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約束  作者: 袖白黒雪
2/2

約束の通夜へ

 先生から告げられた衝撃の事実。実感の湧かないまま時間は過ぎる。先生との電話のなかで通夜の時間と葬儀の時間を教えてもらっていた。しかし、どうしても明日行われる葬儀には参加出来ない旨を伝えておいた事を俺は後悔する。最後の最後、話が出来ずに終わってしまうのだから……

 仕事が終わる。時間は午後5時半過ぎ。通夜が始まるのは午後6時から。家からは約30分かかるとして、用意をしていたら約束の時間を過ぎてしまう。急いで先生に遅れることを伝えると同時に身支度を済ませていく。喪服に着替え、御霊前袋にお札を入れる。名前を書く手が震える……必死に抑えて何とか書いた名前は酷く歪んでいた。それは自分の心をそのまま写し取ったかのように見えた。

 車を走らせながら、お気に入りの曲を流し、お気に入りの煙草を口に咥える。火をつけて、ゆっくりと風味を楽しむ。バニラの香りが口一杯に広がる。そのまま鼻から吐き出す。車内が甘い煙草の煙に包まれる。その煙はいつもより濃く、甘ったるく感じたことを今でも覚えている。

 予定していたより遅くなってしまったが、通夜の会場へ到着する。既に会場ではお経が読まれており、すすり泣く人々がそこにいた。この中には自分もよく知る同級生が数人、やはり目元を押さえつつしっかりと前を見ていた。その瞳には何が写っているのか……昔の事が写っているのか、それとも今の事が写っているのか。その時は分からなかった。

 受付へ行き、受付用紙に記入する。気合いを入れて、震えないようにしながら記入するが震えてしまった。その場で粗品を受け取り、空いている席に座る。前を向く勇気がなく俯き気味でお経を聞く。長々と読まれるお経の中、死んでしまった友人の名前が呼ばれる。山下功という名前を聞いた瞬間、胸を強く締め付ける感覚と共に目からは熱い雫が溢れ落ちた。その雫は頬を滑り、手の甲に落ちる。まるで火の粉のように熱いそれは、止まることなく落ち続けた。喉まで来ている声を殺し、震える手を強く、強く握り締めて泣き続けた。

 お経が終わり、喪主であるお父さんの挨拶があった。震える声を必死に隠しながら優しく話す姿は、父親の鏡と言っていいと思った……

 会場の職員に促されお香をあげる。作法なんて覚えていなかったけれど、教えてもらった通りに腕を動かす。お香の独特な香りが鼻を強く刺激して息苦しくなった。一旦落ち着かせて、いよいよ棺桶へと向かう。頭部へ強い衝撃を受けたと聞かされていた為、顔を見ることは出来ないと思い込んでいたが、拝むことが出来るとの事だったので列へと近付いて行った。

 棺桶の前まで行って、足がまるで棒になったかのように動かなくなってしまった。理由は分かっている。恐いのだ。功君の顔を見るのが恐ろしくなったのだ。見たら最後、死んでしまったことを実感してしまうから。数秒か数分か分からないけれど、やっとの思いで前に立つ。今でも俺はそこで見た物全てを鮮明に思い出せるほど衝撃的で、それでいて美しくもあった……

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