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6 狂気

 22歳で即位したグルーディエ15世を、悲劇の王だと人は言った。

 先代の王は子どもがなかなか出来ず、50代になってようやくひとり息子を授かった。王は一人目の妻を病気で亡くし、二人目の妻も事故で亡くした。三人目の妻は20以上年下の若い妻であったが、産後の肥立ちが悪く、長い間病床に就いたまま王子が10歳の時に亡くなっていた。

 ラルフと名付けられた王子は、王家の唯一の跡取りとして手厚い加護の下育てられた。ラルフ王子の教育係は魔法使いのダミル。帝王学や歴史については王立大学の教授らが担った。アズール最古の王国の、唯一の王位継承者として生きることを優先され、愛を求めることを許されない、孤独な子ども時代を過ごした。

 王国は傾き、権力は既に王家から離れていた。

 王子が物心ついたときには既に、政治の中心は完全に王宮の外にあり、王家は最古の王国の象徴としての存在意義しか持ってはいなかった。

 年老いた王は、顔を合わせる度に王国の存続について延々と語る。


――『グルーディエは王家であり、王はグルーディエそのもの。お前も即位すれば俗名を捨て、国家そのものにならなければならない。王家の血を絶やさぬことがこの国を未来に繋ぐ唯一の手段。早く妻を娶り、なるべく若いうちに世継ぎを産ませなければ、王国は滅びてしまうだろう』


 先代は己の失敗を王子にはさせまいと必死だったに違いない。

 そして、徐々に失われていく権力を、どうにかして王宮の中においておきたいという気持ちも、大きかったに違いなかった。

 モルサーラと名乗る“流星の子ども”がふと現れ、王宮内部へと入り込んだのはそんな頃。年端のいかなかったラルフ王子は、王以上にモルサーラに感化されていった。永遠の時を生きるという不思議な青年と、最古の王国の最後の王族。二人は次第に意気投合し、最強の王国を築き上げることを約束する――。



 *



「……騙されて、いる、だと? この私に向かってそんなことを口走るとは」


 グルーディエ15世はギリリと奥歯を噛んで、悪魔化したルシアを睨み付けた。

 写真や映像は凜々しい姿振る舞いをしていた王とはまるで別人だ。狂気に満ちた王が、鬼のような形相で立ちはだかっている。

 王は、平和を愛しているのではなかったか。

 ルシアはしかし、その言葉を口に出すことが出来なかった。拳を握り、王の表情を覗いながら、ゆっくりとこう尋ねた。


「国王陛下は、ご自分が何をなさっているのか、おわかりなのですか」


 冷や汗がルシアの頬を伝う。

 王はフフンと鼻で笑い、ルシアを更に睨み付けた。


「当然。私は私の意思でサーラを従えている。お前は私のしもべとなり、私の意のままに動く兵力となる。――サーラ、魔法が甘かったのではないか。ルシア・ウッドマンの意識が完全に消滅しなければ、服従の魔法は通じない。この右手の魔法陣を跳ね返すほどの魔法を施した、そのネスコーの魔女というのは何者だ」


 右手をさすりながら、王はモルサーラに向き直る。

 モルサーラは少し機嫌を取り戻していたが、魔女の話が切り出されると、あからさまに嫌そうな顔をしてそっぽを向いた。

 代わりに話し出したのは、モルサーラに身体を締め付けられ苦しんでいたアシュリーだった。彼女は自分に回復の魔法をかけながら、痛む身体を必死に押さえ込み、壁に手を付いてそろそろと立ち上がっていた。


「裏切り者です、陛下。ネスコーの魔女マーラは、“流星の子ども”を王宮に差し出さず、長きにわたって保護と抜かし、匿い続ける愚か者。強大な力を持っていながら、王宮に仕えることを拒み、モルサーラ様にも従おうとはしません。近頃王都で騒ぎを起こした張本人。今朝方捕らえ、王都警察に引き渡したはずですが」


「――脱走したと、先ほどアズール・ネットニュース速報に流れていた。王都警察にはどういう指導をしていたのだ、アシュリー」


 脱走と聞き、アシュリーは目を見開いた。

 ルシアを優先させ、マーラにまで気が回らなかったと言われれば、ぐうの音も出ない展開だ。

 よろよろとした足取りで、胸に手を当て、深々と王に頭を下げる。それが、アシュリーに出来る精一杯だった。


「も、申し訳ございません。この件に関しては、全て私が」


「当然だ。処分に関しては保留しておく」


 確かに王は、誰かの指図で動いているようではない。モルサーラよりも上に立ち、時には下手に出て、絶妙なバランスを保ちながら共存しているようにも見える。

 彼の正体を、王はどれほど知っているのだろうかと、ルシアは思った。

 特別すぎる“流星の子ども”。同じ星の呪いにかかりながらも、彼は力を自在に操り、姿を変え、自らの意思で自由に動いている。封印魔法がなければ発作的に悪魔に姿を変えたり、力を暴発させてしまったりする自分とは明らかに違うと断言出来る。


「サーラ、お前にはノビリスの額の魔法陣をどうにかすることは出来ないのか」


 王に指さされ、ルシアはギョッとして数歩引き下がった。


「どうにも出来ないからイライラしてるんじゃないか。魔法にも様々種類がある。光の魔法の類いは特に厄介で、僕は触ることも出来ない。それを知っていてこんな魔法をかけたのかどうか。……ん?」


 どこからともなく、風のようなものを感じ、ルシアは周囲を見まわした。

 シャンデリアの明かりが点滅し、執務机の書類がパラパラと舞った。風は執務室の中をグルッと一周していくうちに、徐々に色を持った。

 黒。

 黒いもや。

 それが一点にとどまり、次第に色を濃くして人の姿になってゆく。

 黒い雄牛の悪魔と、黒いローブの女。


「マーラ!」


 ルシアは思わずその名を口にした。

 孤独と不安で押し潰されそうな中、その優しさだけを頼りにどうにか意識を繋いだルシアにとって、その黒は温かく、力強いものだったのだ。

 もやが消え、完全に人の姿を取り戻すと、マーラはそっと目を開け、目の前のルシアに向かってニッコリと微笑みかけた。


「待たせたわね、ルシア」


 その声の力強さに、ルシアの目は潤んだ。

 

「来たな、ネスコーの魔女め……!」


 モルサーラの言葉にも、マーラはもう、動じなかった。

 雄牛の悪魔と共にモルサーラを睨み付け、堂々とルシアを守るように立ち塞がっていた。


「モルサーラ。残念だけれど、あなたの思うように全てが動くとは思わないでね。そして人間や、あなたに刃向かう魔女たちが無能で融通の利かない愚か者じゃないってことを、もう少し知るべきだわ」


 ハッタリだと思ったのだろうか、モルサーラはフンと鼻で笑う。


「良い度胸だな、ネスコーの魔女。久々に、楽しくなってきちゃったな」


 モルサーラの挑発的な言葉に、マーラは更に、


「そう。奇遇ね。私もよ」


 と煽るように返すのだった。


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