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2 黒い欠片

 欠片の一つ一つは、小指の爪ほどの大きさしかなかった。

 少しだけ赤の混じった、黒い石。

 ミロは王の右手から踏んでいた足をどけて、恐る恐る欠片の一つを拾った。

 鈍く光る欠片は宝石のようでもあった。透き通るでもなく、美しく光でもないが、不思議な力を感じた。――魔力だ。魔力が蓄えられているのだ。

 じっと見つめていると、心がざわついてくるのが分かる。

 ダミルの言うとおり、これが死神星の欠片なのだとしたら、ミロの身体の中にも同じものがあるのだろう。元々一つの彗星を形作っていた欠片たちが互いに共鳴し合い、磁石のように引き寄せ合っているとしても不思議ではない。


「欠片から手を離して、ミロ」


 マーラの声がして、ミロは手を開いた。黒い欠片が他の欠片の上に転げていく。

 胸のざわつきがなくなり、ミロはふぅとため息をついた。


「可哀想に。モルサーラは“作られていた”という訳ね」


 マーラがギロリとダミルを睨む。

 と、ダミルはわかりやすく慌てて震え上がった。


「な、何を根拠に」


「この、欠片の数。どれだけの“流星の子どもたち”が犠牲になったのかしら」


「犠牲?」


 ミロが反応する。

 怒りを押し殺したような神妙な顔でダミルを見つめるマーラと、モルサーラの吐き出した黒い欠片。

 難しいことが得意ではないミロにも、その言葉の意味が簡単に想像できる。


「モルサーラが自ら望んでそうしたのか、それとも誰かが確固たる信念を持って彼に欠片を与えたのか。ありとあらゆる時代の、哀れなる“流星の子どもたち”はまさか、このために集められていた……?」


 マーラは続ける。


「死神星の降る夜に生まれた子ども、みんながみんな、悪魔のような力を手に入れていたわけじゃないと思うの。長く伸びた尾からこぼれ落ちた欠片の数はとんでもないはずなのに、悪魔となって暴れたのはその時代ごとに数人程度だったから。不穏な噂を広げて、呪いを恐れた民が生まれ子を殺したのを見計らって欠片を取り出したのか、それとも噂を盾に彼らの死を正当化して身体から取り出したのか。沢山の時代を行き来しながら、モルサーラは大量の欠片を取り込んでいった。そうしてとんでもない力を身につけたモルサーラが王宮にたどり着いたのはどうしてなのかしらね、ダミル」


 ダミルは眉を僅かに動かし、不敵に笑った。


「力を欲することは自然なことだとは思わないか。どんな生き物も、己が生き延びるためであれば力を欲するだろう」


「そうやって正当化すれば、すべて許されると思っている。あなたらしいわ」


「お褒めに預かり光栄だな。マーラ、やはりお前のことは早々に消すべきだった」


 目を見開いたダミルは、両手をマーラに向けて突き出した。

 赤黒い呪いを伴う魔法陣。


「≪ネスコーの魔女マーラの動きを封じよ≫」


 普段ならば咄嗟に避けられていただろう魔法を、マーラは直に食らう。

 モルサーラを追い詰めた氷柱の魔法で既に体力も魔力も尽きかけている、その隙を狙われたのだ。

 赤黒い幾重ものリングがマーラの身体を締め上げた。動けば動くほど、リングは狭くなってゆく。


「マーラ!」


 黒い欠片に気を取られていたミロが、ダミルの魔法に気づいたときにはもう遅かった。

 マーラの身体はどんどん締め上げられ、ただでさえ細いシルエットが更に細くなっていた。

 ミロは慌ててマーラに駆け寄り、彼女の身体を拘束する赤黒いリングを壊そうと手を伸ばす。が、強い魔力で弾き返され、手も足も出ない。


「ちくしょぉっ!」


 ミロ自身にも、もはや体力はなかった。

 モルサーラとの戦いに挑むため、人間の姿を捨てて変身した、それに大量の魔力を消費してしまった。

 どうする。

 迷っているミロの視界に、とんでもないものが見える。


 王が。

 混乱に乗じて手を伸ばしていたのは、モルサーラが吐き出した黒い欠片の山。

 その一粒を左手でつまみ上げ、そのまま口の中に。


「あンの、大(うつ)け野郎が……ッ!」


 欠片には、魔力が宿っている。

 ミロでさえ、その大きな魔力に飲み込まれそうになった。

 モルサーラは大量に飲み込んで恐ろしい悪魔になっていた。

 王はその欠片を、喜々としていくつも頬張っている。

 身体に取り込まれた欠片は、王の姿を異形に変えていった。

 口は裂け、牙が生え、目はつり上がり、身体全体が大きく盛り上がる。筋肉が異常に膨れ上がって、高貴な王の召し物が無残にちぎれた。

 きびすを返したミロがこれ以上食われぬようにと欠片の山を魔法の風で飛ばしても、王は巻き上げた風ごと欠片を吸い込んだ。


 理性を保っていたモルサーラが可愛く見えるほどに、王は醜く変貌した。

 それは王なのか、ただの魔物なのか。


 大量の欠片を取り込んで大きく膨れた王の身体は、ついには天井に達し、巨体で床が沈んだ。

 急速に巨大化する王の身体が、意識を失ったルシアとモルサーラの近くまで迫っていた。


「ルシア! モルサーラ! 寝てる場合か! 起きろ!」


 床が傾き、執務室の机や椅子が絨毯の上を滑って迫ってきた。

 書棚が倒れ、バサバサと本が落ちてくる。

 同時には躱せない。

 ミロは目を閉じ、次に来るだろう痛みを覚悟した。

 ――誰かの魔法を感じる。

 ミロが顔を上げると、彼とルシア、モルサーラの周囲にドーム状の結界が出来ているではないか。


「逃げるわよ!」


 アシュリーだ。

 力を使い果たし、呆然と立ち尽くしていただけのように見えた彼女が、ミロたちのそばに駆け寄って助けてくれたのだ。


「敵じゃなかったのか」


 ミロが聞くと、アシュリーは頬を綻ばせた。


「敵? 誰の?」


 アシュリーは素早く床に魔法陣を描いた。


「飛ぶわよ!」


 言うやいなや、魔法陣が光り輝き、移動魔法が発動する。

 同時に、バキバキと音を立て、執務室の天井と壁が一気に崩れ落ちた。


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