとすれば貴重だと自分の手の内に納めたい独占欲か、心の何処かで手放したくない歪んだ愛情欲か、………まあそこら辺はどうでもいい」



 「………」



 「その傭兵はずっと皇帝の話と手配書の内容を暫く放置しいつもの護衛任務に戻ったそうだ、と。しかしその国は無念にも長続きはしなかった為に傭兵は仕方なく各国を転々として暮らすようになった。そして現在、その手配書に記されていた名前を持つ少年とこうして出逢う事が出来ましたとさ。………光栄だよ、こうして数十年を経て漸く出会えた訳だからさ、さぞかしポセイド帝国の皇帝陛下様は君の息災をお聞きしたらお喜びになるだろう」



 「………その皇帝に知らせるか?」



 「安心しな、そんな気は毛頭ない。ただオレは昔の皇帝の態度と手配書の内容、そして君の顔色の変化と呼吸の乱れからして、ああ、合点がいったよ。君と皇帝はただの貴重な実験体と独裁者といった安い関係性でない、とても密接で深い関係性に近いのだと推測した」



 「………鎌かけた訳か」



 「確証が無かったからな。すまないな」




 なんて心の底から思ってもいない謝罪を口にする。しかしこいつの言ってきた事は認めたくないが、事実だ。


 生まれた国であるポセイド帝国第三代皇帝ルイゼーン・サイカは、俺の実の父親であり、俺を人体実験に放り込み、人生を狂わせた張本人であり、俺の❝最終目的❞の対象の男である………。



 あの皇帝が、俺の父親がこの男の所に単独で向かい、何を思って懇願しに来たか何て正直考えたくはない。考えただけで反吐が出る。気色が悪い。抑々物心がついた頃から既に人体実験に放り込まれ、数年間終わりの見えない永遠を思わせる実験をいつか解放されるだろうと信じ、苦痛に耐えていた。




 ―――でも、結局解放されるなんて事はなかった。記憶は曖昧だけど、実験途中で自らあの場を脱出してた。



 あいつは、俺を見捨てたんだ。何もかも。救いの手を差し伸べても此方を振り向いてくれなかった。何も、見てないフリして。自分の息子の命よりも、国の繁栄の方を優先していた。



 独占欲? 愛情欲? ………そんなの、紛い物だし贋作だ。



 そんな外道を、本当の父親なんて、思うのか?


 

 そんなわけないだろう………――――。




 「………まあ、君が実の父親に対して酷く恨むのにも無理はない。何年も幽閉され、人体実験にされていたなど、普通の善良な人なら聴いただけでもう同情を生み、一緒に涙を流して、やがて美しい友情が芽生えていくものだろうよ。少なからずオレは感動したぜ。さぞつらい思いをしてきたんだねェ」



 直立したまま手を飄々と動かながらより口元を歪ませ、皮肉のような口振りを続ける。過去に俺の父親と接したこいつは俺の生い立ちや境涯を全て把握しているのだろう。


 しかし、弛緩し切った態度とは裏腹に、自然と声色が徐々にと低くなっていくのに気付き、俺の背筋に悪寒が走る。



 「―――だがよ」



 低く、冷たい声が耳に響いてきた。閉じていた瞼も見開いた状態になっており、今にも食い殺されそうな程に鋭い、野獣のような眼光を飛ばしてきた。



 「自分に降りかかった不運を恨むんだったらそんな世界を無責任に創った神様を恨むんだな。仕方が無いだろ?取り残された人間どもの我儘の末に出来た未熟な世界だ。そんな世界を変えてみるか?………この世界の理なんぞ手前の掌で全て変えていける程甘くない。こんな不条理で不合理で構成された、醜く愚かな世界に生まれて。――――君は、何を臨む?」




 「………」




 少し怒るように、いや、嘆いているのか。そんな感情が読み取れる程強い語気で俺に問いかける。だが、その勢いに押されて言いかけたが、言葉にならず口ごもってしまう。この先俺がどう動いていくのかどうかを先読みした上でこの質問しているのか、試しているのだろう。



 そんなのは、既に決まっている。



 それは俺が亡命した時から、もう心に決めているのだから。

2019年9月21日現在

すみません現実の方で多忙な日々が続いており、今後不定期更新となるかと思います(-_-;)

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