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2 ユローの街並み

 ルシアの家は王都の中でも古い家々が立ち並ぶユローと呼ばれる町の一角にあった。ユローは近代的な建物の乱立する経済の中心部からはだいぶ離れていて、大きな木々や昔ながらの商店、集合住宅、緑地公園など、騒がしさからは程遠い静かな町だ。

 幼い頃に両親が事故で他界、親代わりにルシアを育ててくれた祖母が他界して、ただでさえ広めの屋敷は以前よりずっと広くなってしまった。庭木や花壇の手入れが行き届かず、草が伸び放題になってしまうことも多い。花が好きだった祖母が植えに植えまくった小さな樹木や色とりどりの花は、ルシアを優しく包み込むが、同時に一人で生きていく空虚さも教えてくれる。

 祖母が生きていた頃は、友人を招き入れて、祖母の手製お菓子を振る舞ったり、広い屋敷で遊び回ったりしていたが、一人きりになって広い家を持て余すようになってからは誘うこともなくなった。

 だから、魔女と使い魔の少年が二人連れで来たくらいでは困りはしないのだが、それにしたって急過ぎて、ルシアの頭は混乱していた。

 混乱しすぎて、憤慨しながら、町の中をズンズン歩いていた。


「付いてこないでください……! もうっ! どうしてこんなことに」


 ルシアは後方から付いてくるマーラとミロに、何度も強い口調で言ったのだ。しかし彼らは全く動じない。それどころか、ルシアが怒っているのを楽しむように、同じ歩調で付いてくる。


「気にしないで。せっかくだから、色々見て歩きたいの」


 マーラは特に目をキラキラさせて、少女のように軽い足取りだった。

 ユローの街並みは、確かに散歩にはうってつけの美しさだ。

 レンガと木で作られた古い家々は、グルーディエに古くからある建築様式で作られている。この古い町には幾つも並んでいるが、王都全体で見れば珍しい。今は機能性重視の新しい家ばかり。ルシアの家の近所にも、少し前に街の景観とはズレた近代的な家が建った。情緒の感じられないそれに、ルシアは少しの憧れと、多くの違和感を抱いてしまう。それくらい、彼女は古い町が好きだった。

 車も入れない石畳の狭い通りには、昔ながらの看板を構える店が多い。100年以上の老舗だって何軒もある。


「寂れてはいるけれど、変わらない街並みがあるのは良いわね」


 マーラが後ろでミロに話しかけている。


「ほら、あの帽子屋。私が知ってる看板のデザインそのまま! あの頃の店主は誰だったかしら。好きだったのよ。仕立てが上手で」


「その帽子屋の店主がマーラに骨抜きにされたの、俺知ってる」


「そうだった? まぁ、確かに妙に優しかったけど」


 通りに人は(まば)らだ。

 だからこそ、マーラとミロの妙な組み合わせが浮き出て見えるのだろう、道行く人々は皆、ルシアの後ろに視線を動かしてそこから目を離せずにいるようだ。怪訝そうな顔で覗き込むように二人の姿を確認している。


「帽子屋だけじゃない。行く先々で男引っかけてた。前の時代はこの通りももっと華やかに見えてたのに、あの巨大な建物の並ぶ風景を見てからだとちっぽけに見えるな」


 ミロはそう言うと、ため息を吐いて黙りこくった。

 話に聞き耳を立てながらも、ルシアの頭の中はグチャグチャだった。

 午後からいつものように大学に向かっていれば、こんなことにはならなかった。受けるつもりだった講義のことは後でどうにかするとして、置いてけぼりを喰らうことなんか。

 いずれ研究者になりたいと奨学金を貰って大学に通うのは、幼い頃死んだ両親が、『好きなことはやりたいうちに、時間とお金をしっかりかけてやっておくこと』が必要だと切々と説いてくれたのを覚えているからだ。人間に与えられた時間は限られている上、いつそれが途切れてもおかしくない、貴重な物なのだということを、ルシアは十分思い知っていた。

 それなのにどこか大切なことが抜けてしまうのが自分の悪い癖だと、ルシアも勿論認識している。忘れないよう手帳に書いていた。いつもはあのテラスの席で食後に手帳を広げて日程を確認し、大学に向かうのだ。

 それがあの騒ぎ。

 気が付けば魔女と使い魔を引き連れて町を歩くなんてことになってしまった。

 今の時代にそぐわない二人を、家に押し込めておくことも出来ない。相手はちょっとでもこちらに都合悪そうだなと思ったら、変な魔法で無理やり『ハイ』と言わせるのだ。


 最悪。最悪すぎる。


 路線バス、鉄道、それともタクシー? 本当だったら出費する必要のなかった交通費が、何故か三人分必要になってしまった。痛い出費だ。けれど、どうやってこの二人を振り切ったら良いのか。

 ネスコーの寒村ベルーンまでの道のりは遠い。電車で最寄り駅へ向かい、そこからバスに乗る。更にバスを降り、目的の石碑まで歩いて行く。 時計の針を一回り半くらい進めなければ着かない計算だ。

 ユロー地区から駅までも遠い。丁度いいバスや電車があるとも限らない。この時点で恐らく想定以上の時間がかかるのは目に見えている。

 もしひとっ飛びに行けたなら。

 空を飛ぶなり、瞬間移動するなり出来たなら、どうにか出来たかもしれないが……。

 ――ルシアはふと足を止めた。

 前を見ずに歩いていたのか、ミロがドンとルシアの背中に当たって止まる。


「オイ、どこ見てんだコラァ」


 ミロの怒鳴り声を気に留めるようなこともなく、ルシアはクルッと向き直り、マーラを正面に見た。

 マーラはどうしたのと、首を傾げてルシアを見ている。


「飛べますか」


「飛ぶ?」


「ここからネスコーのベルーン村まで、公共交通手段を使っても、かなり時間がかかるんですよ。もしかして、魔女なら飛べますか?」


 そんなことは流石に無理だろうと、ルシアは高をくくった。

 魔女とは言っても、流石に空を飛ぶのは童話ぐらいなものだろう。魔法らしき物を使ったのは見たが、それだってもしかしたらまやかし(・・・・)か何かだって可能性もある。

 疑り深いルシアは、眉間にしわ寄せて恐る恐る尋ねた。


「飛べるわよ。勿論」


 マーラは口角を上げて誇らしげに胸を張った。


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